第5章その3 乱れた夜着

 夕食後、シャワーを浴びた私は、今日も体に合わないパジャマを身に付け、バルコニーからぼんやりと夜空を見上げていた。


(何とかして、ソフィアと入れ替わる方法はないかな……)


 この世界へ来て、何度か魔法実践の授業を受けたが、一向に使える気配はない。異世界へ行けば不思議な力は自然と発動すると期待していたのだが、どうもそれは期待できなさそうだ。BMI23のモブ顔女には、チートも無双もする権利がないと言うのだろうか。


(このまま私がここにいても、魔法が使えない以上役に立てない)


一番の問題は、こんな私がヒロインポジションにいては、ゲーム中盤で必要となって来る『封魂』が、いつまでも発動しないことだ。


 実はこの世界に出現するメトゥスをいくら倒しても、完全に消滅させることは出来ない。塵となったメトゥスは異世界へと戻り、また再生する。その再生を防ぐ唯一の手段が『封魂』というわけだ。


 ソフィアは第1話で偶然それを行ったことで『封魂の乙女』に任ぜられる。が、序盤ではそれを上手く使うことが出来ない。中盤からようやくこのコマンドが活躍するようになるのだけど……。


(このままじゃ、激化する戦闘に対応できなくなる……。『平和度』が下がれば待っているのはバッドエンドだわ。それに……)


 私が現時点で唯一役に立てている『予言』、これは私のゲームのプレイ時の記憶に基づいたものだ。プレイ済みなのは第5章までなので、それ以降は導魂士たちに何のアドバイスも出来なくなる。


―あっはっはっは、完徹! 7章までいった!―


(ここに呼ばれたのがミサなら、7章までアドバイスできたのにな……。見た目も可愛いし)


 思わずため息が漏れる。


(戦闘で傷つく導魂士たちを、私は何も出来ずに見ているしかない……)


 三次元になってしまった彼らは、私にとっては近寄りがたいイケメンで、ゲームをしていた時のように手離しでときめくことが出来ない。だけど今、目の前にいる彼らは紛れもなく『人間』だ。


(逆ハーとはとても言えないけど、導魂士の彼らとは毎日言葉を交わすレベルには仲良くなってる。そんな彼らが怪我をするのは見たくない)


更に、今後彼らの戦闘の難度が爆上がりする原因が自分自身となると……。


「はぁ……」


 逃げたい。


 推しとリアルで交流すると言う、乙女ゲーマーなら一度は夢見るであろうシチュエーションも十分堪能した。あとは、ちゃんと能力の使えるソフィアにバトンタッチして、私はゲーム画面を眺めながらニヤニヤしていたい。

 導魂士の彼らとときめきイベントをこなすソフィアに自己投影しながら。スチルコンプリートを目指して周回して……。


「大丈夫、元気出せ!」


「っ!?」


 不意に頭上から降って来た、かなたみたまボイスに、私はギクリとなった。


「ら、ライリー……」


 昼に教室で見た時の光景そのままに、ライリーはバルコニーの外の樹の枝に、腰を下ろしてこちらを見ていた。


「どうしてここに……」


「え? いや、ちょっと月を見たくて」


「月? 月なら自分の部屋からでも見えるよね?」


「こ、ここからの眺めが一番いいんだよ! それより」


 ライリーのエメラルドの瞳が私を見る。


「魔法、練習すればきっと使えるようになるから! 何だったらオレも練習付き合うし。だからそんな落ち込むなよ!」


「ライリー……」


 いい奴だな、と思う。昼間、教室を覗いたのも私を心配してのことだったようだし、今もそれは同じなのだろう。それがライリーと言うキャラだ。


(ゲームをしている段階ではそこまで本命ってわけでもなかったけど、こんな風に元気づけてくれる存在って、実際にいると嬉しいものだな)


 そう思った時、夜風が私のパジャマをふわりと揺らした。


(あっ!?)


 思い出した。BMI23の私が、痩身のソフィアの乙女チックなフリフリパジャマを、タンクトップの上からボタンをはずして無理やり着ていることに。


「ぎゃあああああ!!!!」


「えっ? な、何!?」


 片手でボタンをはずした胸元を押さえ、今にも枝からバルコニーへ飛び移ろうとしているライリーを制するようにもう片方の手を突き出す。


「こ、こっち来ないで! あと見ないで!」


「来ないでって、一体何が……」


「いいから……!」


 その時、どこかの窓からカーテンを引く音が聞こえた。


「やっば、エルメンリッヒ! じゃあね!」


 言ったかと思うと、ライリーは素早く階下へ身を躍らせる。


「睦実か」


 ライリーが姿を消したのと入れ替わりに、エルメンリッヒがバルコニーへ出てきた。


「ライリーの声がしたようだ、が……」


 私のだらしのない姿に気付いたらしいエルメンリッヒが、言葉を失う。やがてうっすらと頬を染めると、私からさっと視線を逸らした。


「し、失敬! 見るつもりはなかった!」


「あ、いえ……」


 似合わないふりふりパジャマをだらしなく着た私に、こんな初心な反応をされても、逆にリアクションに困る。エルメンリッヒは私から目を逸らしたまま、言葉を続けた。


「まさかとは思うが、ライリーがお前の夜着を乱したのではあるまいな?」


「は!? まさか! ないない! ありえない!」


「な、なら良い。だが、どこの誰が見ているとも限らぬ。そのような姿で乙女が部屋の外へ出ぬことだ」


「あ、はい。お見苦しいものをすみません」


 なんとなく申し訳ない気分になり、私は部屋の中へと戻る。私が戻ったのを確認してか、エルメンリッヒの部屋の窓の閉まる音がした。


(あぁ、もう……)


 鏡に映った自身の姿に、どうしようもなく凹む。


(本当にフリル似合わないな、私。しかも、ボタンとめるとぱっつんぱっつんになるから、はずしたままで……)


 こんな姿を見ても、嘲笑う気配の全くなかった2人の姿を思い出す。


(さすがは乙女ゲー攻略キャラ……)


 女性ユーザーに幸せな気持ちを提供するため、生み出された優しい存在。


だからこそ……


(彼らが傷つかないように、一日も早くソフィアと入れ替わりたいなぁ)


 あと、このふりふりパジャマから解放されたい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る