第31話 みらいの為に①
博士は不機嫌だった。
「まったく……! とんだポンコツ共なのです」
助手も不機嫌だった。
「お前らには、ハンターとしての自覚がないのですか?!」
そんな2人の目の前には、お昼ごはんを終えて帰ってきたフレンズ達。
皆、地面に正座させられている。
「我々は群れとして行動してるのですよ!?」
「勝手な行動は慎むのです!!」
「今度またこんな事になったら承知しないのです!」
「ごはん抜きなのです!!」
溜まった怒りを吐き出すように矢継ぎ早に話す博士たち。
2人の言葉に「返す言葉も御座いません」といった様子でフレンズ達はただただ地面に正座してうつ向いている。
そんなフレンズ達の反省した姿をみて満足したのか、2人は話をごはんの恨みから作戦の内容へと切り変えた。
「それじゃあ、作戦を発表するのです」
「我々が『ごはんも食べずに』考えた作戦なのです。心して聞くのですよ」
「まず我々の群れを、幾つかのチームに分けるのです────」
それから2人が発表した作戦は、このようなものだった。
まず、幾つかにチームを分ける。
次に、その中の1チームを、サンドスター火山に送り込む。
火山の頂上まで登り、破壊されたフィルターを修復してセルリアンの回復手段を奪う。
後は、サンドスター・ロウの補給に現れた超大型セルリアンを引き付けながら火山を下り、途中でチームを交代しながらセルリアンと戦う……。
と、いうものだった。
「にんげん達の残した資料によると、大きなセルリアンは火山を登るだけで相当な力を使うようなのです」
「つまり、頂上で待ち伏せればヘトヘトなのです」
「さらに、フィルターというヤツを火口に張ってやる事で、奴から回復の手段を奪えるのです」
「火口から引き離せれば、更にこちらに有利になるのです」
「にんげん達の計算によれば、山の中腹まで引きずり降ろせば、ヤツは完全に回復ができなくなるのです」
「なので、我々が交代で戦いつづければ、いずれ奴は力尽きるのです」
「そして、そこを一気に……」
「「ぱっかーんっ! なのです!!」」
作戦の説明を終えると、博士と助手は手を繋ぎ、2人で声を合わせてキメポーズで話を締め括る。
そして、博士と助手が考えた作戦を聞いたハンター達からは感心の声があがった。
「さすが長! 私たちじゃ考え付かなかったよ!」
「いいと思うのですよ」
「この作戦なら、いけそうな気がするッス!」
しかし、その作戦に疑問を抱くけものもいた。
「でも、これだと組の間の連携が難しくないかな?」
「そうだねぇ、なんとかお互いの意思を伝えられる手段を作らないとねぇ……」
その疑問を挙げたのは、主に群れとして狩りをするオオカミのフレンズ達からだった。
彼女達は、群れでの行動を得意とする。
だから、今回の作戦の要は各チームの間での連携にあると気がついたのだ。
「よくぞ聞いてくれたのです」
「賢い我々はその辺もちゃんと考えているのです」
もちろん博士達も、それが作戦の最重要ポイントである事は理解している。
「だからこそ、各チームに鳥のフレンズを配置するのです」
「つまり、連絡係なのです」
博士と助手は、人間達の残した資料を読み解き、チームで戦う時に必要となるポジションと、その適役は誰なのかをしっかりと把握していた。
そんな2人の言葉を聞いて、オオカミ達も納得した様子で頷く。
「なるほどね、それなら確かに連携もとりやすそうだ」
「そうだね! あとは、チームを分けて戦うだけだね!」
作戦は煮詰まった。あとは、それを実行に移すだけだ。
それからのチーム分けは素早かった。
ある程度の編成を決めていた事もあり、すぐに戦闘力を配分する事ができたのだ。
その結果、チームは全部で4つとなった。
ミライの指揮下で戦った経験のあるサーバル達は各チームに振り分けられ、Aチームにサーバル、Bチームにカラカルとタカ、Cチームにフェネック、Dチームにアライグマとトキが組み込まれる事となった。
それぞれチームに振り分けられたフレンズ達は、図書館の広場でああだこうだと言葉を交わしながら場所を少しずつ移動し、やがて各チーム毎のグループができあがる。
ちょうどその頃合いを見計らったかのように、博士と助手が作戦の開始を告げた。
「お前達、ちゃんとチームは覚えたですか?」
「さっそく、準備ができたら作戦を始めるのです」
