第15話 別れ

 「攻撃開始!司令塔のヘッジホッグを先につぶせ!」


 ケンが前方に展開する小隊に伝えた。

 

 「了解、攻撃開始する!」


 部下から応答があったが、音声にブレのような雑音ノイズが入っていた。

 

 これはヘッジホッグの電子妨害の影響だろうか、とケンは思った。


 ケンはレーナのそばにいた二人の護衛の兵士に、前方へ応援に行くよう指示した。それに応じて走り出した重装機動歩兵達は、ケン達からあっという間に遠ざかって行く。

 

 彼らには強化外骨格パワードスーツの運動補助機能があるため、短距離ならば生身の人間では不可能な速さの、時速三二キロメートル前後で走る事が出来る。

 

 速く走れるのは、強化外骨格パワードスーツの足が一〇センチほど上げ底になっていて足が長く、歩幅が大きい事もあった。上げ底なのは、地雷を踏んだ時にダメージを軽減するための防御構造だ。


 「レーナ、境界トンネルまで下がってくれないか。ここも危険かも知れない。俺は戦闘の応援に行く。」


 ケンがレーナに言った。


 「分かったわ。気をつけてね。」


 戦闘を避けてほしかったレーナは、残念そうだった。


 「ああ。大丈夫だよ。」


 レーナがバイクを転回させて後方に走っていくのを確認したケンは、振り返って部下達の後を追った。


 駆けながら先ほどのシステム画面の乱れの原因を調べる。

 

 システムの履歴ログを確認すると、”コンピューターウイルスの侵入を検知。感染部分を上書きリライトして消去”とあった。


 電脳防御壁ファイアウォールを突破されて、強化外骨格パワードスーツがいったんウイルス感染してしまったようだ。しかし、内部の電脳保全システムが感染前の正常プログラムを呼び出して、元の状態に自動修復したという事だった。

 

 電脳保全システムはこれ以降、同じ攻撃プログラムウイルスを感染前にはねのけるようになる。

 

 部下の報告通り、ヘッジホッグが放出したコンピューターウイルス攻撃だった。


 ケンは冷や汗をかいた。ウイルスを退しりぞけはしたが、兵器管制システムに侵入され、汚染されかかった事が恐怖だった。


 ウイルスによって制御ソフトが動かなくなれば、強化外骨格パワードスーツの関節部分もまた、動かなくなる。そうなると外骨格は兵士の動きを束縛そくばくするただの重いよろいと化してしまい、戦場で容易たやすく殺されてしまう。


 それにウイルスには潜伏ステルス型のタイプも存在するから、他にも感染しているかも知れない。不安が戦闘中に付きまとうのだった。


 機械兵器M C P U軍は、戦闘で鹵獲ろかくしたジオフロント軍の兵器を、持ち帰った後に解体研究している。兵器を制御する基幹ソフトO Sやそれを組み上げるコンピュータ言語は、すでに相手に解析されて知られてしまっているはずだった。そうでなければ、こちらにき目のあるコンピューターウイルスを作る事など、出来るはずがない。そして、敵はジオフロント軍の使うデジタル無線通信の中にウイルスを混入させて、兵器管制システムを汚染させようとする。


 ジオフロント技術兵団は抗体ワクチンソフトを作ったり、無線の暗号方式を変えたりで対抗しているが、敵の開発スピードは早く、電子戦ではやや押され気味だった。


 ウイルス感染を恐れてデジタル無線を使わなければ、兵士達が連携出来なくなり、部隊の戦闘能力は大きく減殺げんさいされる。感染する事の無いアナログ無線を使ったならば、容易に盗聴されてしまう。対抗手段を考えながら、デジタル無線を使うしかないのだった。

 

 走っていたケンは、傾斜の緩い丘の上り坂が終わる辺りで、滑りこむようにして伏せた。残りを匍匐ほふく前進で進み、頭だけを坂の上から出して敵を観察する。


 四〇〇メートルほど先で、ヘッジホッグを囲んだ蛇型無人兵器ヴァイパーが近接防御火器を連射している。交戦中の小隊が多方向から放つリニアライフルの弾丸を、ヴァイパーが回転銃身ガトリング砲で迎撃しているのだ。空中で弾丸に弾丸をぶつけて、司令塔のヘッジホッグに飛んでくる弾をそらしていた。


