ミライに生きるサーバル

十匹狼

第1話 ここはジャパリパーク

 のどかな草原を風が吹き抜ける。


 どこまでも高い空は青く、時折ちぎれては形を変える雲が、悠々と浮かんでいた。



 緑の多い大地には、動物達が歩いたけもの道が走り、大地を埋め尽くすイネ科の植物達は鋭い葉先で天を突き、所々に点在する樹木が心地よい日影をつくっていた。


──────さばんなちほー

 ここは、超巨大テーマパーク。ジャパリパークの一部で、サバンナという場所の気候と地形を模してつくられたエリアだ。


 もちろん現地同様、ここにも沢山のけもの達が暮らしている。

 ただひとつ違うのは、人の様な姿をしたけものもいるという事だ。


 人のような姿のけもの。彼女達は、フレンズと呼ばれている。





 おおきな草むらがガサッガサッと揺れる。

「うぅーみゃみゃみゃみゃみゃみゃーーー! カラカルぅー! まてまてぇーー!」


そこから飛び出してきたのは、サバンナの大地と同じ薄く茶げかった黄色に、独特の黒い斑模様がついたスカートを履いた少女だった。


 白いシャツの首元にはスカートと同じ色のリボン、腕には、肘まである長い手袋をはめている。


 一見して、変わった服装の人間の少女にしか見えないが、茶色がかった黄色の髪にはアルファベットのMのような模様がついていて、その頭の上には、大きなけものの耳がぴょこんっと生えており、その腰からは縞模様のついた尻尾が伸びていた。


