第21話 追え!セルリアン
こうざん────
そこは、訪れる全ての者を拒むような絶壁に囲まれた岩山。
じゃんぐるちほーのほぼ中央に聳え、その高さはジャパリパークの中で随一を誇る。
天気に恵まれれば、隣接するさばんなちほーからでもその頂きを拝むことができる程だ。
切り立った針山のような岩壁には幾つもの小さな窪みがあり、そこに張り付くように樹木が生えている。
岩の隙間の僅かな日陰には、身を潜めるように群生する苔の緑と、限られた環境でしか育たない珍しい草花が息吹く。
そこには、厳しい環境下でしか決して見ることのできない自然の美しさがあった。
しかし、そこを登ってまで見に行こうとする者はパーク中どこを探したっていない。ただ1人、彼女を除いて……。
「ぐぬぬっ。絶対にのぼってみせるのだ!」
こうざんと名付けられているが、その山肌は斜面というより崖に近い。そんな岩肌を、常に壁にへばり付くような姿勢で、アライグマは登っていた。
先の尖った岩をむんずっと掴み、ザラザラの岩肌に足を踏ん張って身体を上へ上へと押し上げる。
「フェネック。待ってて欲しいのだ。きっと、アライさんがセルリアンを見付けてみせるのだ……」
アライグマがここに登る訳。それは超大型セルリアンを探すためだった。
いつも隣にいる相棒のフェネックは、「さすがにこれはムリだよ~」と、山の麓に残っている。
別な探し方も考えたが、ここに登れば見付かる気がして仕方なかった。
だから、独りでも登る。
こんなにも高いんだから、パーク全体を見渡せるに違いない。セルリアンはあんなにも大きいのだから、どんなに遠くに居ても見えるはずなのだから、見付かるにちがいない。
そう考え、ここまで登って来たが、如何せん高すぎる……。
ふっと後ろを見れば、じゃんぐるの木は遥か下で、足元を見れば、さらさらと落ちる礫が木々の隙間の闇にゆっくりと呑み込まれていくではないか。
心なしか、足より遥か下に薄い雲まで浮かんでいるように見える。
「こ、こわいのだ……。たかいのだ……!」
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
約束したのだ。きっとセルリアンを見付けて戻ると……。
こんなところで止まってはいられない!
気合いを入れ直し再び山を登り始めたアライグマ。すると、ここにいるはずのない相棒の声が聞こえてきた。
「アライさーん」
その声に押されるように、更に上の岩に手を掛ける。
「アライさん、無視はひどいよぉ……。アラーイさぁーん!」
アライグマの手が止まる。
どうやら、フェネックの声は幻聴などではなく、本当に背後から聞こえているようだった。
そして、振り向くとそこには……
「ふぇねっくぅ?!」
本当にフェネックがいた。
アライグマが訳がわからず混乱していると、フェネックの背後にいたフレンズが話かけて来た。
「君が、アライグマか? 驚いたな。まさか本当に登っているなんて……。こんな高い所で羽のないフレンズに会うのは初めてだよ」
そう言って笑う彼女の頭には、白い模様のついた茶色い大きな羽。
身に纏うのはまるで軍人のような白い服で、すらりと引き締まった足には白いハイソックスと鮮やかね黄色の靴。
「あ、そうだ。自己紹介が遅れたね。私は"タカ"。ちょうどこの辺りは私の縄張りなんだ。見回りをしていたら、このお嬢さんに『助けてくれ』って言われてしまってね。それで、ここまで来たのさ」
少しキザな口調で話すタカは、アライグマのしがみつく岩壁のすぐ側まで近寄ると、「この位ならいけるな」と、独り言のように呟いた。
「2人とも、上に行きたいってことで、間違いないね?」
その言葉に、アライグマとフェネックが無言で頷く。
「オーケー! それじゃあ、一人づつ運ぶから、少しの間だけそこで待ってて!」
そう言い終わると同時に、タカは勢い良く羽ばたいた。
岩壁から距離を取るように数メートル後退したかと思うと、今度は上向きに軌道を変える。
そして、フェネックを抱えたまま凄まじい勢いで上昇していった。
目映いばかりの陽光に溶けるように、サンドスターの輝きが遠ざかっていく。
「おぉ……」
アライグマの塞がらなくなった口から、小感嘆が漏れた。
アライグマはこうざんの頂きに降り立つと、フェネックを連れて崖の縁まで走った。
そんな2人の背中を、タカは見送る。
「タカ! ありがとうなのだ!」
「どうもどうもありがとー」
「はいはーい。気を付けてねー!」
やがて、こうざんの縁に立った2人は眼下に広がるパークの景色に、歓声をあげた。
手前から、じゃんぐるの森、白く小さく見えるゲートを隔ててさばんなちほーの巨大な草原。その先は、彼方へ霞んで見える。
