第11話 父とともに
葬儀も終わり、49日の法要も終え、いつも通りの生活が戻ってきたころ、父はその後も相続などの手続きで追われていた。仕事から帰ると、手続き書類を広げては頭をかかえていた。ただの一般の家ならば、家の土地だけの手続きで終わることもあるだろうが、農家はそうもいかない。所有している土地は家が建っている場所だけでなく、離れたところにいくつもある田んぼの手続きも行わなければならない。それにまた、税金がかかる。そんな毎日書類とにらめっこしている父を見て、千春は相続のめんどくささを感じていた。
毎日頭をかかえていた父が、ある日突然提案してきた。
「千春! 展示会行くぞ!」
真夏の日曜日の朝。父は千春の部屋の扉を開けて言い放った。
「勝手に開けないでよ……まだ眠い……」
まだベッドの中で眠っていた千春は、枕元の時計に目をやった。時計は7時5分を指していた。
「まだ7時じゃん……展示会ってなによ」
「農機具の展示会だ。 今日やるんだよ、遊園地で。 だから起きろ」
「あー……こんな早くからやってるわけないでしょ。 後でまた起こして」
「8時に起こすから。 んじゃ」
父は嵐のようにやってきては去っていった。
どうやら今日は農機具の展示会らしい。
近くの遊園地の隣の敷地で年2回行われている展示会である。
そこでは様々な会社の新しいモデルの農機具の展示、紹介、デモンストレーション、中古の農機具販売を行っており、農作業に使う手袋や長靴、作業着、肥料や消毒薬まで売っている。この展示会に参加すると言えば、遊園地も無料で入ることができる。農業に従事する人であれば、この展示会によく参加する。また、1つの会社が自社の製品を宣伝するための小規模は展示会もよく行われているが、今回はそれとは違う、複数の会社による大規模展示会のようだ。
(なんで私に行こうっていうのさ? いつも一人で行ってるくせに)
とりあえず、千春はもう一度眠ることにした。
☆
「千春! 起きろ! いくぞ!」
デジャヴだろうか。千春の部屋の扉を思いっきり開けて、父が言い放った。
「いいから、起きろ!」
父はずかずかと部屋に入り、千春にかかっている掛布団を引きはがした。
「眠いー無理。 おやすみ」
「何時だと思ってるんだ。 8時だぞ! 起きろって」
「うあー」
父は千春の足をもって、ベッドから引きずり出した。頭から床に落ちそうになるが、父は頭を打ち付けないようにゆっくり千春を床に置いた。千春は頭から肩にかけては床についているが、両足を父に持たれて逆さになっている。
「わーかったから。 わーかったから。 降ろして!」
父はそういわれ、急にパッと手を放した。その衝撃で腰を床に打ち付け、千春は痛む腰をさすった。
「ほーれ、準備しろい」
「痛いんですけど。 鍛えてないくせになんでそんな力があるのさ?」
「米作るんで鍛えてるんだってねい。 30キロ持てねえとやってけねえよ」
「いや、私、オーバー30キロなんですけど」
「へっへっへ」
千春が起きたことを確認した父はニヤニヤしながら千春の部屋から出て行った。
なぜ30キロかというと、収穫した米を30kgの紙の袋に入れて運ぶ。これを千春の家では庭にある大きな冷蔵庫の中で保管していた。家の中の米びつの中身が少なくなって来たら、その冷蔵庫から父がお米を運び、補充する。その他にも、母の実家へお米を持っていき、家の中まで運んだりするのは父だ。父がいないとき、母と千春で母の実家へお米を持って行ったこともあり、千春が運んだこともあるが、千春はなぜか膝を痛めたので、重さもつらさも知っている。
「化け物かよ……体力お化けだ」
父が去っていった扉を見つめ、腰をさすりながらつぶやいた。
☆
9時になり、軽トラックで父とともに展示会へやってきた。
田舎の遊園地ではあるが、まあまあ家族連れがやってくるためにかろうじてつぶれないような遊園地だ。いつもは家族連れの車で駐車場が埋まるが、今日は軽トラックの駐車が目立った。
