(4)常識との乖離

 その日エリオットは、定期的に週二回受けているユリウスと同席しての講義に王宮に出向いたが、その終了後、同様に学友のキールとハーディと共にお茶の席を囲んでいた。そしてユリウスに問われるまま、知る限りの市井の話などをしていたが、その流れでレンフィス伯爵家の今後の予定を口にした。


「そうか……。クライブ兄上達は、来月から暫く領地に出向かれるのか……」

「はい。後程義兄上から正式に、ユリウス殿下からのご招待へのお断りの返事が届きますが、先に私の方から口頭で説明しておいてくれと頼まれましたので……」

 明らかに落胆しているユリウスに、申し訳なく思いながらエリオットが頭を下げると、彼は気を取り直したように首を振った。


「分かった。領地の管理運営は大変だし、そういう事情なら仕方がない。特にクライブ兄上は、正式に引き継ぎなどをしていないから尚更だろう」

「はい。一応私も父上から折に触れ聞いていた事などを義兄上にはお伝えしましたが、とてもそれだけでは……。ですがテキパキと当座の処理をしている義兄上を見て、当家の執事長が『さすがは内政のプロでいらっしゃいます』と感心しきっていました」

「それはそうだろう。さすがはクライブ兄上だ」

 誇らしげに頷き、満足げにお茶を飲んでいるユリウスを、キールとハーディは微笑ましく見守ったが、真実を知っているエリオットとしてはかなり微妙な心境になった。


(う~ん、ユリウス殿下はクレアさんの事を実の兄だと信じきって、もはや崇拝の域だよな。真実を知ったら、実の母親である王妃陛下がひた隠しにしていた事も含めてもの凄くショックを受けそうだし、間違っても露見しないようにしないと)

 エリオットが密かにそんな決意を新たにしていると先触れの侍女が現れ、礼儀正しく一礼してからリオネルの来訪を告げてくる。


「ユリウス殿下、失礼いたします。リオネス殿下がこれからこちらに出向いて、ユリウス殿下とお茶をご一緒させて欲しいと仰られておりますが」

 それを聞いたユリウスが、鷹揚に頷く。


「リオネス兄上が? それは構わないよ。ミーナ、急いで兄上のお茶の準備をして貰えないか?」

「畏まりました」

「それでは私達は、これで失礼を」

「いえ、リオネス殿下は『ユリウスと学友の語らいを邪魔するのは本意ではないし、すぐに戻るのでそのまま居てくれて構わない』とのお言葉でした」

「え?」

「それは……」

 ユリウスが自分付きの侍女に指示を出すのと同時に、学友の中では最年長のライエルが腰を浮かせつつ辞去する旨を申し出たが、それを先程の侍女がやんわりと遮る。それを聞いた三人は困惑した顔を見合わせたが、そんな彼らを見たユリウスが苦笑気味に頼み込んだ。


「兄上がそう仰られているのだから、皆もう少しここにいて欲しいな。まだ話し足りないし」

「それでは失礼して、同席させていただきます」

「ああ、緊張させてしまうけれど、よろしく」

 それから再び四人でテーブルを囲んでいると、護衛を数人引き連れたリオネスがやって来た。


「やあ、ユリウス。学友の皆と寛いでいるところ、押し掛けてしまって悪いね。なかなか時間が取れなくて」

「大丈夫です。リオネス兄上こそお疲れ様です。ここで少しでも気分転換していただけたら嬉しいです」

「嬉しい事を言ってくれるね。ところで、最近の勉学の方はどうかな?」

 とても異母兄弟とは思えない和気あいあいとした空気を醸し出しつつ、楽しげに話し込んでいる二人を、エリオットを含むその場にいる全員が微笑ましく見守った。


(やはりリオネス殿下はリオネス殿下で、急に立太子されたご苦労がおありなんだろうな……。ユリウス殿下はまだお若くても結構目配りのできる方だから、そこら辺の事も分かっておられると思うし。うん、緊張するとかしないとか、言っている場合じゃないな。できるだけ楽しい話題があれば出してみよう)

 リオネスがユリウスの学友達にも話を振り、それに全員が和やかに応じていると、ユリウスが思い出したようにレンフィス伯爵家の事を話題に出した。


「そう言えば、クライブ兄上が義姉上と一緒に、来月から暫く領地に赴くそうです。そうだよね、エリオット」

「はい。それで誠に申し訳ありませんが、諸々のご招待を丁重にお断りしているところです」

 エリオットがリオネスに向かって頭を下げると、彼は苦笑しながら交換条件らしき物を口にした。


「なるほど。それなら仕方がないな。だが王都に戻って来たら、私やユリウスが個人的に招待する催し物には顔を出していただけるように、伝えて貰えるかな?」

「畏まりました。確かにお伝えします」

 それくらいはしないと駄目だろうなとエリオットが諦めていると、一口お茶を飲んだリオネスが何気ない口調で問いを発した。


「ところで、エリオット君も兄上達と一緒に領地に行くのかな?」

「いえ、私は王都に残って、この間溜まっている諸々の業務を片付ける予定です。これまでに一通り執事長と義兄上から指導を受けましたので、実地で屋敷内外の運営をしてみるようにと義兄上から指示されています」

