最終章 決戦

第48話 作戦会議にて告げるべきこと

 仲間達に助けられたラスリアは、チェスの仲間が暮らすウォトレストの村に一旦避難していた。“契約”を完了し、強大な魔力を得たミュルザのおかげもあって、瞬間移動でウォトレストの里に戻れたのである。彼の兄・ビショップさんから、私を助け出すまでの経緯を聞かされた。“家族”と“仲間”――――――私は同時に、2つの存在を失ったのである。

あれから、ラゼの体は彼が住んでいた塔の一室に寝かせ、可能な限り目くらましの魔術をかけて人目につかないようにした。また、目覚めた後に生活できる事を祈りながら…

「兄さん…イブール…!!」

部屋の一室に独りいた私は、唇を噛みしめながら泣いていた。

黒い瞳から、涙がとめどなく流れる。しかし、泣いてばかりではいられないのもわかっていた。

 この後、“8人の異端者”達を倒す大規模な戦いのための…作戦会議がある。私が見聞きした事、可能な限り竜騎士達に共有してあげないと…!

そう強く思うと、不思議と気持ちが落ち着いてきたのである。“二人が遺してくれたもの”――――それを無駄にしまいと心の中で自分を奮い立たせたラスリアは、部屋の扉を開けて外へと歩き出す。


その後、アレン達と合流したラスリアは、竜騎士の重鎮達がいる場へと向かう。4大竜騎士の者たちが一つの空間にいるため、圧巻ともいえる光景だった。

彼らから感じる気はとても巨大なのが、少し離れていてもよくわかる。

「さて…“彼ら”も来たようだし、始めるとしよう」

30代くらいに見えるウォトレストの竜騎士の一声を皮切りに、“作戦会議”が開始される。

 彼らが“8人の異端者”を倒すと決めた理由は2つある。一つ目は、“過去の過ちを正すため”だ。チェスの進言により、異端者てきの中に漆黒の竜騎士・ダークイブナーレの生き残りがいる事は、彼らに伝わっている。竜騎士達の歴史にて何があったのかは知らないが、おそらくはとてつもない理由があるのだろう。

そして二つ目が、私の“兄”にして彼らの“同志”たるラゼ――――――強いては、古代種キロを再び傷つけられた事による報復だ。しかし、ラゼに手を出したのが、同じ古代種キロの男とはとても言えなかった。

チェスやビジョップさんも、そんな私の心情を察して、重鎮達かれらに対してこの事実を伏せてくれたのだろう。

「“空”は我々の領域だ。故に、敵共の内、空を飛ばぬ者達はそなたらに任せよう」

『畏まりました。それでは、アビスウォクテラの者達にもそう伝えましょう』

重鎮の一人は、一つの鏡に向けて声を放つ。

また、その鏡の中からは聞き覚えのある声―――――イブールの師でもあったロレリア教授の声が響いていた。

というのも、今回。この作戦会議に参加しているのは、この場にいる者達だけではない。

私が不在の間に、考古学者であるロレリア教授がアビスウォクテラの学者・トキヤ博士らと共に、ギルガメシュ連邦という元はアビスウォクテラにあった国を訪れ、その国の偉い人と鏡を通じて会議に参加しているのだ。これに関しては、ウォトレストの竜騎士も一人同行していて、この会議を成り立たせるために一役買っているという。また、普通の人間を竜騎士の村に連れてこられないというのも、遠距離通信を使う理由の一つであろう。

「して、ラスリア殿よ」

「はい…!」

すると、不意に自分の名前が呼ばれたので、私はその場で返事をする。

「つらいと思うだろうが…彼奴らに捕らえられていた間、覚えている範囲で周囲の状況等を教えては戴けぬか」

「…はい、わかりました」

重鎮の一人に促され、私は首を縦に頷く。

そして私は、緊張した面持ちで竜騎士達の前に立つ。

「私が寝かされていたのが…どこかの部屋の中…でしたね。その後、連れられるままにして通った場所が、レジェンディラスでは”未開の地“と呼ばれていた場所でした。一方でそこは…”あれ“へと近づく通路でもある…」

そう語る私の脳裏には、アギトが自分に見せた“もう一つのガジェイレル“が浮かんでいた。

「…っ…!!」

「ラスリア…」

鳥肌をたてて震えている側で、アレンが心配そうな表情で見守っていた。

「そして、その後はどう走ったかわからないですが…相手の腕を振り切って逃げ込んだ先が、私も一時暮らしていたとされる“古代種の都跡”です。あの、こんな事をお願いするのも厚かましいですが…」

「む…」

私が言いかけたのを見た重鎮の一人が、首を傾げていた。

「彼らとの戦闘に突入した際…なるべく、都での戦いにはならないようにしてほしいのです。死した同胞なかまの魂が彷徨っているという事もありますが…何より、あの地は遺すべきだと…“星の意志”が…」

言葉を紡ぎながら、私は顔が俯いてしまう。

「殺るか殺られるかの戦いになるかもしれないのに、何を甘い事を言っているのだ」と言われる可能性があっただけに、自分の発言とはいえ自信が持てなかったのだ。

「…肝に銘じておきましょう。しかし、“どうにもならない事態”に陥った際は、ご容赦いただこう」

「…わかりました」

重鎮の一人の台詞ことばに対し、私は深くお辞儀をする。

表情から察するに、苦渋の想いで告げた言葉だろう。

「癪な話だが…奴らの一人たる“堕天使”に関しては、我らが知りうる事はないに等しい。故に、非常に不本意だが、そこは貴様に働いてもらおう」

「仰せのままに…竜騎士のおっさん共」

殺気にも似た視線が集中した先には、先程まで隠れていたミュルザが立っていた。

 彼は口調こそ丁寧に振舞っているが、明らかに相手を見下すような態度をしている。どうやら、竜騎士と悪魔は相いれない存在らしい。一方、鏡の向こうにいるロレリア教授は、複雑そうな表情かおをしていた。

