第40話 敵をよく知るために

「おはよう、アレン」

「あ…ああ…」

ラスリアがアレンに挨拶をする。

 メッカルに来て、もう1週間か…

アレンはゆっくりと起き上がりながら、ふと考え事をする。

イブールの師・ロレリア教授や、ストの村で出会った学者達と行動を共にしてから一週間が経過していた。イブールはロレリア教授の助手という形で、“8人の異端者”討伐作戦の会議に参加をしている。チェスもまた、竜騎士にコンタクトを取れる唯一の人物として、共に参加をしていた。

「おはようございまス。アレンさん、ラスリアさん」

「おはようございます。クウラさん!」

ノックと共に部屋の戸が開き、ラスリアは、入ってきた人物に挨拶をする。

このクウラという青年を見たアレンは、軽くため息をつく。

 ラスリアが「アレンが敵に狙われている」と公言したのをきっかけに、彼に護衛がつくことになった。また、ラスリアが古代種ということもあってか、単純に人手不足なだけなのかは不明だが、このクウラという青年がラスリアの護衛も兼任している。

「…それにしても、この施設の方々って、ほとんどの方が私の名前を間違えるんです!確かに、私はシアそっくりだけど…」

「あはは…。まぁ、アビスウォクテラで歌姫シアは有名だしね!しかも、声まで彼女と似たもんだから…」

部屋に入ってきたクウラとラスリアが、外見に関する会話をする。

「なぁ、そういえば…一昨日くらいから、ミュルザの奴がいないよな?」

「そういえば…」

「自分も詳しくは知らないデスガ…。その方は時折、敵陣への偵察をしているとカ…」

「あいつが…?」

人間に興味を持たないミュルザが、そんな事を自分からしているなんて、アレンは不思議な感覚を覚える。

 おそらく、イブールの命でもあるんだろうな…

アレンは、部屋の扉を見つめながら、考え事をしていた。

「さて…今日こそ、連れて行ってくれるんですよね?」

ラスリアがクウラの方を向いて、話を切り出す。

彼は意表を突かれたような表情かおをするが、すぐに真剣な表情になって口を開く。

「そうですね。あなた方は一般人…しかも、特別なお客なのもあって、許可をもらうのは大変でしたが…。とりあえず、向かいましょうか!」


 部屋を出たアレン・ラスリア・クウラの3人は、“ガシエルアカデミー”本部の建物内に存在する資料庫へ向かい始める。

「問題ないと思いますが…一応、ガシエルアカデミーの資料庫はジェンド博士のようなアカデミーの人間でも、許可が必要とされる場所。くれぐれも、ここに入った事は他言しないでくださいネ?」

「ああ…」

「わかりました!」

クウラの念押しに、首を縦に振るアレンとラスリア。

 俺達の世界と比べ、古代大戦後も文明が生きていたアビスウォクテラ…。そこに存在する文献は、俺達が知っている文献モノとは内容が異なるはず…。何か敵を知る上での手がかりとなればいいが…

アレンが歩きながら考え事をしていると、3人は資料庫に到着する。

「ここには、アビスウォクテラの歴史や古代大戦前の時代について書かれた文献があるらしいですが…すごい量ですネ…!」

空間を埋め尽くす程ある書物の量に、一同は目を見張る。

「“8人の異端者”…奴らの事については、古代大戦前後を探せばいいんだな?」

「…そうね!いろいろと探してみましょうか!」

アレンとラスリアがそう口にしたのを皮切りに、彼らは資料探しを開始するのであった。


          ※


 アレンとラスリアが資料庫にこもり始めた頃――――――単独行動をしていたミュルザは、黒い翼を広げて大空を飛んでいた。

「やっぱり、一人で飛んでいるときが一番気持ちいいぜー!!!」

漆黒の翼を羽ばたかせながら、ミュルザは気持ちよさそうに叫ぶ。

 …イブール姐さんの命令とはいえ、面倒くさい仕事だが…こういう時間があるのなら、意外と悪くないかもな!

ミュルザは心地良さを感じながら、ふとそんな事を考えていた。

「うし!到着…!」

目的地に到達したミュルザは、翼を収容し、一瞬で地に足をつけた。

ミュルザがメッカルを出発したのは、到着の前日。そのため、飛行時間は丸一日かかっている。しかし、世界地図から見て北西に位置するメッカルから、この世界地図の中心に当たる場所を徒歩や交通手段を使ってでは、一日で到着などまずあり得ない。

この速さを見込まれてか、イブールに敵陣への偵察を頼まれたのである。

「それにしても…レジェンディラスで“未到の地”であった場所に、アビスウォクテラでは人間の街があったとはな…」

歩き始めたミュルザは、周囲に広がる崩壊した街を見つめる。

 これだけぶっ壊れているのは、世界統合で衝突ぶつかったせいか…

崩壊した建物や、地面に横たわっている人間たちの死体を見つめながら、考える。少しずつ歩いていくミュルザは、自分の視界に見慣れない物体ものが入ってきたのを感じる。

「なんだありゃ!!?」

気になった彼は、光速でその近くまで進み、見晴らしが良さそうな大木の頂上に上る。

そこから下の景色を見ると…悪魔であるミュルザですら、見たことのないものが存在していた。

「一見したかんじだと、遺跡…。だが、ちっこい建物跡から見ると…人間の都市跡か…?」

目に見える「それ」を眺めながら、ミュルザはぶつくさと呟く。

 500年前に、両世界にある“この場所”を1回訪れた事があるが…どちらにも、こんな場所はなかった…。これは一体…?