「軽トラばっかりじゃん。 じじばばいっぱいじゃん」
「あったりまえじゃん。 農家は来るものなの」
空いている駐車スペースを探している中、大型のバスがやってきたのが見えた。
「あれに乗ってるのもじじばばばっかだ。 まじウケ。 てか、あのバスのナンバー、めっちゃ遠いところじゃんか」
「遠い人たちはあーやってバスでくるの。 みんな来るの。 あ、空いてるとこ見っけ」
バスの窓からは高齢の人たちばかり見えた。自分たちはこの会場まで車で10分もかからないが、あのバスのナンバープレートを見ると都会にほど近い都市の名前があった。千春の家から電車で行けばその都市まで1時間以上かかるようなところからわざわざバスでやってくるのだ。農家の人にとって、価値のある展示会なのだろう。この展示会には千春は1度も来たことはなかったが、父が何度も行っているのは知っていた。
軽トラックから降り、遊園地の入園口へ向かった。小さな子供を連れた家族連れがチケットを購入したり、受付でチケットを見せたりしているが、父はその隣を無言で通過するので、千春もそれについていった。
「チケット払わないの?」
「だって遊園地に来たわけじゃないし。 あくまでも隣の展示会に来たんだから、入場無料なんよ。 あの家族も展示会に来たって言えば無料なのになー」
冗談交じりに父は言う。千春は納得し、スタスタと歩く父についていく。
入園ゲートを過ぎて少し歩くと、展示会受付のテントがあった。そこへ父は向かい、名前やらなにやらを書くと、受付スタッフに受付完了のシールを渡された。そのシールを千春にも渡し、腕に貼るよう指示されたので、言われた通りに貼った。すると、別のスタッフが父と千春に何かが入った白いビニールの袋を手渡した。
「なんか入ってるー」
「もらっとけ、もらっとけ」
受付が終わると、父はスタスタと展示会の方へ歩いていく。もらった袋の中身を見ながら千春は歩いていた。
「お、帽子だー。 よく家でみるやつだ」
中に入っていたのは、肥料や消毒薬のチラシと、緑色のキャップだった。デザインもいまいちなものだが、毎年異なるカラーを出しており、祖父も父もよく使っていた。無料であるからデザインも文句は言えない。
奥へ進むとどんどん人が多くなってきた。周りをきょろきょろとみるが、どこもかしこも高齢な人。すでにもらった帽子をかぶっていたり、展示してある農機具の説明を受けていたりしていた。
「ねえ、同年代どころか、じじばばしかいないんだけど……」
「そりゃまあ、少子高齢化だからな。 それにいるじゃん、若い子」
父が指さした先には、小学生くらいの男の子だった。若いけど、あれは暇そうにしていたからおじいちゃんについてきたのだろう。
千春はさらに続けて言った。
「女いないじゃんか」
「いるじゃん、ほれ」
また父が指をさしたので、その方向へ目を向けた。そこにいるのはおばあさんだった。
「じじとばばしかいない……まじウケ」
女子高生の千春にとってこんな場違いのようなところはある意味面白かった。
父はいろいろな農機具を見ていく。どの機械も値段が高い。
千春は家にあるトラクターよりもかなり大きいトラクターを見つけ、父に声をかけた。
「パパ! これいいじゃん! かっこいいよ?」
「んなの使えねーよ。 幅がでかすぎる。 田んぼに行く道を通れねえ」
「あ、なるほ」
値段に何か言うのではなく、大きさについてのみ言った。この大きなトラクターは1000万円を超える値段が貼ってあった。
「んでも、いいよなー……馬力あるし」
父は性能について書かれているプレートをじっくり見ていた。
(まーた、馬力かよ)
パソコンなどでトラクターの動画を父がよく見ている。それを千春が見かけ話を聞くと、毎回馬力がどうのという話をするのだ。
「あ、パパ、あれなに?」
その場でとどまっているのもつまらない。周りを見渡してみると、キャラクターが車に乗ってレースをするゲームのような小さい機械が置いてあったので、それを指さして父に聞いた。
