第10話

 自分のどういう所が力不足で、それなのになぜ喜ばれたのか、なぜ住職から認められたのか、いまだに何もわかっていない法道だが、それでも何かの役には立てたことがうれしかった。


 その夜は幸い、睡眠時間を削らずに済んだ。布団にもぐって、別れ際の会話を振り返る法道。

 母親からの言葉に喜んでいたが、別れ際の会話で、うれしいと言われてなかったことに気が付いた。


 また自分だけうれしがってる と気分をまた少し落とし込む法道だが思い直す。



「ありがたいって言ってくれたよな」


 いいのか悪いのかわからない。


 が、即座にそのあとのことを思い直す。


 住職が住職として、あるいは師匠としてかもしれない。

「それでいい」

 って言ってくれたじゃないか と。


 ゲーム好きじゃなかったらあの子供たちの相手はできなかっただろう。

 いや、その前に子供たちがこっちにこなかったら、母親からのあんな言葉は絶対に出てこなかった。


「生死以外に人知の及ばない事ってあるもんだな。人の縁ってのも、思う通りにいかないし、思わぬところで繋がるもんだ」


 法道は布団の中でそうつぶやく。でもその縁をどうしていくかは、縁と出会った人の気持ち次第。

 その法道の気持ちは、檀家への法話めいたことを話すことで檀家を寺と強く結ばれる縁よりも退屈しのぎの子供たちの相手という、彼にとって楽な縁を選んだ。僧侶としてそれはどうなのか。結果を見れば、自分の行為を住職が見てそれでいいと言ってくれた。


 無邪気な子供の相手は楽だし、楽しい。悲しんでいる遺族の相手は気を遣う。相手も法道より住職を希望する。そして法道は何にもできず、何も応えられなかった。無力のままでいる相手よりも何かの力になれる相手の方が、自分も価値があるような気がするし相手も喜んでくれる。


 今回は相手ばかりじゃなく、その母親がしてほしかったことをしてあげられた。

 誰かの力になりたかったことができた。

 誰かの力になれることをやらせてもらった。


 単純にあの事態を第三者から見たら、子供たちは明らかに退屈していた。あそこで何か騒ぎを起こされるとみんなに迷惑が掛かり母親は困る。法道はその子供たちの暇つぶしの相手になり、母親は安心した。

 

 困ってる人を助けただけ。騒ぎは起こってないから、それを未然に防いだだけ。

 

 でも困ってる人を助けることは、僧侶でなくてもできることだろう。あの子供たちの従兄だって何人かいたじゃないか。


 でも彼らは、相手になりたくてもできなかった。相手になれたのは自分だけだった。


 僧侶であったから、住職がいたからできたこともあったのか。そして住職でもできなかったこと。


  

 そして、必要な用事が済むまでずっとあの子供たちに付き添った。



 枕経の用事一通り振り返り、法道は一つの単語にたどり着く。

 そしてその言葉を当てはめてもう一度思い返す。


 

 住職も、遺族たちから話をずっと聞いていた。付き添ってた。



 こういうことかと法道は自分で出した結論で一応落着する。




 悲嘆している人が多いあの場で、その思いに付き添い、寄り添うこと。

 

 

 法道は人生経験がまだ浅い。まだ体験していない悲しみもある。当然その思いにどう答えたらいいかもわからない。けれども少しでもあの母親の大変さを軽くしてあげられるほどの器量は持ち合わせていた。



 

 自分の無力さを感じたあの夜のことを思い出す。

 

 そして思い出した。

 自分だけ笑って、檀家は笑いながらも悲しい顔で見送ってくれたその後。


 住職は、いろんな話をしっかり聞いてきてくれたことをむしろ褒めてくれた。

 聞いてきた話を基に、戒名を作り、引導文を作る。作業に取り掛かる住職が褒めてくれたということは、いい仕事ができそうだということだ。

 


 それだけ、彼は遺族に寄り添うことができていたということだ。

 

 本人からすれば、ひたすら住職の言いなりになっていただけだったと思っていた。



 寄り添うこと、付き添うことを心掛けながら仕事をしたら、少しは意識も変わるだろうか。


 そんな自信なさげな思いはあるが、それでも自坊への帰りに身の回りに感じたほのかな明るさは、就寝前に少し力強くなった気がした。

 

 


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