(20)とんでもない告白

 傍目には和やかに世間話で盛り上がっているうちに勤務を終えたラーディスが帰宅し、エリオットが慌てて兄に事の次第を報告するも、特に対策を取る暇も無く夕食の時間帯となった。

 クライブを迎えての晩餐という事で、料理長以下、厨房に詰めている者達が丹精込めて準備していた晩餐は彼にも好評で、その賛辞に食堂に勢揃いしたレンフィス伯爵家の面々は、笑顔で応えていた。

 本音を言えばその場に居合わせた者達は、給仕の為に出入りしている使用人達を含めて、「愛人を連れてくるつもりではなかったのか」とか、「まさかあの老女が愛人なのか」とか、失礼にも程がある問いかけをしたかったのだが、ぐっと堪えて晩餐の時間をやり過ごす。しかし食後のお茶の段階になって、クライブがさり気なく申し出た。


「それでは食事が終わりましたので、先程お話しした通り、皆さんに話を聞いていただきたいのですが。それからゼナも、こちらに呼んで貰えますか?」

「分かりました。ミーナ、お願いね」

「少々お待ちください」

 その場に僅かながら緊張が走る中、セレナは以前彼がこの屋敷を訪れた時の事を思い返した。


(重大な話って、一体何事かしら? そう言えば殿下が、以前この屋敷にいらして結婚の条件云々について話した時、三つ目の条件が、私達に話を聞いて貰う事だったわね)

 彼女の家族達も、若干の不安と緊張が入り交じった表情を浮かべていると、すぐにミーナがゼナを連れて食堂に戻って来る。


「お待たせしました。ゼナさんをお連れしました」

「ありがとう」

 しかし笑顔で礼を述べたのも束の間、ゼナに続いてこの屋敷の使用人達がぞろぞろと列になって入室して来たのを見て、クライブは面食らった。そして瞬く間にメイドや執事だけではなく料理人や庭師達まで、屋敷内の使用人全員が広い食堂に勢揃いしたのを見て、彼は困惑も露わにフィーネに問いかける。


「あの……、伯爵夫人? どうしてこちらの屋敷の使用人が、これほど集まっているのですか?」

「クライブ様は我が家の使用人で信用の置ける口が堅い者も、話をする時に同席させて欲しいと仰いましたので」

「はい、確かにそのようにお願いしましたが……」

「この屋敷の使用人は、全員腕が立つ上に、信用が置けて口が堅い者ばかりです」

 笑顔で事も無げに言い切ったフィーネを見てクライブは一瞬呆気に取られ、改めて使用人達を眺めてからおかしそうに笑い出した。


「参りましたね。そうきましたか……。周囲が自分を裏切るはずもない、信頼できる人間ばかりという状況は、本当に羨ましいですね」

(ちょっと困った顔をされてはいるけど、怒ってはいないわよね?)

 そして少しの間苦笑していたクライブは、顔つきを改めて宣言した。


「分かりました。良いでしょう。皆さんにお話しする事にします」

 しかしここでゼナが、周囲を見回しながら狼狽した声を上げる。


「ですが、クライブ様!」

「ゼナ。ここで露見するようなら、この先も隠し通す事は不可能だと思いますよ? この際、きちんと状況を説明した上で、レンフィス伯爵家の皆様の判断を仰ぎましょう」

「分かりました……。もう余計な事は、申しません」

(どういう事? クライブ殿下が晴れ晴れとした表情をしているのに対して、ゼナさんがもの凄く悲壮な顔付きをしているんだけど……)

 一応異議を唱えてみたものの、それは本当に形だけのものであったらしく、ゼナはすぐに引き下がって俯いた。そして周囲の者が彼女に椅子を勧めていると、クライブが改めて話を切り出す。


「それでは……。以前、セレナと寝室は別でとお願いした事で察していただいたと思いますが、私とセレナの結婚は実態の伴わない、偽装結婚となります。これからその理由をご説明します」

「あ、はい……。宜しくお願いします」

(その反応は、偽装結婚を持ちかけられている側としてはどうなんだろう? それにどうして、いきなりスカーフを解き始めるんだ?)