「ありゃ、草刈るやつだ」
「ほえー」
一度視線を外して答えたものの、再び性能について見始めた。なかなか移動しなさそうなので、周りの機械の写真を撮って遊んでいた。
トラクター以外にも田植え機や稲を刈るコンバインも展示している。最新技術として、使用者をサポートする身に着けるタイプの機械のデモンストレーションを若い女性スタッフが行っていた。
「これを付けますと、この通り! 重い荷物も軽々持つことができます」
若いスタッフの周りには、おじいちゃん集団が集まっていた。
(若い子好きなんだなー)
そんな感想しか千春にはなかった。おばあさんが一人も集まっていない。
「こんなんつけなきゃもてねえんだったら、百姓も終わりだい、ははははは」
集まっていたおじいちゃんのひとりが笑いながら言う。その後ろから奥さんと思われるおばあさんがおじいさんを回収して去っていった。デモンストレーションをしているスタッフは苦笑いするしかなかった。
父は次々に展示されているものを見ていく。千春もそれに続いて見る。
適当に進んで見ていくと、また別のデモンストレーションを行っているのが見えた。そこでは、新型のトラクターについてデモンストレーションしていた。
「あれ、いいよな。 GPSのやつ」
「勝手に動くの? あれ」
「ほれ、見てみい」
背の高い父は人ごみの上から見えるようだが、背の低い千春には全く見えないため、人込みの中へ入っていった。そこではまたしても女性スタッフがマイクを持ち説明し、トラクターに乗っているのも女性スタッフで手を離しても大丈夫というアピールをしていた。見ている周りのおじいさんたちからはおお~と感嘆の声が上がる。
十分見ることができたのだ、千春は人ごみをかき分けて、父の元へ戻った。
「じーさんばっかりだった」
「若いねーちゃんだからな。 あれだったら千春でもまっすぐ運転できるよな」
「いやいや、免許ないし」
「田んぼの中なら大丈夫だから、今度やってみ」
そんな会話をしながら父と千春は別のコーナーへ向かった。
千春はトラクターを運転したことはないが、畑の中で手で押す耕運機なら使ったことがある。自分ではまっすぐ進んでいるつもりでも振り返ってみると斜めに進んでいた。トラクターも田植え機も千春がやったら曲がるに違いない。
進んでいくと、中古農機具販売コーナーがあった。いくつかの農機具には売約済みの札が貼ってある。どの農機具もぴかぴかにされて売られている。
「あれ、よくない?」
千春が指さした先には、なぜか焼き芋を焼く機械が売られていた。すでに売約済みの札も貼ってある。
「ざ~んねん。 売り切れだ。 ママ、焼き芋好きだしな」
「ってかなんで焼き芋焼くやつが売ってんのよ?」
「知るか」
これに関しては父もわからなかった。売られているのも謎だし、すでに売約済みなのも謎だ。誰か焼き芋屋さんをやっている人が買ったのだろうか。そんなの見たこともないけども。
「パパ、焼き芋食べたい」
「季節が違うし、買った方がいいだろ、あれ」
今は夏。サツマイモの季節はまだまだ先だ。栽培するにしても、今はもう育てる畑のスペースもないし、甘く育てられる気はしない。様々な野菜を育てているが、サツマイモは育てず、毎年買って食べている。
「サツマイモはやんないけど、秋にはほうれん草まくぞ」
「食べる食べるーいつできる?」
「だーから、まだまだ先だって。 まだまいてもいねえぞ」
そんな話をしながら一通り展示会場内を歩き切った。
会場に入ったときと同じゲートから出ると、まだまだ会場に入る人がやってくる。どこもかしこも高齢な人もしくは父と同じぐらいの年齢の男の人しかいないが。
見終わったので車に戻り、帰宅する。何も買ってはいないが、初めての農機具展示会は見慣れないものばかりで楽しかった。
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