第19話 人工知能体 MCPU

 

 「レーナ!」


 天井の通気口から彼女を発見したケンは、思わず叫んだ。幸い室内には手術用と思われる多腕型ロボットマニピュレーターが一体いるだけだった。しかし何らかの受音装置がロボットか部屋にあるのならば、音声を拾われたかも知れない。ロボットの方には表向き反応は無かった。

 

 手術台に身を横たえ、目を閉じたままのレーナはピクリとも動かない。


 ケンは背負っていたリニアライフルをはずして構え、彼女と自分の間をへだてる網格子を狙った。レーナの方向に跳弾が飛ばないように銃の射撃角度を慎重に調整する。網格子の四隅を撃ち抜いた後、それを何度も踏みつけて室内に蹴り落とした。


 空いた四角い穴の縁にぶら下がったケンは、残り二メートルほどの高さを飛び降りた。床に着地すると、レーナに薬品を注射したイソギンチャクのような多腕型ロボットマニピュレーターを、ライフルの三点連射バーストモードで撃つ。なんら防御装甲を持たない非戦闘ロボットは、あっけなく大破した。


 さらに周囲を見回したケンは天井の隅に監視カメラのようなものを見つけ、これにも弾を撃ちこんだ。通気口からは死角になって見えてなかったのだ。


 レーナに走り寄ったケンは、彼女の頸動脈に触れて生死を確認した。指先にかすかな脈動と体温を感じる。よく見れば胸がかすかに上下に動いていたから、呼吸をしているのが分かった。


 「レーナ!」

 ケンは彼女の肩を揺さぶって、もう一度呼びかけた。


 彼女はゆっくりと目を開いた。

 

 「ケン……?」

 ぼんやりした様子でケンを見る。


 「……生きてて良かった。」

 ケンは安堵して言った。


 「……これは夢じゃないの?どうしてあなたがここにいるの?」

 レーナは麻酔のような物を打たれたのか、なにか反応が鈍い。


 「話は後にしよう。ここを出るぞ。立てるか?」

 ケンはレーナの首の後ろに手を回して、彼女の上半身を起こした。


 「だめよ……、あなた一人で逃げて……。」

 レーナは弱々しくケンの腕を払おうとした。


 「何を言ってるんだ!?一緒にここから逃げるんだ!」


 しかし彼女にそう言いつつも、ケンは確実な逃走手段をまだ思いついていなかった。レーナを乗せてきた装甲車を奪おうと考えた事もあったが、どこにあるか分からないし、そもそも人間に操縦できない自律式の無人車である可能性もある。一階の工場には別の乗物があるかも知れないが、奪ったとしても姿を隠す光学迷彩を失った状態で、どこまで逃げ切れるかやはり分からない。


 ケンは一〇メートル四方の部屋を見回した。ともかく、監視カメラに姿を見られてしまった以上、この部屋を早く離れないといけない。


 入って来た通気口は高さ三・五メートルほどの天井にあるが、室内の機械や器具台を階段状に積み上げれば、もう一度入りこめるだろう。しかし、体に力が入らないらしい彼女にそこを登らせるのは今は無理だし、ケンの置き捨てた強化外骨格を見つけた敵が、出口で待ち構えている可能性もある。


 ケンは部屋に一つしかない水平スライド式の出入り口ドアを振り返った。


 そうするとドアから堂々と廊下に出て行くしかない。天井の通気口からこの階の各所を見て回った時には、廊下にも他の部屋にも敵らしき物の姿は見当たらなかったから、かえってこちらの方がいいかも知れない。


 監視カメラが廊下にもあるだろうが、どうせこの部屋にいる事はもうばれている。そっちのカメラも全部壊して逃走経路を分からなくしてしまえばいい。


 ケンはもう一度レーナを寝かせて、外の安全を確認するために一人でスライドドアに近づいた。


 しかし、非情にもドアは開かなかった。ドアの周辺には開閉操作できそうなボタンやスイッチは見当たらない。封鎖されて部屋に閉じこめられてしまったようだ。


 「ダメか。」

 ケンはドアを拳で叩いて、手術台に横たわるレーナのそばに戻った。


 「レーナ、いったん天井に逃げるしかなさそうだ。足がかりを作るから……」

 

 ケンの言葉が途切れた。レーナがケンの背後を凝視ぎょうししていたのだ。


 彼女の視線につられてケンが振りかえると、いつの間にか部屋の中央に黒髪の若い女性が立っていた。


 驚いたケンは反射的に銃口を向けようとした。


「待って。あれはただの立体映像ホログラムよ。直接の害は無いわ。」

 レーナがケンを止めた。その声は少し震えている。


言われてみれば、彼女の体を通して部屋の向こう側が少しけて見える。映像の投影装置プロジェクターが室内のどこかにあるようだ。


 しかし害は無いと言いながらも、レーナは立体画像に怯えているようだった。


 虚像の美女は微笑んで話始めた。


「彼女の言うとおり、あなたに危害を加えるつもりはありません。仮の姿ではあるけども、こういう対話形式の方が、あなたも話しやすいでしょう?」


「仮の姿?おまえは何者なんだ?」


 ケンは警戒を解かずにたずねた。


 「私の実体を映し出したのでは、あなたが落ち着かないと推測したの。」


 「実体ってなんだ?」


 「無人兵器達には、あなたを攻撃しないよう命令したわ。私はあなたと話しをしたいの。」


 ケンはもどかしさを感じた。相手との会話が、なにかみ合わない。しかし、そこには気になる言葉が含まれていた。


「……無人兵器に命令を?」


 ケンはその言葉を繰り返し、意味を考えた。


 その立体映像の女が、無人兵器に命令を下せるという事は。


 「まさか、お前は……お前が……」


 相手の正体を悟ったケンは、驚愕のあまり絶句した。


ケンに話しかけているそれは、ジオフロント軍が最重要の戦略攻撃目標としている人工知能体だった。


 一般にMCPUと呼称される、無人兵器軍の司令頭脳である。

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