第5話 晴れの日は?

 6月に入り、田植えが始まった。

 千春の家だけでなく、どこの家でも同じように田植えを行う。千春の家の前の道を田植え機がよく通るようになった。

 家族総出で田植えをするために、子供は留守番。つまりは、姉と一緒にいなきゃいけない。千春はそれが嫌だった。

「あーあー……やることないー」

 日曜日のお昼過ぎ、リビングでテレビをみてつぶやいた。この時間のテレビはつまらない。アニメはやってないし、どこかで見たことある人が今の社会について討論していたりするだけである。そのとき、別の部屋にいた姉の美咲がリビングにやってきた。

「ママが勉強教えてやれっていうから来たんだけどやる?」

 そういえば教えてもらえって言ってたなと思いながらも、断ったら蹴られるのではないかという考えが頭をよぎった。

「じゃあやるー」

 そう返事をすると美咲は持っていた紙と筆箱をソファーの前にあるテーブルに置いた。何が書いてあるのかと紙を見ると、そこには手書きの問題が書かれていた。

「こっちが漢字で、こっちが算数。答えは四角の中に書いて。終わったら持ってきて」

 二枚の紙を並べて説明し、それが終わるとさっさとリビングから出て行った。

 小学4年生の美咲は小学1年生の千春のために、自分が1年生の時に使っていた漢字ドリルと算数ドリルを引っ張り出して、裏が白い広告に手書きで問題を作っていたのだ。いつもの美咲なら蹴ったり悪口言ったりするのだが、今日の美咲はどこか違った。

「へ……とりあえずやろーっと。漢字からやろーえーっと……」

 漢字と算数、それぞれ30問作られていた。40分かけて解き終わると、それをもって、姉のもとへ向かった。姉は奥にある部屋でテレビを見ていた。

「ねえちゃん、できたー」

「見せてみ。丸つけるから」

 赤鉛筆で採点を始めた。その様子を隣で見る。数分間無言で採点し、点数を書くと、その紙を千春に返した。

「答えも隣に書いたから、直したらおしまい。直したやつは持ってこなくていいから。んじゃ、バイバイ」

 そういわれ部屋を追い出されたが、蹴られたりしなかったし、今日の姉は優しかった。



 夕方5時。今日の分の田植えが終わり、家族が帰宅した。

 田植え機で田植えをしていた父は、鼻や耳が日に焼けて赤くなっていた。誰も疲れたとは言わなかった。それに気が付いた千春は家族を尊敬した。

「千春、留守番できたかい?」

 汚れた作業着で帰ってきた祖父が玄関で長靴を脱ぎながら心配した。

「できたよーねえちゃんが勉強教えてくれたのー」

「そうかいそうかい。しっかり留守番できたし、種まきも手伝ってもらったし、ほれ。お小遣い。ねえちゃんには秘密だ」

 ポケットから黒い折り畳みの財布を取り出し、千春に1000円札を渡した。

「ありがとー! また手伝うね!」

 嬉しそうに千春は1000円を受け取って、自分の部屋へ走っていった。祖父はその様子に微笑みながらも、後ろ姿を見ていた。

 このとき初めてお手伝いでお金をもらった。親からお小遣いをもらうこともなかった千春にとって、唯一の収入源がお手伝いとなったが、買いたいものもなく、ほしいものは基本言えば買ってもらえていたので、初めてのお小遣いの使い道に悩んだ。

 これ以降も学校で賞状をもらったり、通信簿がよかったりと何かあるたびに祖父はお小遣いをくれるのであった。祖母も遊びに行くというとお小遣いをよくくれた。



 田植えが終わり、夏になると田んぼは一面緑になる。そして小さな白い花を咲かせる。田植えが終わっても、雑草が生えて栄養がそちらに行ってしまわないように、雑草を取り除いたり、肥料をやったりとやることが多い。これらは、主に平日に祖父母が行っている。

 秋になれば、徐々に穂がたれ、緑だった田んぼが小麦色になる。そうなったらいよいよ稲刈りだ。この時期も米農家は忙しい。コンバインと呼ばれる稲を刈る大きな機械で刈っていく。千春の家ではコンバインを所有しておらず、組合にあるコンバインを借りて行う。何軒もの農家が順番に使っていくので、これも計画的に行わなければならない。田んぼの角などはどうしてもコンバインで刈り取ることができないので、祖母が鎌で刈る。コンバインは稲を刈り、稲の先の籾の部分のみをとる脱穀も行い、また籾の中がスカスカのものを排除する選別まで行う。その籾を軽トラックの荷台に乗せた大きな運搬用の箱に上から入れる。それを集荷場へと運ぶのだ。

 これにも小学生の千春が手伝えることがなかった。大きな音をたてるコンバインの音を聞いて、稲刈りが始まったんだなーと感じることしかなかった。

 稲刈り以降、父と祖父が冬にも何か作業をしたりしていたが、よく知らない。しょっちゅうトラクターで田んぼへ向かう姿を見ていた。大きな機械を使いこなす2人を見て、千春もいつかはやりたいと思い、同時に2人のようになりたいと憧れた。 あまり多くしゃべらない2人ではあったが、農作業をする姿を見ながら育った千春は教えてもらわなくても、なんとなくある程度の作業は覚えた。そのおかげで、小学校5年生のときの社会で米作りについて学んだが、その内容のほとんどをすでに知っており、テストでは高得点を取って、祖父からお小遣いをもらうのであった。

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