「火口のフィルターを塞ぎに行くのは……、お前らに、任せるのです!」
皆が固唾を飲んで見守る中、開戦の狼煙を上げる役を任されたのは、サーバルの居るAチームだった。
そのチームに属するフレンズが緊張に身を固め、周りのフレンズ達がそれを励ます様子を眺めながら、博士と助手は言葉を続ける。
「作戦の指揮は、我々がとるのです」
「上空から指示を出すので、しっかりと耳を傾けておくのですよ」
何者かの指揮で動く。それは集団として、群れとして動く上では当たり前の事だ。
しかしハンター達の中には、単独行動を好む動物達のフレンズもいる。
そういった群れでの行動に不馴れなモノもいる中で統制された行動をとるのは難しいことだ。
彼女達のそうした不安を乗せた囁きがあちこちであがり、広場には静かなざわめきが満ちた。
だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。
「ではお前ら、時間まで一旦解散するのです」
「時間をくれてやるのですから、おのおのしっかりと心の準備を済ませるのですよ」
話の最後に、博士と助手はそう指示を残して図書館の建物の中へと戻っていった。
そして図書館前には、超大型セルリアンとの対峙をまえに緊張した面持ちのフレンズ達だけが残さた。
その中には、不安をまぎらわすように身体を動かすモノ、隣同士でたわいもない話をするモノ、初めて会うフレンズと交流するモノ、不安がるフレンズを励ますモノと様々いた。
そんな中、サーバル達は一度グループから外れ、これまで共に過ごしてきたメンバー達と集まっていた。
作戦が始まれば、なかなか顔を合わせる事も難しくなる。
それをなんとなく理解して、少しばかり寂しくなってしまったのだ。
「わたし達、別のチームだね」
サーバルが、どこか寂しそうな表情で言う。
「そうね、あたしもバラバラになるのは嫌だけど、仕方ないわね……」
カラカルも放って置けないおっちょこちょいな友と離れなくてはいけない事に言い知れぬ寂しさを感じているようだ。
「フェネックぅ。アライさん達も別なチームになっちゃったのだ」
「そうだね~。でもきっと、なんとかなるよ~」
アライグマとフェネックも、いつも一緒にいたパートナーと別々に行動しなければいけない事に、寂しさを隠しきれない様子でいる。
どんな時でも、仲間と離れるのは寂しさを伴う。
それは、その仲間とすごした時間が長ければ長いほど大きくなるものだ。
戦いが終われば、また会える。
それがわかっていても、これまで隣にいた誰かが、一緒に過ごした仲間が、大切な友が、辛い戦いの中にいる時、その側に寄り添えないということ。
その事が何よりも強く、彼女達の心を締め付けていた。
「……大丈夫よ。みんな仲間なんですもの」
そのトキの言葉に皆が振り向く。
「みんなと離れるのは寂しいけれど、ミライさんの為に、がんばらなくちゃね!」
トキはそう言って「仲間のためですもの」と静かに笑った。
トキの言葉を聞いて、サーバル達が少し笑顔を取り戻した所へ、どこかへ出掛けていたタカが戻ってきた。
「あ、いたいた! みんな揃ってるわね」
タカはフワッと綺麗に着地をきめると、集まっていたフレンズ達に一つづつ何かを手渡した。
「前に知った事なんだけど、人間は戦いの前に、こうして贈り物をしたらしいわ。皆で同じ物を持って、仲間がいるんだって自らを勇気付けたそうよ」
タカの話を聞き、サーバル達が手元を見ると、そこにはくすんだ黄金色小さな円盤。
その正体は、中央に動物の肉球のような模様をあしらい、縁を綺麗な円で囲んだデザインの可愛らしいコインだった。
「ジャパリコインだぁー!!」
その小さなコインを見て、サーバルが言う。
ジャパリコインとは、パークで使われているコインの事で、ロッジの宿泊や乗り物のレンタル、ジャパリまんの購入までパーク中どこでも使える特別通過だ。
かつてミライもこのコインを持ち歩いていて、旅をする中で自動販売機等で使う姿を何度も見ていたから、サーバル達はその存在を良く知っていた。
「でも、どうしてこんな物が……?」
「さっきの話を急に思い出してね。巣に集めてた物で代用できないかと思って、取って来たのよ」
カラカルの疑問に、少し照れながらタカは答えた。
「せっかく仲間になれたのに別れるのはつらいけれど、これでどこにいても、みんな一緒よ! だからパークのために、私達にできる事を全力でやりましょう!」