そこから少し横へ目線を転じれば、じゃんぐるの向こうにしんりんちほーが見えた。
その真ん中で、大きな湖がキラキラと煌めいている。
「あ! あそこ! みんなでお昼寝した場所なのだ!」
「おぉ~、そうだねぇ。ミライさんに置いて行かれちゃったんだよねぇ~」
「なになに、何の話?」
2人の話が気になったのか、タカもこうざんの縁までやって来た。
「ミライさんって、あの超大型セルリアンを倒したっていうヒトの事?」
「そうなのだ! アライさん達も、頑張ったのだ!」
戦った時の状況を嬉々として話すアライグマ。その説明を聞きながら、タカはうんうんと頷いていた。
「それで、倒したのは、えぇ~と、あ! あの辺りなのだ!」
説明の最後、アライグマはビシッとじゃんぐるの中の一点を指さした。
タカはその方向にぎゅっと目を凝らす。
「きいろ……。ばす……。あぁ、あれか」
じゃんぐるちほーにぽっかりと口を空けた広場を見付け、タカが声を上げた。
その言葉にアライグマが驚きの声をあげる。
「バスがみえるのか?!」
手で景色を切り取り、一点をじーっと見詰めてみるが、バスは見えない。黄色い点がボヤけて見えはするが、バスとは判別できなかった。
「目がいいんだねぇ~」
「ふふっ、タカは空から獲物を探す。だから、小さな獲物も見付けられるように、目がいいのさ」
その言葉を聞いて、アライグマが目を輝かせる。
「おぉー! それなら、きっと遠くのセルリアンも探せるのだ。協力して欲しいのだ!」
「おぉ、さすがアライさんだねぇ。ナイスアイディアだよ~」
2人からの熱い視線を受け、少したじろいだタカだったが、ひとつ咳払いをして、アライグマとフェネックに向き直った。
「実は、噂を聞いた時から少し憧れていたんだ。まさか、こんな所で会えるなんて思ってなかったけどね」
そう言って自嘲気味な笑顔を浮かべたタカは、襟を整え背筋をぴっと伸ばすと、2人の目の前で大きくグッと親指を立てた。
「オーケー! 何事もクールにきめるこのタカ。確かに引き受けたわ!」
こうして、アライグマ・フェネック班に、タカが新たに加わる事になった。
セルリアンの発見には至らなかったが、力強い仲間を手に入れた2人は、ここから更にセルリアンを追うべく移動を開始した。
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一方その頃、カラカル・トキ班はサンドスター火山へと向かっていた。
カラカルの分析はこうだ。
ミライから聞いた話では、超大型セルリアンはサンドスター・ロウを大量に必要とするらしい。
そしてそれを補給する為には、空気中のものだけでは到底足りず、火山の近辺で行動する事が多いとかなんとか……。
後半はあくまでミライの予測たが、この話を信じるとするれば、超大型セルリアンは数日間火山から離れて行動した後、必ず火山にもどってくるはずだ。
つまり、待ち伏せすれば少なくとも数日の内にこの場所に必ず姿を現す……。
あとはどうやって、身を潜めながら火山を監視するかだ。
「カラカル。この辺でどうかしら?」
「ん、あぁ。もう火山の近くか。やっぱ空を飛べると早いなぁ」
「うふっ。ついでに歌もどうかしら?」
「え! いやぁ、それは後でにさせてもらうよ」
トキの歌を全力で止めながら、カラカルは辺りを見回す。
木の高さ、枝の張り、周囲の地形、そして火山方向の見晴らし。
カラカルがそれら確認しトキに指示を出す。
トキはその指示に従って、近くで最も太く大きい木の二股に別れた幹にカラカルを降ろし、自らも直ぐ側の枝に降り立った。
その場所からは、正面に大きくサンドスター火山が見て取れた。地面からはそこそこの高さがあり、地上を移動するセルリアンからの奇襲にも遭いにくい。
「うん、いい場所じゃないかな」
小さなバッグに入る分だけだが、じゃぱりまんも持ってきた。仮に全て食べ尽くしてしまっても、近くのボスが届けにくるだろうから心配無用。
「でも、少し遠すぎはしないかしら?」
トキが、火山を睨み付けるように目を細めながら言った。
確かにトキの言う通り、目標のセルリアンがいくら大きいからと言っても、この距離では見逃してしまうかもしれない……。
「言われてみれば……。あたしも夜になったらちょっと厳しいかもなぁ」
ネコ科のカラカルは、夜目が利く。しかしいくら何でもこの距離でセルリアンの姿を捉えるのは難しい。
おまけに相手は黒い。夜の闇に溶けて見えなくなる可能性は大きかった。
地形的には、火山を監視するのにこの上ないくらいの好条件が揃った場所だけに惜しい。
何とか、ならないだろうか?