 それが、この少女がヒトではなくフレンズである証といったところか。




 らんらんと輝く黄金色の瞳は、色鮮やかに世界を写し、前を走る少女の姿を克明に捉えている。


「サーバル! そんな直線で走ってても、あたしには追い付けないよ!」

 後ろから駆けてくる少女をサーバルと呼んだこの少女も、やはりけものの耳と尻尾を有していた。


 しかし、形はサーバルとは異なり、先の尖った耳には長い房毛が生えていて、色も模様のない黒一色だ。

 尻尾にも模様はなく、身に付けている服も、デザインこそサーバルと同じだが、色はくすんだ茶に近い橙色一色だった。


 サーバルが先ほどカラカルと呼んでいたこの少女は、俊敏な動きでサーバルから逃げ回っている。


「みゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃーー! 負けないんだから!」

 サーバルは逃げるカラカルを追い、距離を詰める。


 そして、いざ飛びかかろうとしとた。その瞬間。

 カラカルは地面を大きく蹴り、目の前の木の上にぴょんっと跳んだ。


「あっ! でもわたしだってこれくらい! えいっ!」

 サーバルも、自慢の脚で大きく跳び上がりカラカルに迫る。


「まだまだあまいよ。ほいっと!」

 しかし、サーバルの手がもう少しで届くというところで、カラカルは太い木の枝を蹴って逆方向へと一気に跳んだ。


 突然頭上を飛び越えられたサーバルは呆気にとられ、思わずその姿を見送ってしまう。

 気が付いた時には、彼女は木の中に突っ込んでしまっていて、張り出した枝にもみくちゃにされながらバランスをくずしてしまった。


「ふみゃぁーーーーーー!」

 そのまま体勢を立て直せなかったサーバルは、悲鳴をあげながら地面をごろごろと転がっていった。




 サーバルが目を回して仰向けに倒れていると、そこにカラカルが戻ってきた。

「あいかわらずドジだねぇ、サーバルは。まぁ、そこがかわいいんだけど……」


 その両手には、ひらがなの「の」に角を生やしたようなデザインの焼き印が押された肉まんのような物を携えている。


「ほら、"じゃぱりまん"持ってきたから、そこの木陰で一緒に──────」

 サーバルの顔を覗き込んだ瞬間、カラカルの言葉は途切れた。

 さっきまで目を回していたサーバルが、カラカルの顔を見るや否や、がばっと起き上がって飛び付いてきたからだ。


「つかまえたぁーーーーー!!」

 そのままカラカルを仰向けに押し倒すサーバル。二つのじゃぱりまんが宙を舞った。




 木陰で木の幹に背を預け、サーバルとカラカルは、二人でじゃぱりまんを頬張る。


「今回の狩りごっこはわたしの勝ちだね!」

 誇らしげにサーバルは言う。

 あの状況で勝ったと言えるのか?と、疑問が過ったカラカルだったが、サーバルの無垢な笑顔にまぁいいか。と、笑った。


「それにしても、このじゃぱりまん……。なんかジャリジャリしてるね……」

 なんでだろう?と不思議そうな表情を向けるサーバル。


「それはね、サーバル。あんたがじゃぱりまん持ってるあたしに飛び付いたからね?」


 それを聞いたサーバルは、しばらく考え込み、う~んと唸っていたが、不意にピコンッと大きな耳を跳ねさせ、にへっと笑いながらこう言った。


「ゴメン。わかんないや!」


 それには、カラカルも盛大にずっこけた。




 木陰で二人並んでうとうとしていると、サーバルがはっとしたように目を見開き、ある方向に注意を向けた。

「う~ん、どうしたの? サーバル?」

 カラカルは寝ぼけ眼を擦りながらサーバルの見ている方向に目を向ける。


 すると、遠くの方から何かが走って来るのが見えた。



「なにあれ? なにあれ?!」

 サーバルは、興味津々といった様子でこちらに向かってくる何かを見詰めて目を輝かせていた。


 大きい。幅がカラカルやサーバルが両手を広げても足りないくらいで、高さは、二人よりも1.5倍くらい高い。形はほぼ四角形で足がついているようには見えないが、地面を走っているようで、砂煙が上がっている。


 今にも飛び付いていきそうなサーバルを押さえ付けながら、カラカルも見知らぬそれに興味を引かれ観察していた。



 すると、少し離れた所でそれは止まり、上からひょこっと人陰が出てきた。


「ねぇねぇカラカル。あれもフレンズかなぁ?」

 サーバルが、うずうずしながら尋ねる。


「うーん、なんとも言えないなぁ。あの四角いヤツが何なのかわからないし…」

 もりかしたらセルリアンかも、とカラカルが呟くと──────

「えぇ?! セルリアン!?」

 と、サーバルが叫んだ。



 セルリアンとは、ジャパリパークに現れるばけものの事で、フレンズを襲う。

 何でも、フレンズ達の体内のサンドスターを狙っているらしい。


 サンドスターは、フレンズ達がフレンズの姿を保つのに不可欠な物質で、それを奪われたフレンズは、元の動物の姿に戻り、記憶もろとも奪われてしまうのだ。



 サーバルの声が聞こえたのか、向こうの人陰がこちらに向かって手を振ってきた。

 何か言っている。


「こんにちはー、パークガイトのミライでーす! セルリアンじゃないですよーー」

 聴力の鋭い二人の耳がその声を聞き取る。


「ほら! セルリアンじゃないって! ぱーくがいど? って言ってたよ」

「うーん、まぁ、敵ではなさそうだし、行ってみよっか?」

 サーバルとカラカルは、木陰から立ち上がり、その人陰の方へと歩いていった。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

