第二章 オフ会をしよう 一


第二章 オフ会をしよう



 『スペース・フロンティア』は基本無料のアイテム課金制と呼ばれるタイプのオンラインゲームだ。

 大量の兵器を運用し、複数の資源採掘惑星を所有し、さらに各種施設の建造……。

 一般的なオンラインパソコンゲームと比べて、運営側が必要となる初期投資は莫大なものだ。

 その初期投資を回収する方法は、『スペース・フロンティア』のゲームシステムと密接に関係している。

 プレイヤーは惑星で採掘した資源を運営側に提出することでゲーム内通貨を得るが、運営側はここで得た資源を売ることで利益を得ているのだ。また、民間企業の宇宙資源開発には、国からの補助金が出るという制度がある。

 一番お金のかかりそうなストライクギアも、軍から格安で貸与されている。これは性能実験などのデータ収集のためだ。より実戦に近いデータを多く収集したい軍と、惑星での資源採掘というビッグビジネスに目を付けた運営側との思惑が、綺麗に合致したことで成立した新しいタイプのオンラインゲーム。

 それが『スペース・フロンティア』なのだ。

 ちなみに、このゲーム内では実際の兵器を動かしているが、書類上ストライクギアは兵器ではなく、一応は『重機』扱いなのだ。これについては資源採掘惑星と地球との間での資源やストライクギアの運搬に、マスドライバーを用いていることと関係がある。

 マスドライバーとは、輸送用の『コンテナ』に入れた『荷物』を打ち上げることで輸送を行う、星間輸送手段の一つだ。要するに『物質を遙か遠方へと射出できる巨大な大砲』であり、実際に『大砲』として使うことも可能である。

 現在マスドライバーの軍事利用は、国際法で禁じられている。もし戦争になれば、そんな法律など公然と破られるだろうが、それでも一応そういったルールが存在する。

 マスドライバーで『兵器』を射出する事が軍事利用に当たるかどうかはグレーゾーンであり、ならば、ということで書類上では『重機』として扱う用にしているのだ。


×××


 フラッグ争奪戦イベントは、いよいよ佳境となった。

 終了まで残り数時間。

 このタイミングになると、戦闘は激しさを増す。フラッグの獲得数を、このぎりぎりのタイミングで帳尻を会わせようという駆け込み需要のせいだ。

 獲得数を増やそうとすれば外に出て無人機からフラッグを奪う必要があるが、そうすることによって戦闘状態扱いにされ、拠点の安全地帯設定は解除されてしまう。

 そして、その間に拠点を襲撃されフラッグを奪われれば、それこそ大損になってしまう。このタイミングでどのように動くかで、そのチームの性質というか性格というか、ともかくそんな物が明らかになる。

 さて。

 『こめっと』をリーダーとする俺たちのチーム『シューティングスター』はというと、まずはこの『こめっと』の指示を聞けばおわかりいただけるだろう。

「じゃあ、『タツヤ』と『ムウ』は、なるべく沢山のフラッグを奪ってきてね」

 ほとんど予想していたとおりの『こめっと』の指示へと、俺は半ば義務的に応じる。

「まあ頑張りはしますけど、拠点の方はまかせましたよ」

「うん、大丈夫だよ。ボクと、それに『くま』と『ヒメ』のコンビなら、絶対に敗北はないと断言させてもらうよ。最強の布陣だね」

 自信満々にそう言い放つ『こめっと』に対して、比較的冷静に、そして静かに『くま』が言った。

「……『こめっと』のそれは過大評価だ。『こめっと』と『ヒメ』はともかく、俺に出来ることなどたかが知れている。……とはいえ、門番の役割くらいは果たさせてもらおう」

 まあ、つまりそういうことだ。

 俺達のチームは最後までフラッグの獲得数を増やす方向で行動を開始した。俺と『ムウ』は最前線で争奪戦に加わりフラッグの獲得数を増やす。『こめっと』、『ヒメ』、『くま』は拠点に残り防衛を行う。