「う~ん、困ったなぁ。こんな時にミライさんがいてくれたら……」
そこまで言葉にして、ハッと思い立った。
「そうだ! "むせん"があった!」
そう、ミライから借りたバッグに入っているのは食料だけではない。
離れたロッジにいるミライと連絡を取れる無線機も入っているのだ。
使い方は、ミライから教えてもらっている。
さっそく本体を取り出し、昨日の記憶を辿りながらカチカチとスイッチを操作する。
トキはカラカルの手元を覗き込みながら、無線機に足りない付属品を取り付けた。
「えぇっと、これであってるのかな?」
「たぶん……」
無線機は完成したが、如何せん自信がない。
しかし、何もしなくては先に進まないので、取り合えず通話を試みる。
「あー、あー。ミライさん? カラカルです。聞こえますか?」
電波の送信ボタンから指を離すと、サーっという小さなノイズが聞こえた。
失敗か? そう思ったと同時に、無線機から声が聞こえてきた。
しかし、それはミライの声ではなかった。
『カラカルッ?!』
「その声は、サーバル!」
『カラカルだよね?! よかった。ずっと心配してたんだよ?』
本当に心配していたようで、サーバルの声は少し震えている。
そこで、サーバルを少し落ち着かせてから、カラカルは本題を切り出した。
「サーバル。ミライさんはどこに行ったの? あたし達、ミライさんにアドバイスをもらおうと思ったんだけど……」
『ミライさんなら、れぽーと? をまとめるって言って、どこかへ行っちゃったよ? 無線はお願いって、わたしが任されたんだ。そしたら、カラカルの声が聞こえてきたから……』
カラカルには、"れぽーと"というのが何か判らなかったが、何となく邪魔をしてはいけない雰囲気を感じた。
こっちはまた違う場所を探せば済む訳だし、急ぎの用件ではない。
それに、どうしても良い場所が見付からなければ、また連絡すればいいだけの話だ。
「そっか、わかった。それじゃ、こっちはあたしらでどうにかするよ。サーバルも、ミライさんに迷惑かけないようにね。あんたおっちょこちょいなんだから」
『もおぉ、そんな事ないよ!』
一通り通話を終えてから、2人は荷物を纏め、地上に降り立った。
目指すはここより火山に近く、且つ見晴らしのよい場所。
そんな場所がどこにあるのかは検討もつかないが、とにかく火山に向かって歩くのが良さそうだ。
「地面を歩くのって、なんだか不思議な感触よね」
森林の木漏れ日の中、並んで歩きながらトキが不意に呟いた。
普段空を飛び、滅多に足を使って歩く事がない彼女にとって、下から見上げる森の景色は新鮮だったようだ。
「そっか、トキは羽を使わないで移動する事って、普段は無いんだもんなぁ。あたし的には、トキに抱えてもらって空飛んだ感覚が忘れられないけどな……」
トキの言葉に、カラカルは苦い笑いを返した。
慣れてしまえば風は心地いいし、空から眺める景色は全て、まるで夢の中のように美しかった。
ただ、慣れるまでは大変だった。ふわふわとしと感覚になかなか慣れず、足が地面を離れた瞬間にパニックに陥ってしまって、「ギャー!」とか「おろしてー!」とか叫んでしまった。
カラカル自身、跳躍力にはそれなりの自信があるし、サバンナでは木の上にひょいっと飛び乗る事も日常だった。
しかし、自分の足で跳ぶのと誰かに抱えられて飛ぶのはまったくの別世界で、足が地面に届かないという事が、あんなにも恐ろしい感覚だとは思わなかったのだ。
「ふふっ、いつもは見られないカラカルの姿がみられて楽しかったわ」
「あははっ。できれば、あれは忘れて欲しいかなぁ。恥ずかしいし……」
特にサーバルには知られたくない所である。
普段はサーバルのサポート役ポジションを自負しているカラカル。そんな彼女が、トキに抱え上げられただけでパニックになったと知れたら、サーバルは絶対にバカにしてくる。
それだけは避けたかった。
セントラルパークでの戦いの時、サーバルは平然とした顔でトキと共に空を舞っていた。
それを覚えていたカラカルは、「空を飛ぶ」という事を正直あまく見ていたようだ……。
2人は緩い会話を交わしながら、しんりんちほーの森を歩く。
景色を照らす丸い光が、だんだんと高くなる太陽に合わせて強くなっていた。
やがて、2人の視線の先に強い光の射し込む場所が現れた。
近付いてみると、そこは大きな断層だった。
火山の力で押し上げられた大地。まるで鋭利な刃物でスパッと切り落とされたように地面がそこで途切れ、そこだけ空間が切り取られてしまったかのように森が空へと変わっていた。
その先端まで行ってみると、山裾に広がる森林の向こう側に、雄大なサンドスター火山が見えた。
森の切れ目から覗く山道や、植物の生息しにくい火山質な岩がゴロゴロ転がった斜面まで、ここから見てとれる。
「ここなら、上手く見えそうね……」
「うん、これだけ良く見える場所なら、夜になっても見えるわ」
カラカルとトキは互いの意思を確認し合うと、そこから火山を監視する事を決めた。
絶対にセルリアンを見つけ出し、ミライと共に倒す決意を固めて……。
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