「それはまた……」

「大変ではないのかい?」

 それを聞いた王子二人は、まだ子どものエリオットには荷が重いのでは無いかと驚き、心配そうな表情になったが、当の本人は笑って首を振った。


「義兄上がいらっしゃると、ついつい甘えてしまいそうですから。義兄上もそれを見越して『とにかく失敗しても良いから、一度きちんと自分の判断でやってみなさい。こちらに戻ったら幾らでもフォローするから』と仰っていました」

 それを聞いたキールとハーディは感心しきった様子で頷き合い、ユリウスは嬉しそうに応じる。


「さすがはクライブ殿下、あ、いや、元殿下だな」

「ああ。一見厳しく感じるが、エリオットをしっかり鍛えるつもりらしい」

「それじゃあエリオットはこれまで通り、こちらには来てくれるんだね?」

「はい。それには問題ありませんので」

「良かった」

 ユリウスが嬉しそうにしているのを見たリオネスは、少し表情を緩めてから、そこでちょっとした懸念を口にした。


「余計なお世話かもしれないが、そうなるとレンフィス伯爵邸の警備体制はどうなるのかな? 兄上達の身辺警護に、人を割かなければならないだろう? 王都に残す人員が少なくなったら、エリオット君が不自由しないかい?」

「ええと……、まだはっきり人数までは決まってはいませんが、二人か三人は付いていきます。でも屋敷の警備体制に、影響は出ませ」

「何だって!?」

「二人か三人!?」

「……え?」

 何故か話の途中で目の前の王子二人が揃って驚愕の叫びを上げた為、エリオットは目を丸くして固まった。そのままその場に沈黙が漂ってから、エリオットが恐る恐る周囲の者達に問いかける。


「あの……、何か問題がありますか? これまで私達が領地と王都を行き来する場合、それ位が普通でしたが……」

「…………」

 しかし相変わらず王子二人は愕然としており、これまでの付き合いで気安く話をできるようになっていたキールとハーディが、無言で顔を見合わせてからエリオットに確認を入れた。


「エリオット。参考までに聞かせて欲しいが、これまで伯爵家の皆さんが領地との移動の際に要していた人員と馬車の数は、どれ位なのかな?」

「はい。馬車は父様と母様で一台、姉様と僕で一台、僕達の身の回りの事をするメイド達三人で一台。荷馬車が一台。兄様を含んだ護衛四人は騎馬ですね。でも御者やメイドも実質的な護衛なので、護衛の人数としては十分……。あの、皆さん。どうかしましたか?」

「あり得ない……」

「れっきとした伯爵家の移動が、そんな小所帯で行われるだなんて……」

「メイドの人数もそうだが、護衛がそれだけっておかしいだろう?」

「我が家の母や姉妹が移動する時には、一人一台使うぞ?」

「え? 馬車に四人は乗れますよね? 勿体ないですよ」

「…………」

 エリオットがキョトンとしながらも素直に答えた内容を聞いた二人は、本気で頭を抱えたが、その間になんとか気を取り直したリオネスが、真剣な面持ちで口を開いた。


「念の為、聞いてみて良かったよ。エリオット君。王族の立場としては、各家の方針に一々異を唱えるのは不適切だとは重々承知しているし、兄上もご了解の事だとは思うが……。やはり一言、意見させて貰おう。ユリウス、ちょっと机を貸して貰えるかな? 大至急手紙を書きたいのだが」

「はい。ミーナ、兄上を机にご案内して、筆記用具を揃えて貰えるかな」

「畏まりました。それではリオネス様、どうぞこちらに」

「ありがとう」

(何だか微妙な空気だけど……。そんなに変なのかな? 確かに他家の人と、こういう話はしたことは無かったけど……)

 エリオットがそんな事を自問自答していると、隣室に移動したリオネスを見送り、その場に残っていた彼の護衛兼側近であるパトリックとコニーが、しみじみとした様子で話しかけてくる。


「その……、王家から護衛を派遣する件で、君の姉上が近衛騎士団に出向いた時に伺っていたが、レンフィス伯爵家は本当に質実剛健を家訓とされているんだね」

「使用人達が例外無く、そこそこ腕が立つのも理解している。しかし幾らなんでも、同行人数が少な過ぎでは無いだろうか?」

「……そうなのですか?」

(何だか凄く問題なような感じが……。でも父様が生きていた時からそうだし、移動人数が少なければ少ない程、経費がかからないんだけどな)

 この期に及んでも、どうやらまだ今一つピンときていないらしいエリオットを眺めながら、その場に居合わせた面々は例外無く溜め息を吐いていた。

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