 そんな布陣になった。

 俺と『ムウ』は即座に出撃。

 フラッグの反応と戦闘状態の機体の反応が入り乱れる、まさに大混戦と言った感じの戦場を真っ直ぐに目指した。

「とはいえ、ある意味じゃ気楽だよな。別に今の俺達がどうなろうが、フラッグを失う訳じゃないし」

〈逆に言えば、拠点組がいくら頑張ってもフラッグが増える訳じゃない〉

「そりゃ確かにそうだ」

 フラッグを持ったまま突っ込んでくるヤツがいないとは言わないけど、こんなイベント終盤にそんなことをするヤツは珍しいだろう。

 と、なれば。

 フラッグの獲得数を増やせるかどうかは、俺と『ムウ』の活躍にかかっているというわけだ。

「それに、あの三人が残ってるなら拠点は安心だな」

〈同感。特に『くま』と『ヒメ』のコンビとは、私なら戦いたくない〉

「まったくもってその通りだ」


×××


 拠点に残った『こめっと』は、『くま』と『ヒメ』の二人に対して指示を出す。

「じゃあ二人にはにはゲート内での防御を頼もうかな? ボクは近くの高台を陣取って狙撃するけど、全部を落としきる自信は無いからね。ボク達の名前はそれなりに売れてるから、『お客さん』はそれなりの数が来ると思うよ」

 それに対して最初に応じたのは『ヒメ』だった。

「『こめっと』も頑張ってよ? 私と『くま』じゃ正面ゲート以外からの攻撃に対処するのは難しいから。まあ、正面からの敵も狙撃してくれれば、それが一番助かるんだけど」

「うーん、それはちょっと難しいかな。結構な数のチームがうろうろしてるみたいだし」

 『シューティングスター』は、いわゆる中堅上位のチーム。

 そんなわけだから、特にこういったイベントでそれなりの数のフラッグを確保していることも、最後までフラッグの獲得数を増やそうとするチームだということも、周囲には知られている。こういったチームはより激しい戦闘にさらされることが多い。

 もしかしたら勝てるかも知れないと考える下層チーム。

 討ち取って名を上げようという中堅チーム。

 勝てると考え挑んでくる上位チーム。

 そんな全方向からの攻撃を受ける可能性があるのだ。

 『こめっと』はどこか気の抜けたような口調で言った。

「じゃあ、大変だと思うけど頑張ってねー」

 それと同時に拠点の正面ゲートが開かれた。籠城戦においてわざわざ正面のゲートを開けることは愚策に見えるかもしれないが、これも考えがあってのことだ。

 そもそも拠点を攻略するのは、どこから攻撃しようと同じような労力を要求される。それも並大抵のものではない。通常なら拠点を攻撃される側からしてみれば、拠点はどこからでも攻撃を受ける可能性があるのだ。

 だが、正面のゲートを開くことによって状況が変わる。拠点を攻撃する側にとって、それが誘い込むための罠だということは一目にして分かる。

 だからこの時点で相手側の思考は、強制的に二パターンに分けられてしまう。『罠である正面を避け、対拠点用の大型装備で攻撃する』か、『誘い込む為の罠であることを知った上で、拠点内での戦闘を行う』のいずれかだ。

 これの前者に対しては『こめっと』の『マジカルこめっと』による狙撃で、後者に対しては『くま』の『ワイルド・ベア』と『ヒメ』の『ウイニング・フェアリー』が、それぞれ対処することになった。