ミュルザが言うには、“天使”を倒せるのは“悪魔”か“キロ”のみらしい。それについては、竜騎士達も元から知っていたようだ。

 上手く説明しないと…

そして、今回の作戦会議でかなり重要になってくる事――――それを自分自身の口から伝える時間が刻々と近づいていたのである。

私の心臓の鼓動が強く脈打っていた。ただ一人だけ、“真実”を知り得る者がいるのをわかっていたが、言わない訳にはいかない大事な話だ。

「…して、ラスリア殿。貴殿が最初…そこにいる“ガジェイレル”の青年を決戦の地に連れて行かねばならない…と、申された所以を訊いてもよいだろうか?」

「…はい」

私は、“星の意志”から聞かされた異端者達かれらを止める手段を、皆の前で話し始めるのであった。



「私が彼を連れて行くべきと進言した理由は…」

竜騎士や人間どもが集う会合にて、ラスリアちゃんはその先を説明していた。

自身の存在が話に出てきた際は現れたが、それ以外の時に俺――――ミュルザは、姿だけ隠してその場で観察していた。

『これを成すために…私は生まれてきたのだから…』

「…っ…!?」

この時、話をしている彼女の心の声を俺は読み取った。

同時に、胸につっかかったような痛みも感じる。俺はこれまで、数多くの人間共の魂を食らってきたが、今まではこういう出来事は起きなかった。だとすると、考えられる原因は一つ。

 あの女…イブールが、僅かに反応したのかもな…

俺はふと、一番最近の契約者・イブールの存在を思い出す。

悪魔にしか扱えない邪器「嘆きの鎌」の思念と魂がくっついていた故に、契約を交わした女。鎌はいつでも出し入れできるようにしてあるため、糧となったあの女の魂も、俺の中でまだ息づいているのかもしれない。


 作戦会議が終わった後、奴らはそれぞれ戦いとやらの準備を始める。俺は竜騎士共には忌み嫌われているため、チェスが住む家とやらの外で時間を持て余していた。

「アレン…」

不意に、銀髪の青年が通り過ぎるのを俺は目撃した。

雰囲気からして人気がない場所へ向かおうとしているのは明白だったが、奴の様子に違和感を覚える。

様子が普段と異なる事で気になった俺は、気配を勘付かれないように消しながら奴を尾行してみることにした。


 数分歩いた後、予想通り奴は人気のない林にたどり着いていた。

「おい、アレン……?」

軽く声をかけたが、返事をする様子がない。

おかしいと考えた俺が、奴の目の前へ行こうとすると―――――――

「一つ……忠告しておいてやろう」

「…っ…!!?」

声こそアレンだったが、悪魔たる俺ですら戦慄の走りそうな気配に対し、目を丸くして驚く。

 この感覚は…!!

俺は、普段のアレンとは思えない気迫に、声の主の正体を悟った。

「どういう風の吹き回しだ?お前ら、”星の意志“が悪魔おれに語り掛けてくるたぁ…」

皮肉じみた口調で述べた俺の前には、こちらに振り返ったアレンが立つ。

しかし、その雰囲気はまるで別人だった。これは、いつぞやかにもあった、“星の意志がアレンの体を通してこちらに語り掛けてくる”という現象によるものだ。

悪魔が連中に関わりたくないように、本来なら”星の意志“からしてみれば、悪魔おれたちは拒絶すべき存在だ。そんな奴らが、俺様に対して何を言ってくれるのかと考えながら、相手の返答を待つ。

「貴様はどうやら、相手の心を読む能力を持っているようだが……此度の件。キロたる“王になるはずだった者”が率いる連中とお前達の戦いは、我らにはどうでもよい事だ。しかし、あの娘……“再生の巫女”の邪魔はするなよ」

「“再生の巫女”…?それって、ラスリアちゃんの事か…?」

「この世界がなくなるという事は…しいては、貴様らも自身の世界に帰れなくなる…という事を意味している」

「なっ…!!?」

悪魔である俺ですら知らなかった真実を告げられ、俺は動揺する。

「忠告…したからな」

そんな俺の動揺など構う事なく、“星の意志”は一言告げた後、アレンの肉体から姿を消した。

「俺は…」

気が付くと、元に戻ったアレンが立っていた。

 あの状態だとおそらく、”星の意志“が語り掛けてきたことも気が付いてやがるな…

俺は、アレンの表情を見て、それをすぐに確信した。

「なぁ……ミュルザ。俺…というより“奴ら”は、何故お前だけに語り掛けてきたのだろうか…?」

俺様に対して問いかけるアレンの表情が、複雑な想いに駆られているように見えた。

「…さぁな。知らねぇよ」

俺はフッと嗤いながら、その場を後にする。

置いてきぼりを食らわされたアレンは、その場で茫然と立っていたのである。

 俺は…俺がすべき事に集中するしかねぇ…って事か

俺はそんな事を考えながら、またゆっくり休める場所をさがして、集落内をうろつく。

人間共が“決戦”と名付けている戦いの時が、すぐそこまで迫っていたのである。


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