  ̄ ̄ ̄ ̄

  ̄ ̄


「やぁ、どうも。フレンズのみなさん。改めめして、パークガイドのミライです」

 近くまで来た二人に、ミライと名乗った女性は自己紹介をした。しかし、その内容は全くカラカルの頭に入って来なかった。


「すっごーい! なにこれ! なにこれ!? あなたは何のフレンズ?! あ、わたしはサーバルキャットのサーバルだよ! よろしくね!」


 珍しいものを目にしたサーバルが興奮状態で走り回り、ミライが乗って来た四角い物をまじまじと見てみたり、ミライの回りをぐるぐると回っていたからだ。


「えぇっと……」

 ミライもすっかり困り顔だ。

「すみません。騒がしい子で……」


「と、所でお二人は、サーバルキャットと、カラカルのフレンズさんですよね?」

 そう話を切り出したミライにカラカルは少し驚く。

 サーバルはともかく、カラカルはまだ自己紹介をしていないのに、何のフレンズか言い当てられたからだ。


「おぉ、さすがパークガイド! 一発で見抜けるんですね」

「ふふんっ。当たり前です! パークガイドですから!」

 誇らしげに胸を張るミライ。

 サーバルは相変わらずはしゃいでいるので、放っておいて話を進める。


「ミライさんは、何をしにさばんなちほーまで? あと、この四角いのは?」

 カラカルの言葉に、ミライは少し真剣な表情になる。


「あ、はい。実はですね。最近セルリアンの出現数がとても多くなっていて、この辺りでも確認されているので、フレンズのみなさんに注意して廻ってたんです」


 次に、と前置きして、ミライは彼女の背後にある四角いものを示して紹介を始めた。


「これは、私たちパークガイドが移動に使う乗り物で、ジャパリジープといいます。バスとは違って、道のない所でも走れるので、今回これに乗って来たのですが……」


 そこで、ミライは言葉を区切る。


「エンジンの音がバスよりも大きいせいか、フレンズの皆さん、怖がって逃げてしまうんですよね……」

 なるほど、確かに言われてみれば、ガロロロロ……と低く唸っているジープの音は、無意識に警戒してしまう。


「それで、あんなに遠くから合図を?」

 カラカルの言葉に、ミライは苦笑いしながら答える。

「はい。でも、その様子だと、結局怖がらせてしまったようですね」

 言われて、カラカルは自分の尻尾の毛が逆立っていた事に気が付いた。


「あ、いやぁ、あたしは、別に」

 赤面するカラカルに、ミライはくすっと笑う。


「大丈夫ですよ。得意なものも、不得意なものも。みんな違いますから」


 カラカルが苦笑いしながら尻尾の毛を整えていると、サーバルがやっと戻ってきた。

「ねぇねぇ! 二人で何の話してたの? これ何ていうの?!」

 サーバルに質問され、ミライは先程説明したばかりのジープについて、嫌な顔1つせず、サーバルが納得するまで丁寧に説明していた。

 パークガイドの鏡である。


「へぇー! ミライさんは、ぱーくがいど? っていうお仕事をしてるんだ!」

 すっごーい! とはしゃぐサーバルを優しく見守るミライ。あのサーバルをこの短時間で上手く扱えるようになるとはと、カラカルは関心した。


「セルリアンが出ちゃったなんて、大変だね! ねぇ、カラカル! わたしたちもミライさんをお手伝いしようよ! たのしそーー!」

 本当に、心底たのしそうに笑うサーバルを見たミライとカラカルは、同時にふっと微笑んだ。


「あの、お手伝いしていただけるんですか?」

「えぇ、サーバルがあぁ言ってますし、あたしもパークの役に立てるならって!」

 カラカルの言葉を聞いて、ミライの顔がぱっと輝いた。


「ありがとうございます! お二人が居れば、百人力。いえ、千人力ですね!」


「えぇ?! カラカルって千人もいるの?!」


 照れ笑いするカラカルの横で、すっとんきょうな声を上げたサーバルにカラカルとミライは盛大に笑った。



 ミライがジープの運転席に乗り込み、カラカルは助手席に、二人に笑われて膨れっ面のサーバルは後部座席に乗り込んだ。


「あ、そうだ! お二人にコレを!」

 ミライはそう言って、カラカルとサーバルにじゃぱりまんを手渡した。


「お近づきの印に受け取ってください♪」

「あ、どうもありがとうございます」

「わーい、ミライさん! ありがとう!」

 二人は各々礼を言ってじゃぱりまんを口に運ぶ。


「それじゃあ、パーク各地のフレンズ達に出逢う旅へ、しゅっぱーつしんこうーー!!」

 ミライが元気に右手を上げ、カラカルとサーバルがそれに続いて「おー!」と手を上げた。




「ねぇねぇ、カラカル! ところでさぁ!」


「ん? どうしたの? サーバル」


「"ぱーく"ってなに??」




「「えっ?」」

 サーバルの衝撃発言に、ミライとカラカルの声が重なり、発進寸前だったジープがプスンッ…と情けない音を立てて停止した。




 ここは、ジャパリパーク。沢山のけもの達が暮らす超巨大テーマパークだ。

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