 こうすることによって警戒の負担を大幅に減らすことが出来るのだ。


×××


 『こめっと』は、遠くから拠点の方へと近付いてくる敵機体を確認しながら呟いた。

「さて、やるとしますか」

 すでにいくつかのチームが接近してきていた。

「無防備に突っ込んでくるだけなら楽なんだけどな」

 射程内に入った敵に対して狙いを定めてトリガーボタンを押す。脚部の関節かメインセンサーを撃ち抜いてしまえば、大抵の場合は大人しく引き下がってくれるモノだ。

 拠点へと攻撃を仕掛けようとするような機体の装備は、大した射程のモノではないので、『こめっと』にとっては安全圏からの攻撃だった。

「ん? こいつらは、少し出きるみたいだな」

 何機もの襲撃者を撃退し「どうせまだ大したことの無い奴らだろう」と思って狙いを定めた『こめっと』はそう呟いた。

 近付いてきたのは陸戦型三機と、その前衛に大型のバックパックを装備した飛行能力の高そうな機体が二機。

「重装甲盾持ち二機でボクを抑えつつ、その間に拠点内に攻撃を仕掛けようっていうつもりかい? いいよ、相手になろうじゃないか」

 今のところ他に襲撃者がいないことを確認しつつ、敵が接近していることを『くま』と『ヒメ』に伝えた『こめっと』は、あえて襲撃者の策に乗ることにした。

 現在装備しているスナイパービームライフルで、素早く前衛二機を狙撃する。収束した帯電粒子の弾丸が高速で射出され、目標へと亜光速で襲いかかる。

 だが、敵の前衛二機もそのことに気がついていたのだろう。即座にシールドを構えて『こめっと』の狙撃を防御する。

「あの盾、コーティングじゃ無さそうだ。磁力の反発で帯電粒子を逸らす対ビームに特化したタイプかな。なかなかやるじゃん」

 前衛の盾持ち二機は飛翔し、『マジカルこめっと』へと一気に間合いを詰めてきた。盾を前に構えて『マジカルこめっと』からの攻撃を防御しながら、そのうち一機が攻撃用の武器を構えた。

「ロケット砲か、悪くない装備だよ。だけど」

 『マジカルこめっと』の対空迎撃用の機銃が火を噴き、飛来するロケット弾を迎撃する。

「その程度の攻撃、ボクには届かないよ」

 そして『こめっと』は思考する。

 自分ならどうする?

 自分が彼等の指揮官なら、どんな策を練る?

 自分が彼等なら、次はどう攻撃する?

「近接戦闘、だろうね」

 その読みは正しかった。

 一機がロケット砲を撃ち尽くしたのと同時に、もう一機が近接戦闘用の装備を手にしてその前へと出る。

「剣、いや、斧か。いい趣味してるよ」

 『こめっと』は呟きながら機体を全力で後退させ、着地と同時に振り下ろされた斧による攻撃を紙一重で回避する。だが、それだけで終わる『こめっと』ではない。

 後退と同時にサブアームを使って背面部に格納されていたビームショットガンを左手に装備。即座にトリガーボタンを押し打ち込む。

「敵ながら天晴れだよ。接近戦を挑んでくるだけのことはある」

 密着間合いでのショットガンを、敵の機体はシールドで防御した。そしてシールドと、それが装備されていた左腕を犠牲に致命傷を逃れたのだ。 最初にバズーカを撃ってきた方も着地し、シールドを構えながら、こちらの機体は弾を打ち尽くしたバズーカを投げ捨て、銃剣付きのマシンガンを装備した。

 『こめっと』は右手にスナイパービームライフル、左手にショットガンを装備した状態で、今にも切りかかってきそうな二機と対峙する。

(スナイパーライフルもショットガンも連射が出来ないから、一撃目を回避してしまえばさほど怖くない。この二機の操縦者も、そのことは十分に承知しているはず)

 相手の銃撃を回避する方法は極めてシンプル。

 銃口の前にいなければ、そこから放たれる弾丸に当たることはないのだ。

 もちろんこれは、あくまでも物事を単純化したことによる回答であり、実際にそれが出来るならば何の苦労もない。

 だが、ストライクギア同士の戦闘、しかも相手がビーム兵器の場合では、そんな達人の領域にあるはずの回避行動を実現出来る。

 ビームを放つ直前に必然的に発生する帯電粒子の高密度の収束と、射撃へと繋がる直前のモーション。それを見極めることさえ出来たなら、自身の機体を射線上から退避させることは十分に可能だ。

 『こめっと』はそのことを十分に理解していた。その上で両腕に装備した射撃装備を構え、そして二テイ同時にトリガーボタンを押した。

 銃口から、収束した帯電粒子が弾丸として放たれる。

 その直前、一機は回避行動をとり、一機はシールドを使った防御体勢をとった。

 その結果、ショットガンの弾丸はすべてシールドに阻まれ、スナイパービームライフルから放たれた帯電粒子は紙一重で回避された。『こめっと』にとっては最大の窮地が訪れることになる。

 ……もし仮に『マジカルこめっと』が『常識的なストライクギア』であったならば。

「君たちは期待通りの実力者だよ。だからこそ、付け入る隙が出来るんだ!」

 『マジカルこめっと』には超高出力ビームカノン三連射のためのサブジェネレーターが搭載されている。それを利用することで、常識外の攻撃が可能になる。

 それはビームの照射だ。

 『こめっと』はスナイパービームライフルを真横に振るった。銃口から延びる帯電粒子の閃光は、まだ消えずに伸び続けている。

 膨大なエネルギーによって生み出される大量の帯電粒子を使用することで、強引にビームブレードと同じような働きをさせることが出来る。

 そのことに気付く者は多いが、それを自分の機体で実践する者や、ましてやそれを戦術に組み込む者は極めて稀だ。

 そして『こめっと』は、そんな極めて稀な人間であり、『マジカルこめっと』は極めて稀な機体だった。

 ともかく。

 『マジカルこめっと』のスナイパービームライフルの攻撃を、紙一重で回避した襲撃者の機体は、その直後にビームの凪ぎ払いによって両断された。ショットガンによる攻撃をシールドで防御した機体もまた、同じように両断された。