そう、彼女達は決めたのだ。
戦うのだと。
大切な仲間達を守るため、パークの未来のため。そして、ミライのために……。
戦うのだと。
そう決めたのだ。
サーバル達は、誰からともなく円陣を組む。
そして、各々が手にしたコインその中心に重ねた。
「……えぇと、ミライさんってこういう時なんて言ってたっけ?」
サーバルの言葉にふっと雰囲気が緩み、皆が苦笑いを浮かべる。
そんな中、誰よりも早くアライグマが言った。
「ぱっかーんっ! なのだ!!」
フェネックもそれに続く。
「えぇー、作戦開始ぃー! だった気がするよぉー?」
トキも続く。
「みんなで行こう! ……みたいな感じじゃなかったかしら?」
それぞれ記憶を頼りに掛け声を提案するが、一向に揃いそうにない。
そのあまりにもバラバラな意見に、カラカルが軽いため息を吐いた。
「あーあ、いい感じだったのに、もうぐだぐだじゃない……」
せっかくの雰囲気はこの1分足らずで完全に砕け散った。
それを無理矢理締めるように、サーバルが天に拳を突き上げる。
「とりあえず、セルリアンを倒すぞぉーー!!」
そのあまりの無理矢理さに一同が笑い、サーバルが「合わせてよ!」とふくれる。
そして、仕切り直すように再びサーバルが声を上げ、皆の声が揃った。
「みんなの為に、ミライさんの為に、ガンバルぞぉーー!!」
「「「「おぉーー!!」」」」
その声は、澄んだ風に乗って木の葉を揺らす。
陽が傾き、橙に色付き始めた空の下で、6つの小さなコインが煌めいた。
それから程なくして博士達から招集が掛かり、サーバルの所属するチームが集められた。
「それじゃあ、わたし行ってくるね!」
そう言って小さく手を振るサーバルに、カラカルも手を振り返す。
「うん。……あんたドジでおっちょこちょいなんだから、周りに迷惑かけないようにしなさいね」
そしていつものように、ちょっぴりいじわるを言って笑った。
「もう! そんな事ないって!!」
サーバルはカラカルの言葉に少し不満そうにしながらも、いつもの笑顔で明るく笑う。
「ミライさんと過ごして、みんなでセルリアンと戦って、わたしだって、ちょっとは強くなったんだから!」
いつもしていたような何気ない会話。
サバンナで2人きりで過ごした時も、違うちほーまで遊びに行った時も、ミライと旅をした時も、ずっとそうだった。
目が合えば話をして、相手をからかって、それでちょっと不機嫌になったりして、それでもまた笑い合えた。
ただ隣に居るだけで、いつまでもずっと一緒に居られるような、そんな温かさを感じていたのだ。
「あのセルリアン、きっと倒そうね!!」
そんな友達が、目の前で屈託なく笑っている。
その笑顔は、これからの不安を全て吹き飛ばしてくれるような、そんな笑顔だった。
だから、カラカルも同じような笑顔でサーバルを送り出す。
「そうね……。ミライさんは、あたし達をあんなに助けてくれたんだもん。こんどは、あたし達の番ね!」
そうして、サーバルはこれまで共に戦ってきたフレンズ達に見送られながら、森の入り口で出撃を待つけもの達の中へと姿を消した。
そして、サーバル達のチームのメンバーが揃うのに合わせ、他のチームのフレンズ達がその周りを囲むように集まってきた。
周囲を囲むフレンズ達の群れは、図書館から森へ続く道の両端にまで広がり、小さな花道ができる。
その道の先を見詰め、静かに合図を待つフレンズ達の頭上を、彼女達に発破を掛ける声が飛び交っていた。
やがて、博士と助手がそんなフレンズ達の上空に現れ、一際大きな声で作戦の開始を告げる。
「ではお前達、時間なのです! 目標はサンドスター火山山頂! 進むのです!!」
その声を合図に、フレンズ達はまるでダムが崩壊したかのような勢いで前進を開始した。
一斉に大地を駆るけもの達の足音は森のざわめきを掻き消し、彼女達の咆哮が虚空を駆け抜ける。
それを広場から見送るフレンズ達はその姿に歓声を上げ、夕焼けに染まり始めた空に虹色の声を踊らせた。
パークへの想い。
仲間への想い。
大切な者への想い。
それぞれの想いを胸に、けもの達は森を駆け抜ける。
フレンズ達の未来を賭けた戦いが、始まった。
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