 ヘッジホッグよりも先に、ヴァイパーに一体ずつ集中攻撃して撃破した方がいいだろうかと、ケンは考え、命令を出そうとした。


 その時、敵弾を迎撃中の三機のヴァイパーの背中に、複数の噴射炎が発生した。飛行物体の一群が、噴射煙を引きながら小隊の兵士達に向かってくる。


 「ヴァイパーがミサイルを発射!」


 望月曹長から報告が入った。


 「全自動迎撃ハードキルモードで撃ち落とせ!」


 ケンが一瞬迷った後に応えた。

 

 全自動迎撃ハードキルモードは、自分の方向に飛んでくるミサイルや銃弾を、強化外骨格パワードスーツが自動で狙いをつけて発砲し、撃墜あるいは弾道妨害してしまう防御モードだった。ヴァイパーが今おこなっているのとほぼ同じ動作だ。本来人間には対処不可能なスピードで展開される撃ち合いに対応するために、このモードがある。中に入っている兵士は、普段とは逆に外骨格に動きを操られるのだ。


 主従操作マスタースレーブの立場が逆になるこのモードは、緊急時にしか使われない。人間が介在できずに機械に操られる状態は、戦場では特に危険だからだ。潜伏ウイルスに感染した可能性もある現在はなおさらだった。


 しかし、それでも自動迎撃モードに頼らざるを得ない。小隊は岩塊などの遮蔽物しゃへいぶつを盾にして撃ち合いをしているが、ヴァイパーの誘導ミサイルは旋回性能が高く、岩陰に回りこんでくる。その上にミサイル弾頭が広範囲に子爆弾をばらまくので、回避は難しい。ただ隠れたり伏せたりしているだけでは、防御にならないのだ。


 よって、ケンは不安をかかえつつも、自動迎撃射撃を命じたのだった。

 

 一七名の小隊隊員が防御射撃でミサイルを迎え撃った。リニアライフルの高速弾が飛行中のミサイルを次々に捕らえ、爆散させる。


 三機のヴァイパーは護衛対象のヘッジホッグへの射撃が弱まった事を見て、それまで防御射撃に使用していたガトリング砲を、兵士への攻撃に振り向けた

 

 何名かの兵士が、四〇〇メートル先からガトリングの弾を浴びて、後ろに倒れる。防御射撃の連射速度で撃ち負けたのだ。


 小隊の使うリニアライフルの秒間連射速度は一〇発だが、ヴァイパーのガトリング砲は圧倒的とも言える秒間八〇発で、最初の何発かを空中ではじきそらしても、次々に後続する敵弾に対応しきれない。

 

 「狙撃手!自動迎撃ハードキルモードの迎撃対象を、発射直後のミサイルに変えろ!」


 このまま平押ししたのでは負けると考えたケンが指示を出した。

 

 ケンが指揮する重装機動歩兵の小隊には、精密狙撃を可能にする一八式リニアライフル改を装備した狙撃兵が二名含まれている。彼らの持つライフルは、他の歩兵が持つ一五式リニアライフルよりも銃身が長く、全長が一五〇センチもある狙撃バージョンだった。長い銃身で電磁加速された弾丸はそれだけ発射の初速が速く、弾道が安定して、より遠くまで届く。しかし、銃身が長すぎて取り扱いが不便な上に、専門の訓練が必要なので、狙撃兵にしか供給されていない。

 

 彼らなら突破口を開けると、ケンは考えたのだった。

 

 二名の狙撃兵が、自分に向かって飛んでくるミサイルの迎撃を仲間に任せ、ヘッドアップディスプレイ内のヴァイパーの背中を拡大表示させた。ミサイルの発射口付近を狙うよう強化外骨格パワードスーツに指令を出す。新たなミサイルの噴射炎が発生したのを認識して、照準をすばやく修正した外骨格は自動的に引き金を引いた。