 この荒技こそ、『マジカルこめっと』が持つ、奇襲者の仕掛けてきた近接戦闘に対する回答なのだ。

 

×××


「『こめっと』の言ってた通り、敵が来るみたいよ。足にローラーの付いた陸戦タイプ三機。閉所での立ち回りが得意そうね」

 『ヒメ』は『ウイニング・フェアリー』の強化された情報収集能力と、拠点の索敵能力で集めた敵の情報を『くま』へと送った。

 『くま』の画面上に敵機の現在位置と、その詳細情報が表示される。

「……中央はシールドとチェーンソード、両肩にミサイルポッドを装備、か。おそらくこいつがチームのリーダーだな。……左右には実弾のライフルとビームマシンガンで武装した僚機。三機ともあまり特徴がない機体だな」

「いや、陸戦型という時点で十分特徴的だと思うけど? 物理防御もそれなりに得意そうだし、対ビーム用コーティングも塗ってるんじゃないかな? 後は、フラッグを持っている様子は無いし、機体に目立ったダメージも見あたらない。これが今日最初の戦闘なんだろうね」

 『くま』と『ヒメ』がそんな会話をしている間に、敵三機は拠点との距離を一切の迷い無く詰めていた。

 二機の仲間を引き連れ拠点に攻撃を仕掛けようとしていた男、この襲撃者たちのリーダーがインカム越しに言った。

「これは好機だ。スナイパーを二人に抑えてもらっている間に、向こうさんの誘いに乗って正面から突入する。後はいつも通り、フラッグを奪ったら即撤退だ」

 彼は開け放たれた正面ゲート内へと、両肩に装備したミサイルを全段発射した。

 間合いが詰まりすぎればミサイルは無用の長物となる可能性がある。決して安い装備ではないが、大量のフラッグを持ち帰れば十分にお釣りがくることは確実だ。先制攻撃としては、実に的確な判断だったと言えるだろう。

 しかし、それを予測できない『ヒメ』と『くま』ではない。

「奴ら、ミサイル撃ってきたよ。本当に正面からやり合う気だ」

「……迎撃装置は機能している。もっとも、それぐらいは想定しているだろうが」

 襲撃者のリーダーが撃ったミサイルは、拠点へとダメージを与える前に撃墜された。

 拠点内に設置されていた自動迎撃装置が起動したのだ。拠点攻撃の一撃目としてミサイルを使うのがセオリーならば、迎撃装置を拠点内部に設置するのもセオリーだ。

「……さて、次はどう出る?」

 襲撃者三機は迎撃されたミサイルの爆風を突き破り、堂々と正面から拠点内部へと進入した。

 ミサイルを打ち落とした自動迎撃装置は、次なるターゲットを襲撃者三機へと切り替える。

 それに対し進入してきた三機は、慌てることなく冷静に対処する。

 陣形を即座に変更。

 チェーンソードを持った隊長機が後方へと下がり、実弾ライフルとビームマシンガンを装備した二機が前へと出る。

 襲撃者の隊長が叫んだ。

「自動迎撃装置ごとき、攻略するのは簡単なんだよ! やれっ!」

 それを合図に前へ出た二機が実弾ライフルを構え、迎撃装置を狙い撃った。

 設置された自動迎撃装置が破壊されていく。

 ミサイルをバラまいたのはこれが目的だった。拠点内に存在する自動迎撃装置の位置をいぶり出す為だ。自動迎撃装置が攻撃対象とするのはミサイルだけではなく、進入してきたストライクギアそのものへも攻撃を仕掛ける。

