第3話 種をまいたら?

 種まきをしてから1週間がたとうとしていた、

 種をまいたときには、苗箱の種は土でおおわれ、一面茶色であった。しかし、1週間ぐらいたつと、種から芽が出て、かわいらしく土から顔を覗かせる。1センチにも満たない芽だが、これが数ヶ月で穂をつけて、米になるのだから驚きである。

 種をまいた直後は、苗箱を重ねてしまうので、日も当たらないし、上へと芽を伸ばすことができない。だから、一枚一枚を今度は広い場所に並べ、約10センチになるまで苗を成長させる。


 千春の家もそうである。千春の家から一軒の家を挟んだところにあるのが、苗箱を並べるための場所であり、一軒家がたてられるほどの広さがある。

 ただ苗箱を運んで並べておしまいではない。苗箱を並べる以外には使っていない土地であるため、使われない時期には雑草がもりもりと成長する。それでは並べることもできない。そのため、祖父や父がトラクターを用いて耕す。雑草は根からとられていく。その後も別の作業機をつけたトラクターを用いて作業を行い、数日かけて、やっと平らで苗箱を並べられる土地を作る。お米を作るのには計画性が必要だ。



「パパ、明日なにやるの?」

 金曜日の夜、リビングでソファーに座って新聞を読んでいた父の隣に千春はちょこんと座り、父の顔を横から見ながら話しかけた。

「苗をな、並べるんだ。手伝ってもらいたいけど、千春じゃまだ無理だなー......」

 新聞から目を離さないまま、父は答えた。

「えー!暇なのにー!」

 6歳の千春に、苗箱を運ばせるのは無理がある。せっかく芽が出たのに、ひっくり返されたら大変だ。千春もわかってはいるが、特にやることもないので不満そうな顔であった。そこへトイレへ行っていた祖父がリビングのほうへやってきた。

「千春にゃまだできねえなあ。おっきくなったら手伝ってくれ」

 ニコニコしながら祖父はそういうとリビングから出ていった。

 祖父と入れ替わりに今度は姉の美咲がやってきた。

「うち、明日友達んちに遊びにいってくるわって……ママどこ?」

 リビングにいるのは美咲と父のみ。遊びに行く約束をしていたのを母に伝え忘れていたのを思い出し、伝えにきたのであった。

「ねえちゃん、また遊びに行くの? いっつも遊んでばっかり」

 あまり姉のことが好きではない。姉に会えば悪口言われたり、けんかをする。いつも姉には何も言わなかった千春だが、何も家の手伝いをせずに遊びに行くと言うので、つい腹立たしく感じて言ってしまった。

「お前には関係ねえんだよ。黙ってろ。うるさいんだよブス」

 美咲はソファーに座っている千春の前にきて、そういいながら千春をどすどすと何度も踏みつけた。

「いったっ……うう……うわあああああああん」

 美咲にとって妹の千春は、家族にちやほやされていていつも不満という理由もあった。それに加えて妹の言葉。確かによく遊びに行っているし間違っていない。図星であったからこそ、千春に腹が立った。

 隣に座ってた妹の千春が姉の美咲に踏みつけられているのを黙って見ているような父ではなかった。慌てて父は二人を止めに入った。

「わーかったから! 遊びに行くってママには伝えるから! 足おろせって!」

 父に踏みつける足を止められた美咲は、ふんっとすぐにそっぽを向いてリビングから去った。しかし千春が泣き止まず、ソファーで膝を抱えながら泣いていた。

「千春も泣くなって……ねえちゃんは足がすぐでるよなあ……まったく」

 何とか美咲の暴力を止め、千春も泣き止んだことで、再びソファーにゆったり座った父はあきれたようにつぶやいた。

「ねえちゃんも悪いけど、千春も何も言わなければいいんだよ」

 確かにその通りだ。何も言わなければ何もされない。普通は。だが、この姉妹は普通ではないのだ。

 千春は膝を抱えたまま姉のことを話し出した。

「ねえちゃんね……何もしなくても悪口いうし、蹴ってくるもん。ぶってきたこともあるもん」

 平日はサラリーマンとして働き、朝は小学校へ通う娘と同じ時間帯に家を出て、夜の7時すぎに帰宅する父には、姉の行動は知らなかった。千春はそのまま話を続ける。

「ここのソファーでゴロゴロしてテレビ見てたら、どけって蹴ったもん」

 美咲の妹いじめに、父は再びあきれた。たった2人の娘なので、甘やかして育てたからだろうか、と父は考えたが、それにしても理不尽だと感じた。

「じゃあ、もう、ねえちゃんから逃げろ。そうすりゃ、蹴られないし、いいだろ?」

 とっさに思いついた解決策だったが、それ以外に何も対策のしようがなかった。娘と話す機会は平日の夜と休日のみ。美咲はもう小学校4年生。難しい年ごろなのかもしれない。下手に何か言って、娘に嫌われてしまうのは避けたい。

「ねえちゃん嫌い……」

 千春は膝を抱えたまま動かず、父に何を言っても動かなかった。なんでいつもいじめられなきゃいけないのか、自分だけなんでこんな目にあっているのかそればかり考えていた。

 そんな千春の頭を、父は大きな手でやさしくなでた。




 昨日の姉との件が千春に頭の中を占めていて、朝早く目が覚めた。時計を見ると朝7時。両親と同じ寝室で寝ていたが、両親ともいないのですでに起きているようであった。

 千春は布団からもぞもぞと出ると、台所の方へ歩いて行った。そこには朝食を作る母と勝手口の前で座って何か作業をしている祖父がいた。

「あら、千春。早いのね。パパが帰ってきたらご飯にするから着替えてらっしゃい」

 千春の姿に気が付いた母が朝食を準備していた手を止めて声をかけた。母の言葉に千春は疑問をもった。

「パパどこいったの?」

「堀ざらいよ。朝から。もう少ししたら帰ってくるんじゃないかな?」

 堀ざらいとは要するに、用水路の掃除である。地域の人々が集まって協力して行う。欠席した場合はそれなりのペナルティが課される。涼しい朝のうちにやろうということなのか、朝5時から行うこともある。平日にやることもあり、仕事前に終わらせるために早朝に行うのかいまいち理由はわからないそうだ。

「ふーん……」

 朝早くから大変だなあと感じながら、言われた通りパジャマから着替えるために台所から出た。



 朝8時。いつものつなぎを着ている父が堀ざらいを終えて、帰ってきた姿を庭で見つけた千春は玄関へ走っていき、父が家の中に入ってくるのを待った。玄関の戸を開けて入ってきた父に千春は真っ先に言った。

「おみやげ!」

 おかえり、と言うのではなく、真っ先にお土産というのだ。それに父は驚く様子もなく、つなぎのポケットからお茶とジュースのペットボトルを取り出し千春に渡した。

「おみやげ! やった!」

 2本のペットボトルをもって台所の冷蔵庫へしまいに行った。母もそれを見て父が帰宅したのを把握し、無理やり姉の美咲をたたき起こし、祖父母とともに家族6人そろってやっと朝食をとることができた。朝食は絶対ご飯。これがこの家のルールである。



 朝食を終えたら、昨日から言っていた苗を並べる作業を始める。手伝うこともない千春はその日は姉に遭遇しないように願いながらも、だらだらと午前中を過ごした。姉の美咲は10時ごろに遊びに行き、その後は千春は何も心配することなく安心して過ごした。苗を並べる作業にそんなに時間はかからず、お昼前には終わったので、母以外はそのまま午後は田んぼへ向かい、千春は母と買い物へ行ったりした。

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