 飛び立とうと加速し始めたミサイルの弾頭に、狙撃ライフルの弾丸が正確に命中した。ミサイル弾頭に詰めこまれていた二〇個の感圧式爆弾が爆発し、直下にいたヴァイパーを大破させる。ガトリング砲の弾とミサイルを腹の中に収めた移動火薬庫でもあるヴァイパーは、さらなる誘爆を起こして周辺の味方無人機に破片混じりの爆炎と衝撃波を浴びせた。

 

 二機のヴァイパーが大破し、ヘッジホッグは移動用のタイヤを破壊されて傾いた。小隊は残った一機のヴァイパーに多方向から防ぎきれないほどの集中砲火を浴びせる。


 形勢は逆転していた。歩兵達は全ての護衛ドローンを沈黙させた後、防御手段と移動手段を失ったヘッジホッグに近づき、電磁グレネードを投げつけて電子回路を破壊した。


敵の全滅を確認したケンが、部隊の状態を見ながら矢継ぎ早に指示を出した。


 「四名が道路上の残骸を撤去。リヴィンスカヤ少尉の通り道を作れ。三名は撃たれた者の救護、残りの者はなるべく高い所に移動して、前方を警戒しろ。」


 兵士の役割の割り振りは下士官である望月曹長がおこなう。後の指揮を任せたケンは丘の上からレーナに向かって大きく手招きし、こちらに来るように伝えた。

  

 彼女を待つ間にヘルメットの画面に隊員の生命兆候状態バイタルサインを呼び出して、撃たれた部下達の状態をチェックする。呼吸や脈拍に乱れがあるが、命に別状は無いようだった。ガトリング砲の弾に当たって後ろにはじき飛ばされたが、下方向から撃たれて射角が浅かったために、銃弾が貫通しなかったようだった。強化外骨格パワードスーツの、衝撃吸収素材を含んだ多層式装甲が防いだ事もあるだろう。ケンは安堵のため息をついた。


 レーナがケンのそばまでバイクを走らせてきた。


 「あなた達大丈夫なの?」


 レーナが聞いた。


 「三人ケガしただけですんだよ。」


 レーナの心に負担をかけまいと、ケンは軽い感じで答えた。


 「私のせいで......。ごめんなさい」

 「発見されて戦闘になったのはこっちの不手際で、君のせいじゃない。」

 「撃たれた人はどうなの?」

 「一番重いケガでも全治二週間って所かな。まあ、これぐらいなら訓練中でもたまに起きるよ。」

 「ケガした人に申し訳ないって伝えておいて。」

 「ああ、言っておくよ。あまり気にするな。俺達ケガするのが仕事みたいなもんだから。絆創膏でも貼っておけば治るよ。」

 「わかったわ。いずれ、直接お礼を言わせてもらう。」


 ケンの言葉に、ようやくレーナが笑った。


 「うん。ヘッジホッグの電子攻撃を君も浴びたはずだが、そっちは大丈夫か?」


 言われたレーナはバイクと迷彩服のスイッチを入れてチェックした。バイクとレーナの体が透明になる。


 「バイクと迷彩服に異常は無いみたい。」


 姿を再び現したレーナが言った。


 「いや、君の義体からだの事だよ。ナノマシンも入っているだろ。」

 「え、うん。私も大丈夫よ。心配しすぎ。」

 

 前方から無線が入り、道路の残骸撤去が終わった事が伝えられた。

 

 「道の掃除がすんだ。今のうちに行ってくれ。ヘッジホッグが、破壊される前に応援を呼んだかも知れないから。」


 ケンはもっと話をしていたかったが、のんびりしているわけにはいかなかった。


 「ええ。」


 状況を把握しているレーナは、短く応じた。


 「気をつけてな。」

 「ありがとう。それじゃあ。また会いましょう。」


 光学迷彩を再び起動させて姿を消したレーナは、バイクで走り出した。


 水素燃料で走るバイクは静かで、エンジン音のような騒音は無い。タイヤと道路の接地音が少し響くだけだ。その音が遠ざかっていく事で、彼女が走って行く事がケンには分かった。

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