三幕_3
ポ太郎の
激しく
(もっと……もっと
上手くなりたい。上手くなりたい。
遠く離れてしまった母や弟に、こっちで
世話になっている吉備や連雀に、恩の一部でも神楽
あおいはただそれだけを願って舞い
「──そろそろ休もう」
区切りのいいところで連雀が笛の手を止め、額から流れた汗を
あおいも
「最近、
連雀は少し離れた
「
「逞しいって、それは
自分の変わり身が少し恥ずかしくて、
「褒めてるぞ。言ったら曲げない
縁側には
「体調の方はどうだ? 激しい舞だから
「……疲れよりも、暑い、かしら。本番は
まぶしいほどの青空を
あおいが任された神楽舞は、岩戸神楽の天宇受売命の舞だ。鈴と
「心配するほどでもない。どうせ千早はすぐ
連雀の涼しい顔に、あおいは
「──はい?」
「
「そ、そこまでは。薄着って千早の下に着てる白の
「それも脱ぐ。本来は上半身は
「えぇっ!?」
はだか? 裸で踊るって何の話だろう!? まさか今まで必死に練習してきたのは裸踊りだったんだろうか? 混乱するあおいに「だが」と連雀は付け加えた。
「裸の舞はずいぶん昔に禁止された。今は
「紗の襦袢一枚って、ようするに下着姿じゃない…………」
あおいが絶句すると、連雀はとんでもないとばかりに
「なにをいう。神事だぞ、別にいやらしいことなんか何もない」
「だけど聞いてないわ。そんな話!」
「言ってないからな。なにせまだ通しでの流れはやっていない。まずは
「そんな」
あおいは非難の目で連雀を見た。
膝丈の紗一枚で踊るなんて、神事とはいえ言語道断だ。あおいは赤くなったらいいのか青くなったらいいのか果てしなく混乱した。
(────ううん)
それらを振り切るようにあおいは
決して
「あの、ね。ほかにまだ聞いてないような段取りとかってあるのなら、今のうちに聞いておきたいんだけど」
あおいが
「特に、ないと思うが。……歌もあるという話はしたな?」
「ああぁっ!」
あおいは勢いよく立ちあがった。反射的に連雀も
「なんだ?」
「歌よ、歌! たしかに初めの
せっかく神楽舞をうまくやり
しかし
「いっておくけど、わたし歌なんて
「それはわかっている」
「じゃあ、早く教えてよ。当日になって大
あおいが手ほどきを
「──どうしたの。わたしなにかまずいこと言った?」
「いや。早く習いたいという姿勢は感心するし、正直
「だが、なによ」
「歌を教えられる師がいない」
「あなたが教えてくれるんじゃないの?」
ぽかんとしてそう
「じょ、
「え、あ、そうなの、ごめんなさい」
急に取り乱した連雀に、あおいは
連雀はわずかに
「────と、とにかくだな、歌の師ができる仙を今探しているところだ。まだ
連雀は歌に自信が無いのだろうか。そんなことを思いながらあおいは
確かに見た目で言っては失礼だけれど、音痴そうな
七月も
「だから言ったでしょう。閉じ込めていては
明々と
「安全な
「籠の中で仙気が安定するに
「強がりを言うものじゃないですよ。わかっているんでしょう? 最近あおいの表情はとても明るくて良いです。神楽
連雀はぶすっとしながらも手に持っていた長金つばをほおばった。彼が好きな金つば屋が夏の夜だけ作る、皮が厚手で中にやわらかい
甘すぎない
そんな彼の様子をそっと
「なんだ、食べないのか?」
連雀が包みを抱いたまま手をつけないあおいを不思議そうに見る。
「ううん、もったいなくて。後で食べようかな」
「もったいなくなどない。焼きたての
「連雀、相手はお
吉備に
吉備の店は大路に面した
店自体は小さいがいい雰囲気だ。なかに二
「本当に、不思議なところ」
足元をやわらかく照らす
「十五年ヒトとして暮らした地上界と比べれば、そう感じるのかもしれないな」
「連雀は仙になる前は鳥だったんでしょ? 鳥の生活と比べたら、わたしなんかよりもよっぽどここは不思議なところだと思うんだけど」
「そんな昔のことは忘れたな。それよりも温かいうちに食べろ」
あおいに促しながら、連雀は二個目の長金つばをぺろりと平らげる。
「うん。ありがとう」
