(27)波乱の幕開け

「母さん、セレナ。ちょっと話があるんだが……」

「あら、お帰りなさい。さっきは何かあったの?」

 戻ってきた息子達にフィーネが何気なく尋ねたが、彼らは常には見られない、妙に歯切れの悪い物言いをしてくる。


「まあ……、あったと言えば、あったかな……」

「僕達の、ちょっとした友人が……、姉様達の式に参列する事になって……」

「偶々散策中に、ここで遭遇したって事になるらしいが……」

「そうなるけど……。誰がどう聞いても、納得しないと思う……」

「あなた達、さっきから何を言っているの?」

 フィーネが二人に益々不審な顔を向けると、彼らは顔を見合わせてから、揃って窓の外を眺めた。


「実際に、見て貰えば早いよな」

「何だか色々疲れて、口にするのも億劫で……。姉様、ちょっとこっちに来てください」

「え? 何?」

 手招きされたセレナは椅子から立ち上がり、花嫁衣装の裾を踏まないように注意しながら、大きな窓に歩み寄った。


「セレナ……、今日は良い天気だな」

「そうね。それが?」

「雨が降っていないし、見晴らしが良いですね」

「……だから?」

 自分では無く、窓の外を眺めながら大して意味の無い事を口にしている兄弟に、セレナが段々苛ついてくると、エリオットが教会の門付近を指差しながら告げた。


「姉様、あれを見てください」

「あれって……、え? 近衛騎士が、どうしてあんなに大勢居るの?」

「非番の近衛騎士が、制服を着て王都内を散策中で、偶々顔見知りと出くわして立ち話をしてるんだと。……アホらしい」

「兄様、気持ちは分かりますが、殿下達の前ではもう少し取り繕ってください」

「そうは言うがな」

 そのやり取りを耳にした途端、セレナとフィーネの顔から血の気が引いた。


「殿下達って……」

「あなた達、まさか王族の方が、ここにいらしているのではないわよね!?」

「……『王族の方』じゃなくて、正確には『王族の方々』だ」

「もっと正確に言うと、リオネス殿下とユリウス殿下が、側近の方々を同伴して来訪されています」

 殺伐とした空気を醸し出しつつラーディスが述べると、エリオットが無表情で遠い目をしながら補足説明する。それを聞き終えるなり、フィーネは意識を手放した。


「そんな……」

「きゃあぁぁぁっ! お義母様、大丈夫ですか!?」

 ふらりと後方に倒れた彼女を見て、セレナは悲鳴を上げたが、ラーディスが素早く母親を受け止めて抱え上げた。


「落ち着け、セレナ。衝撃のあまり、気を失っただけだ。エリオット、誰か教会の人間を捕まえて、横にして休ませる部屋を確保してくれ。あと、手の空いている使用人もいたら、声をかけてくれ」

「分かりました、すぐに!」

「セレナすまん、ここにいてくれ。後で、誰か様子を見にこさせるから」

「私は大丈夫だから、お義母様を休ませてあげて」

「分かった」

 飛び出して行ったエリオットの後を追うように、ラーディスが母親を抱えたまま部屋を出て行き、セレナは控室に一人取り残された。


「それはそうよね。嫌な予感は、していたのよね…………。していたけど………………、ちょっとは、他人の迷惑を考えんか! あの、お気楽王子どもがぁぁぁぁ――――っ!!」

 その時教会の一角で、これから結婚式が開催されようかという時間帯に相応しくない、花嫁の怒声が響き渡ったが、幸いな事にその声は、参列者が揃いつつあった聖堂内に届く事は無かった。



「失礼します」

「クライブ兄上! ご結婚、おめでとうございます!」

 控え室のドアが控え目に叩かれたと思ったら、いきなり弟二人が現れたのを見て、花婿の衣装に着替えを済ませていたクレアは本気で面食らった。


「リオネス? それにユリウスまで、どうしてここに?」

「わざわざ兄上を祝福する為に来訪したわけでは無く、私はこれまで不当な扱いを受けていたラーディスの働きに個人的に報いる為、エリオットは新しくできた友人との友誼を深める為、レンフィス伯爵家の慶事に参加させて貰う事になりました」

「はぁ?」

「ちゃんとラーディス殿と、エリオットの許可は貰いましたから大丈夫です!」

「待ちなさい、ユリウス。一体どういう事です? 詳しく説明しなさい」

 そこで白々しくリオネスが主張し、ユリウスが笑顔で補足説明した内容を聞き終えたクレアは、額を押さえながら呻いた。


「詭弁にも程があります……。イザーク、パトリック、ラルフ、コニー。こんな無茶ぶりを、どうして止めないんですか? 王太子の側近たる、あなた達の役目でしょう?」

 最近まで自らの側近を務めていた者達をクレアは軽く睨んだが、リオネスの背後に控えている彼らは、薄く笑いながら平然と言い返した。


「そう言われましても……。この式には、私達も出席したかったもので」

「確かに王太子位はリオネス殿下に移りましたし、仕える相手も変わりましたが、それとこれとは違うでしょう」

「私達とあなたとの間には親しい友人関係など、全く築けなかったと言うことですか?」

「本当に残念でなりませんね。これまでの私達の時間は、何だったのでしょう……」

 揃いも揃って恨みがましく言われたクレアは、彼らを追い出す事も説得する事も完全に諦めた。


「……取り敢えず参加者は、これ以上は増えませんね?」

「それは大丈夫でしょう」

「それでは全員、新郎側の席に座ってください。新婦側の席に座ったら、余計に騒ぎが大きくなるのが確実ですから」

「分かりました。改めて兄上、ご結婚おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 姿勢と顔付きを改めて祝いの言葉を述べた弟達に、クレアは溜め息を吐きながら礼を述べた。


「ありがとう。それでは、聖堂内に行っていてくれるかな? この事をラーディスから説明を受けて、セレナが動揺している筈だし、式が始まる前に謝っておくから」

「はい。義姉上によろしくお伝えください」

「失礼します」

 そしてリオネス達がおとなしく引き下がってから、クレアは再度溜め息を吐き、部屋を出て歩き出す。


(全く、リオネス達には困ったものだわ。ああいう屁理屈を平気で持ち出すタイプでは無かったのに、誰かに入れ知恵でもされたのかしら?)

 クレアは弟達の無茶ぶりに頭痛を覚えながら、新婦の控え室まで進んだ。


(伯爵家主催の結婚式に、呼んでもいない王子が二人も押しかけるなんて、前代未聞よね。この結婚式の事が、後で絶対噂になりそうだし……。セレナが動揺して、怒っている姿が目に浮かぶわ……)

 しかしうんざりした顔になったのも束の間、クレアは素早く気持ちを切り替える。


「取り敢えず、ここは笑って誤魔化すしか無いわね」

 小声でそんな独り言を呟いたクレアはノックをしてから、“クライブ”としての笑顔を振りまきつつ、部屋の中に入って行った。

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