第2話 救出

 「マルチセンサーは一時封止ふうし。自分の手榴弾グレネードで壊しちまうなよ。」


 ケンが前進しながら兵達に注意した。

 

 鋭敏えいびんなセンサー群は、電磁グレネードの発する電磁パルス放射で、簡単に焼き切れてしまう。熟練兵ベテラン達はそんな事は承知していたから、電磁防護のされた光学カメラ以外のセンサーをすでに切っている。今回が初実戦の新兵ルーキーに向かってケンは言ったのだった。

 

 マルチセンサーは、光学カメラに加えて、暗闇で熱源を視覚化する赤外線カメラ、距離を精密にはかるレーザー測定機、音源や移動物を感知する大気変動センサー、人の心臓が発する特定周波数をとらえる心音パルスセンサー等の総称で、戦闘を少しでも有利に運ぶための情報収集装備だ。

 

 装甲車と戦車のある前方へ、重装機動歩兵達は進んだ。旧時代であれば、歩兵が戦車に正面から戦いを挑むなど、狂気の沙汰さたであった。しかし二二世紀の今日こんにち、彼らの装備している兵器は、戦車に対抗できるだけの攻撃力を持っている。

 

 ケンが援護すべき車まで二〇メートルの距離に進んで岩陰に身を隠した時、横倒しになった装甲車の、運転席側のドアが上に開いた。中から出てきた腕が車の上に何かケースのような物を置き、いで、一人の人物が車外へい上がってくる。ケン達とは全く形状の違う、黒い装甲服を着こんでいた。


 その生存者は車が横転した時にケガもしなかったのか、身軽に車から飛び降りた。右手に長身銃、もう片方に大きなケースをさげて、ケン達の方向に走ってくる。そのすばやく無駄の無い身のこなしから、軍人かと思われた。それも高度な訓練を受けた。

 

 その時、追いついたタランチュラが、障害物の隙間から二発目の砲弾を放った。動かない装甲車に、とどめが命中する。一瞬の間を置いて、車は内部から爆発した。装甲車だった物は、大小のゆがんだ破片になって、炎の尾を引きつつ散らばる。車内に積んでいた弾薬か燃料が誘爆ゆうばくしたらしい。

 

 背後から爆発の衝撃波に叩かれたその人物は、前に吹き飛ばされ、倒れした。しかし、それでもすぐに立ち上がり、再び走りはじめる。

 

 よほど頑丈タフな装甲服なんだな。岩陰に回りこんだ衝撃波を浴びてよろけたケンは、体勢を立て直しつつ、そう思った。

 

 ケンは左腰の兵装へいそうホルダーから、電磁グレネードを引き抜いた。そして岩陰から一歩踏み出し、姿を半分相手に見せる。


 追われる者は、ようやく前方にいるケンの存在に気づいた。驚いたらしく、たたらを踏んで立ち止まり、銃をケンに向ける。遮光しゃこう処理された装甲ヘルメットのせいで、その表情はうかがえない。


 「撃つな!君を援護する!」


 ケンは相手に手のひらを向け、制止のジェスチャーをした。外国から来たと推測される人間に、それが正確に伝わるかどうかケンには分からなかった。


 しかし、言葉か身振りのどちらかが通じたらしく、相手は銃口をらした。ケンは安堵あんどした。こちらの装甲ヘルメットも外部に光が漏れない構造なので、その表情はやはり相手にも見えない。


 「この岩の後ろに隠れろ!」


 手振りで自分が半身を隠している遮蔽物しゃへいぶつを示す。


 追われていた人物は一瞬だけためらったようだが、すぐに指示に従って、ケンの方向に走りはじめた。


 「電磁グレネード投擲とうてき用意!」


 ケンは、部下に命令しながら敵に視線を向け、距離を目測ではかった。二〇メートルほどの至近しきんと言っていい距離だ。しかしタランチュラ達は観測機ワスプを撃ち落とされた上に、ケン達との間で燃えさかる装甲車の残骸にセンサー探知を邪魔されて、こちらの位置を把握できていなかった。


 ケンは電磁グレネードの作動レバーを握りこんだまま、安全ピンを引き抜いた。炎の向こうに揺らめく多脚戦車の未来位置を予測して、手榴弾グレネードを投げる。空中で作動レバーがはじけ飛び、逃げてくる人物と入れ代わるかたちで、手榴弾が飛んでいった。さらに部下達が、確実をして、六個のグレネードを、後を追って投げこんだ。


電磁グレネードは、空中に強い電磁パルスを瞬間的に放射する投擲とうてき兵器で、EMP手榴弾ともいう。低電流・低電圧で動作する機械兵器の電子回路に、電磁波照射で過負荷かふかをかけ、焼き切ってしまう兵器だった。