やはり連雀はずいぶんと長い年月を生きているらしい。仙は不老不死だというから、そう気にするようなことでもないのかもしれない。そんなことを思いながら、長金つばを一口かじる。上品な餡ともっちりとした求肥の組み合わせはやはり最高だ。
「おいしい」
「そうだろう」
なぜだか
「なんだ?」
「ううん、なんでも。ただ……ここでの生活もまあまあ悪くないなって」
地上界にいる母や弟が
その
「あたりまえだ。地上界と仙界をくらべる方がどうかしてる」
「仙界って、結構ふつうなのね。もっとすごい世界を想像していたけど。春の花が
「なんだそれは。だいたい春しかなかったら困るだろう。うまい米は作れないし、
それもそうね、とあおいは笑った。
「仙界は
あおいは口ごもり、わずかに
「だけど、どうした?」
「……本当にここにいていいのかなって……最近特に思うの。仙貨の一つも出せないし、
先ほども二人はあおいの仙気について話をしていたけれど、当のあおいにはさっぱりだ。自分の仙気が不安定なのか安定しているのかさえ分からない。
「
「そんなことを
吉備が茶を運んできてくれた。熱い茶だったけれど、
「そうですねえ。──おそらくは人や鳥などの状態から
「こんなんじゃわたし、一生仙貨も出せないし空を飛ぶこともできないかも……」
どうしてこんなに
初めの
「まあそのうちに、あぁこれのことかと気がつく時が来ますよ」
吉備はそう言ってほっこり
「でも、早く仙貨くらいは出せるようになりたいわ。二人に悪いし」
連雀と吉備は目を丸くした。二人同時に「なにがだ?」「どうして?」と不思議そうに口にする。
「だって、そうじゃない。わたし完全に二人に養われてる状態で、こんなのおかしいでしょ」
「わたし、働けるの。針仕事は苦手だけど、
以前連雀に家事を手伝いたいと申し出たら、とんでもないとばかりに
「それは、困りましたねぇ」
「なんにもしていなくはないぞ。きちんと
「神楽だけが仕事なんて
あおいは下働きとなってから長い間働きづめの毎日だった。鳥界山に来てはじめの頃は豊かな生活が
何より、
「……わたしも、なにかしたい」
「でもね、あおい」
吉備はそっとあおいの片手をつかみ、開かせた。
「きみの手を見れば、働くことが日常の生活をしていたのだとわかります。けれど、あなたが例えば連雀の
「わたし、そんなつもりじゃ……」
「知っています。──そうですね、ではあなたが翼変も仙貨も出せるようになったときには、この店で働くというのはどうですか?」
思わぬ提案に腰が
「いいんですか?」
「もちろんです。わたしのヤキイモ屋には獣精がいませんから。看板
「看板にはなれないかもしれないですけど、
あおいはぱっと顔を
「やめておけ」
「どうしてよ。わたし、やるわ。そういえば吉備さんのお店って、焼き
あおいはふと疑問に思って
「やめておけ。聞くな」
連雀はなおも何か渋い様子だ。吉備は楽しげに笑う。
「いいえ、本業の片手間に道楽で開けている店なので、気分で開けたり閉めたりなのですよ。こっちは一人で切り盛りしてますしね」
「吉備さんの本業って?」
「
「わたしでよければ喜んで。よし、そうなったら早く気の流れってやつを感じられるようにならないと!」
「ふふ、がんばってください。そうだ、ついで言うと、この店で焼いているのは芋ではありませんよ」
あおいは首をかしげた。芋を焼かずにヤキイモ屋とは、これいかに?
吉備は「見たほうが早いでしょう」と店の中へと入っていった。
「俺はやめておけ、と二度ほど言ったと思うんだが」
「だからどうして? 働いちゃいけないの?」
「そうじゃない」
連雀が何かを言いかけたところへ、吉備が何かを手に
「うちで出しているのは、これですよ」
「え、────ひィっっ!」
吉備の細く美しい手にあったものを見てあおいは悲鳴を上げかけ、何とかそれをのみ込んだ。
「イモはイモでも、芋ではなくて芋虫。その
あおいの背筋は
固まったあおいの横で、連雀が気まずそうに顔を
「……だから、やめておけといったんだ」
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