 素直に頷いたセレナを見て、ラーディスは思わず溜め息を吐いた。それと同時に、クライブが首周りに巻いているスカーフを解いた上、スタンドカラーのシャツの留め金を外し始めた事に困惑する。クライブは更に小さな留め金を二つ外してからその合わせ目を広げ、喉元を露わにしながらセレナ達に尋ねた。


「伯爵家の皆様にお尋ねしますが、私のこの傷の由来はご存知ですか?」

「確か……、クライブ殿下が十三歳か十四歳の時、剣術の稽古中に誤って斬りつけられた時にできた傷ではありませんか?」

「一時は命が危うくなり、王妃様の生国から派遣されていた教育担当の武官が、責任を取って祖国に送還されたと伺っております」

「その事件以後は、クライブ様の武術訓練は可能な限り免除されて、内政に関する教育が重視されたとも聞いておりますが」

「対外的にはその通りです」

「対外的には?」

 大人達は揃って首を捻ったが、この間黙って問題の傷を観察していたエリオットは、顔を顰めながら発言した。


「あれ? すみません、その傷の辺り、何だかおかしくありませんか?」

 それにクライブが、笑顔で応えて手招きする。


「さすが、エリオット君は目敏いですね。もう少し近くで見ても構いませんよ? 触ってみても構いませんし」

「そうですか? それでは失礼します」

(え? エリオットは何を言っているの? それに傷跡をじろじろ見るなんて、失礼じゃない)

 全く臆せずに歩み寄ったエリオットは、言われた通りクライブの喉元を凝視し、更に直に触れてみてから確信した口調で告げた。


「やっぱり……。これは傷跡の模様が付けてある肌の色に合わせた布が、喉に貼ってあるんですね?」

「正解です。ほら、比較的簡単に剥がす事ができますよ?」

「…………」

 そう言いながら、いとも容易くその傷跡をめくって剥がしてしまったクライブを見て、エリオット以外の者達は揃って固まった。


「確かに、傷跡を凝視するのは非礼に当たりますし、見苦しい傷跡を周囲の方に晒して不快な思いをさせたくないと言う名目で常に喉元を隠しておけば、至近距離で見られる危険性は更に低くなりますね。それで真相に気付かれる可能性が、少なくなるわけか……」

「やはりエリオット君は、頭の回転が早いですね。これからユリウスに、良い刺激を与えてくれそうで嬉しいです」

 にこやかに呑気な事を言っているクライブとは裏腹に、エリオットの表情はどんどん苦悩するものに変化していった。


「これは、あれですか? どうしても成長するに従って男女差が出て来ますから、それが顕著になる前に武術訓練の回避の理由をでっち上げると同時に、喉仏が目立たない、または喉を人目に晒さないで済む状況を、当時の担当武官と図って作り出したと言うわけですか?」

「全くその通り。お見事」

「うわぁ……、本当にとんでもない。ある意味、国家機密に匹敵するじゃないか……」

「…………」

 クライブは笑顔で拍手してエリオットの察しの良さを褒めたが、当のエリオットは本気で頭を抱えた。そして室内が不気味に静まり返る中、セレナが恐る恐る問いを発する。


「あ、あの……、クライブ様? その……、つまりどういう事ですか?」

「セレナ? まだ、分かりませんか?」

(いえ、分かったつもりではいますよ? いますけど……、現状を認めるのを、頭が拒否していると言うか何と言うか……。偶々骨格的に喉仏が無い、または目立たない男性だって線も捨てきれないし……)

 平然と微笑まれたセレナは、顔を引き攣らせながら埒も無い事を考えていた。しかしここでクライブが、聞き間違えようもない決定的な一言を放つ。


「申し訳ありませんが、私はれっきとした女性です。『喉だけで分かるか。確認の為に脱いでみせろ』と仰るのならこの場で脱いでも構いませんが、さすがにその時には女性だけに確認して貰いたいのですが」

 困ったように微笑みながら申し出たクライブに、誰も何も反応できなかった。

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