 人間でいうならば、体中の血管や神経を一瞬で破裂させられるようなもので、至近距離で炸裂さくれつさせたなら、強力な破壊効果を発揮する。ただし、高いダメージが見こめる危害半径は五メートル程度なので、慎重に狙って投げないといけない。

 

 七個のグレネードは、なるべく複数の敵を巻きこむように、狙って投げられた。その内の三個が、タランチュラのレーザー機銃に空中で迎撃され、破壊された。


 さらにタランチュラは、手榴弾の放物線を瞬時に逆算して兵士の位置を割り出し、そこに向けて機銃を掃射そうしゃした。身を隠すのが遅れた二人の兵が、大出力パルスレーザーに装甲服を撃ち抜かれて即死する。


 しかし、破壊をまぬがれた残りの四個は、ほぼ狙い通りに三両の多脚戦車の脚元あしもとに転がった。パン、という地味な破裂音と共に電磁パルスが放出される。


 戦果確認と残敵掃討のために装甲車の残骸ざんがいに近寄り、密集していた多脚戦車達は、電磁パルスの洗礼を続けざまに浴びた。せわしく動かしていた脚とレーザー機銃が、いっせいに動きを止める。


「マルチセンサー封止解除。ライフルでとどめを刺せ。」

 ケンは、電磁パルスに対する防御のため、閉鎖状態に置いていたセンサー群を、再稼働させた。


 射撃位置に移動した兵士達が、タランチュラの頭部装甲の隙間を狙って、リニアライフルを全自動連続発射フルオートモードで発砲した。


 ケンも同じく歩行戦車の弱点部分に照準を合わせ、引き金をしぼった。電磁力で加速された弾丸が、秒間一〇発の連射速度で装甲の隙間に正確に撃ちこまれる。フルオート射撃にしては、秒間の発射間隔が長いが、これは弾丸と銃身レールの摩擦による銃身加熱を抑えるために、そう調整されているのだった。

 

 弾丸は、戦車内部の構成部品を破壊しながら奥深くに進んでいった。弾倉の半分、二〇発ほどの弾丸を念入りに撃ちこむ。


 過剰殺戮オーバーキルにも見えるこの攻撃は、ジオフロント軍で規定されている通常の処置だった。機能停止したと思った機械兵器が再起動し、襲いかかってくる場合もあるからだ。


 歩行戦車タランチュラに再起不能な損傷ダメージを与えたケンは、周囲を見回して、部下達も残りの戦車二両に、とどめを刺したのを確認した。

 

 「死傷者は?」


 部下の状態は、ディスプレイ上で呼吸や脈拍を示す、生命兆候状態バイタルサインを呼び出して調べる事が出来るが、副長が直接遺体を確認しに行ったので、彼が戻ってくるまで待ってから聞いた。


 「沖島一等兵と、小波二等兵が戦死しました」。


 望月曹長が答えた。


 「……分かった。装甲車に他に搭乗者はいたか?

 「いたとしても遺体は見当たりません。車が粉々になりましたからね。」


 望月が気づかわしげに、唯一生き残った人物をちらりと見た。


 「俺が話をしてみる。周囲を警戒しろ。」


 ケンの命令で、生き残った七名の部下達が散開し、直径五〇メートルほどの円形警戒陣をつくった。


 ケンは救出した人物に視線を移した。そのやや小柄な人物は、初めて見るライフルを手に持っていた。ヘッドアップディスプレイは、自動解析結果を表示した。


 装甲服は情報照会不可。

 ライフルはロシア軍の制式小銃アブトマット・ラザール六八、通称AL六八レーザーライフルに外見が類似する、と告げていた。

 

 その型式と、”類似する”という情報から、二〇六八年にロシア軍で正式採用されたレーザーライフルの改良バージョンなのかな、とケンは思った。


 兵士は、装甲服の前面ライトをつけた。そしてもう一方の手に持っていた大きなアタッシェケースを地面に降ろし、頭部を保護する黒い装甲ヘルメットを脱いだ。

 

 その人物は、二〇歳前後と思われる西洋人女性だった。肩に届きそうな長さで切りそろえた明るい栗色の髪と、はっとするような緑色の瞳が印象的だった。端整たんせいな顔立ちと、武骨ぶこつで黒い装甲服は、不思議に似合って見えた。


 ケンもそれに応じてヘルメットを脱いだ。二〇代前半の若い男の顔が表われた。精悍せいかんな顔つきで、その黒髪と茶色い目は、神戸ジオフロントに最も多い身体的特徴だ。


「助けてくれてありがとう。」


 流暢りゅうちょうな日本語で彼女は言った。

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