(6)お邪魔要員撃退策

 翌日には領地に向けて旅立つという夕食の席で、フィーネが改めて義娘(むすめ)達に声をかけた。

「いよいよ明日、領地に向けて出発ね。クレアさんもセレナも、道中気を付けて行って来てください」

「はい、行って参ります」

「荷造りは、もう完璧に済ませてあります。今回、部外者を同伴しなければならないのが、憂鬱と言えば憂鬱ですが」

 セレナが苦笑いで押しかけ護衛達に言及すると、ここで食事の手を止めたエリオットが真顔で申し出てくる。


「その事ですが、姉様。この間、考えていた事があります」

 それを耳にしたセレナは、不思議そうに弟を振り返った。

「エリオット? 一体何を考えていたの?」

「なるべく穏便かつ自然に、護衛のお二方達に早々にお引き取り願う方策です」

「そんな方法があるの?」

「はい。姉様とクレアさんが同行する二人の前で、あからさまに派手にいちゃつけば良いんです」

「……はい?」

「ごめんなさい、エリオット。今言われた内容が、理解できなかったのだけど……」

 セレナは勿論、名前が出たクレアも呆気に取られた表情になったが、エリオットは大真面目に説明を続けた。


「ですから姉様とクレアさんが、お二人の前で普通なら見るに耐えないレベルの、恥ずかし過ぎる熱愛夫婦を演じるようにするんです。そうすればお二方は今現在独身だとお伺いしていますから、頻繁に目のやり場に困るとか、まともに相手にしていられるかと呆れるか、自分も恋人を探そうと決意するか、恋人がおられるならその方が恋しくなって、早々に領地から王都に戻る気になる筈です」

 それを聞いたセレナは子供が何を言っているのかと肩を落とし、弟に苦言を呈した。


「あのね、エリオット。そういう馬鹿馬鹿しい事を、大真面目に言わないで頂戴。お願いだから」

「僕は真面目に言っていますけど?」

「…………」

 きょとんとした顔で言い返されたセレナは、深い溜め息を吐いた。すると彼女の代わりに、クレアがエリオットに問いを発する。


「因みに、それはどなたの意見ですか? エリオットが、自分一人で考えた事ではありませんよね?」

「『どなたの』と言われても……。屋敷の使用人達の中で、複数人の年代幅のある女性陣の総意でした」

「…………」

 彼個人の意見では無いだろうと見当をつけていたものの、特定の人間が吹き込んだわけでは無いのが分かったクレアは、微妙な顔で考え込んだ。


(全くもう! 皆で寄ってたかって、エリオットに余計な事を吹き込んだわね!?)

(何だか屋敷中で、半ば面白がられているような気が……。でも確かに、考え方としては悪く無いわ)

 メイド達が面白半分で議論したであろう事が理解できたセレナは内心で腹を立てたが、クレアは冷静に考えを巡らせてから口を開いた。


「分かりました。今の意見には、一理ありますね。セレナ。他に有効な方策も考え付きませんでしたし、彼らを首尾良く追い返せるように二人で頑張ってみましょう」

 そんな事をにっこりと笑いながら言われてしまったセレナは、驚いて目を見開いた。


「クレアさん、本気ですか!?」

「はい、本気です。それに伴い、今後私がクライブの姿をしている時は、皆の前では私の事を『クライブ様』ではなく、『クライブ』と呼び捨てにしてください」

「はいぃ?」

「様付けで呼び合うのは、少々距離感があると思うのですが。エリオットはどう思いますか?」

「姉様、是非クライブと呼び捨てでお願いします。その方が信憑性が増します。と言うか、必然です」

「ちょっとエリオット! 他人事だと思って!」

「それからクレアさんも、道中や領地ではスキンシップ過多傾向で、四六時中歯が浮くような甘ったるい台詞回しでお願いします」

「心得ました。本当にこちらの使用人の方は、楽しい人達ばかりですね」

「絶対、皆面白がってるわね……」

 自分の意見を無視してどんどん話を進める周囲に、セレナは本気で頭を抱えたくなった。


「そういう訳ですから、それらを目の当たりにする兄様は色々と複雑かもしれませんが、色々と弁えて貰いたいのですが」

「……あ? 俺?」

「はい」

 いきなり話を振られて僅かに動揺する素振りを見せたラーディスを眺めながら、セレナは密かに考えを巡らせた。


(ああ、なるほど……。義兄様はクレアさんの事が好きみたいだし、その人が他の人に向かって甘い台詞を吐いたり始終ベタベタしていれば面白くないというか、相手が女の私だから余計に複雑な心境になるかもしれないわけで。だから予めエリオットが釘を刺したわけ……、ちょっと待って。そうなるとこの場合、義兄様に嫉妬されるのって私なの!? 納得できないんだけど!!)

 セレナが内心で理不尽過ぎると憤っていると、ここでクレアがエリオットに尋ねた。 


「エリオット、すみません。ちょっと意味が分からなくて。ラーディスがどうして、色々複雑なのですか?」

 不思議そうな顔の彼女に視線を向けられたラーディスは内心の動揺を隠す為か、微妙に怒っているような顔でエリオットに言い返す。


「別に、俺に関係は無いだろう。エリオットは何を言っているんだ?」

「そうですか。別に気にならなければ良いんです。クレアさんも気にしないでください」

「ええ……、分かりました」

 兄に睨み付けられてもエリオットは平然と笑い返し、クレアにも笑顔で頷いてみせた。それを受けて、彼女も要領を得ない顔付きながらもそれ以上は踏み込まずに食事を再開し、ラーディスが傍目にも分かる程安堵した様子で食べ進める。

 一連のやり取りを目撃した使用人達が必死に笑いを堪えているのを横目で見ながら、セレナは(何だか今回の道行きは、出発前から波乱の予感がするわね)と、半ば諦めの境地に達しながら食事を続けた。

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