しかし、考えても結論が出なかったミュルザは、この都市跡の近くに存在する”8人の異端者”達の根城アジトへ向かおうと考え、歩き出そうとしようとした矢先の事だった。

「あそこは、古代種共の都市だった場所だ」

「…っ…!?」

ミュルザの背後から、図太い声が聞こえる。

その声とほぼ同時に、ミュルザは後ろへ振り返る。そこにいたのは、黒い髪と銀色の髪を持つ男性だった。

「プライドンじゃねぇか!全く、ビビらせんじゃねぇーよ!」

気配すら感じ取れなかった存在ものが自分の顔見知りだと知り、ミュルザは安堵する。

「久しぶりだな…!前回会ったのは…150年前くらいか?」

「さぁな…。だが、こんな場所で同族に会うとは思いもしなかったな…」

機嫌よさそうな口調で話すミュルザに対し、このプライドンという男――――――ミュルザを“同族”と呼ぶ彼もまた、悪魔であった。

「まぁ、とりあえずは本題に戻るとして…」

久々の会話から一息つかせたミュルザは、改めてプライドンの顔を見る。

「古代種って…あの“キロ”の事だろ?…どうして、2つの世界に存在しなかったモノが存在するんだ?」

ミュルザが問いかけをすると、黒髪の悪魔はその場で黙り込む。

そして、ため息をついた後に口を開く。

「おそらく、誰かが“星の意思”に語りかけ、術か何かを使ってこの世界に引っ張り出したんだろう…」

「“星の意思”かよ…」

その台詞ことばを聞いたミュルザは、しかめっ面をしながら、自身の髪をクシャクシャとかき乱す。

そして、彼らの間で少しの間だけ沈黙が続く。世界を創造した“星の意思”とそれに関連する者に関わることを嫌う悪魔達。悠久の時を生きる彼らであったが、“星の意思”関連のことは、全くといっていいほど知識がない。

「ミュルザ…」

「あぁん?」

長い沈黙が続く中、最初に口を開いたのはプライドンだった。

「あれに関係するかはわからないが…」

「あん?」

首をかしげるミュルザに対し、プライドンは淡々とした口調で話す。

「この近くにいるであろう、“8人の異端者”と呼ばれた者達…。彼らを統べる奴が、古代種の男らしい…」

「は…!!?」

思いがけない事実を聞いたミュルザの表情かおが一変する。

 俺がここ数百年で見かけた古代種は、ラスリアちゃん一人…。まさか、あの嬢ちゃんの他にも生き残りがいる…!!?

初めて知った事実に、流石のミュルザも動揺を隠し切れない。

「しかし、プライドンよぉ…。その話は一体どこで…?」

「…魔界にいる老いぼれ共だ」

「…確実な情報…ってわけだな」

情報の出所を尋ねると、プライドンは魔界に住む悪魔族の長老達の名前を出した。

今、彼らがいる世界とは別に悪魔だけが住む“魔界”という存在がある。しかし、その事実を知るのは当人だけで、この世界に暮らす生き物は、誰一人として知らない事実であった。そんな魔界を治める長たちが、ミュルザ達以上に永い時を生きる悪魔であるがゆえに、“老いぼれ”と皮肉をこめた言い方で表したのである。

「…古代種キロは、ラスリアちゃんみたいにどんな能力を持っているか、実際に見ないとわからねぇから、厄介なんだよな…」

「…ならば、一族の掟に従い、関わらないことだ。…古代種“キロ”も“星の意思”と関係のある生き物だからな…」

「あ…おい!!」

プライドンは一言を言い放った後、ミュルザが引き止める間もなく、漆黒の翼を広げて飛んでいってしまう。

「ったく…気まぐれというか、キザな野郎だぜ…」

プライドンが飛び去った後、空を見つめながらミュルザはボソッと呟く。

「同じ古代種でも、ラスリアちゃんは非戦闘能力の持ち主…。果たして、あいつらに“8人の異端者”共を倒せるのかねぇ…」

他人事のような口調ではあったものの、内心では小さな不安を抱く。

「!!?」

突然、自身の心臓の鼓動が強く鳴ったのを感じたミュルザの表情が一変する。

 この感覚は…!!!

ミュルザは、これまでにも感じたことのある感覚に陥る。それは、契約を交わした“主”に何かあったとき、共鳴するかのように感じる悪魔特有の現象。

「…イブール…一体、メッカルで何が起きてやがる!!?」

今の現象で困惑したミュルザは、即座に黒い翼を出現させ、大空に羽ばたくのであった。


          ※


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」

「えっ…!!?」

少し離れた場所から聞こえる悲鳴に、イブールは驚く。

この頃、イブールとチェスはロレリア教授やトキヤ博士・ジェンド博士と一緒に、”ガシエルアカデミー”本部内を徒歩で移動していた。

「何かが…来る…!」

チェスが、真剣な表情で呟く。

 チェスがこんな深刻な表情かおをする…ということは、まさか…!!?

周囲が緊迫した雰囲気となり、イブールは、心の中で考え事をしながらつばをゴクリと飲み込む。

人らしき足音が、大廊下の奥から聞こえる。

何かを引きずりながら歩いてきたのは、濃い茶髪と白銀色の瞳を持ち、身の丈ほどある大剣を担いだ男だった。

そして…尖った耳を持ち、獣のような目つきでイブール達を見るこの男こそ、ラスリアが「見た」という“8人の異端者”が一人・「魔人タイドノル」なのであった―――――――


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