 「ミサイルを迎撃するための攻撃がストライクギアの装甲を抜けるのか?」と疑問に思う人がいるかもしれない。

 結論から言ってしまえば可能なのだ。と言うよりも、ミサイルそのものの強度が上がり、自動迎撃装置そのものの威力を向上させざるを得なくなった、と言うのが正確だ。

 ともかく、自動迎撃装置は脅威となる。

 襲撃者のリーダーがミサイルによる攻撃を行った最大の理由は、拠点内部に仕掛けられている可能性の高い自動迎撃装置の位置をいぶり出すためだった。

 画面上に映し出された現在の状況に対し、襲撃者のリーダーは笑みを浮かべながら言った。

「よし、これで自動迎撃装置は破壊できる。拠点のフィールドアドバンテージが激減すれば、この襲撃は成功したも同然だな」

 だが、この拠点の使用者の一人『ヒメ』がこの状況を黙って見ているはずも無かった。

 そして、実弾ライフルを構えて周囲を見渡し、残りの自動迎撃装置に狙いを定めた二人の操縦者は、取り返しの付かない被害と同時に『ヒメ』の作戦を知ることになる。

 『ヒメ』の『ウイニング・フェアリー』がスナイパーレールガンを構え、そのスコープの先に襲撃者たちの装備しているスナイパーライフルが映し出されていた。

 『ヒメ』がトリガーボタンを押した。それに連動して『ウイニング・フェアリー』がスナイパーレールガンの引き金を引く。

 直後、電磁加速された弾丸が、一撃で襲撃者の装備していた実弾ライフルを打ち抜いた。その撃破を確認することすらせずに、次なる標的であるもう一機の襲撃者が装備する実弾ライフルをスコープへと収め、そして引き金を引いた。

 二発目の弾丸が襲撃者の実弾ライフルを打ち抜いた。

「まあ、こんなモンかな? 制止目標相手は本当に楽だよ。レールガンでこの距離なら重力を考慮する必要も無いし、拠点内なら無風なんだからスコープのど真ん中に入れて引き金を引くだけってね」

「……助かる。これで随分とやりやすくなった」

 この、わずか数秒で襲撃者たちの戦力は激減した。

 高威力の遠距離攻撃手段を一瞬にして失ってしまったのだから。

 襲撃者のリーダーが、何が起こったのか理解するのには少しの時間が必要だった。そして理解すると同時に吠えた。

「クソがっ! まんまとハメられたってのか!? こっちの射撃装備を破壊するために、わざと自動迎撃装置を撃たせやがった! クソが、バカにしやがってっ!」

 強力な射撃装備は『くま』の『ワイルド・ベア』にとって障害となる。

 確かに実弾だろうがビームだろうが、並大抵の射撃装備では『ワイルド・ベア』に対して有効打とはならない。

 だが、例えそうだったとしても、攻撃を受けないに越したことはないのだ。

「あの近接型が本命で、今のはそのためのお膳立てだって、そういうわけなのかよ!?」

 騒ぐ襲撃者のリーダーだが、勿論オープンチャンネルでも外部音声でもないので、彼のその言葉が『くま』と『ヒメ』に届くことは無い。

 そして、そんな襲撃者のリーダーの発言など知らずに、しかし計ったようなタイミングで、ゆっくりと、堂々と、『くま』の『ワイルド・ベア』が姿を現す。

 その後ろにはスナイパーレールガンを構える『ヒメ』の『ウイニング・フェアリー』が続いた。

 襲撃者三機は即座にこれへと反応し、陣形を変更する。

 中央前方にシールドとチェーンソードで武装したリーダーの機体。

 その後方に残りの二機が一直線になって追従する。目標は『くま』の『ワイルド・ベア』だった。

 襲撃者のリーダーが吠えた。

「自動迎撃装置はまだ残っている、当たるんじゃねーぞ。それから、絶対に狙撃をさせるなよ! あの精密射撃はやっかいだ!」

 彼等は『ウイニング・フェアリー』の射線上に『ワイルド・ベア』が入るように計算して接近する。これによって現状最も脅威となる精密射撃による後方支援を封じる作戦だ。そして、その作戦は確かに効果があった。

「あいつら、なかなか考えたみたい。あなたのこと盾にしようとしているよ」

 『ヒメ』はどこか感心したような口調で言った。

「……なら、その作戦に乗るとしよう」

「そうすると全然サポート出来なくなるけど、それでも大丈夫?」

「……どうにも相性が良さそうだ。手早く片づける」

 そう言いながら『くま』は機体を前進させ、それと同時にアンチビームスモークを展開した。

 スモークと言っても視界を奪うことが目的ではない。

 アンチビームという名の示す通り、ビームを無力化、或いは威力を減衰させることが目的だ。原理は極めて単純で、磁力を持った粒子を噴霧し空中に滞留させることで、一時的にビーム兵器に用いられる帯電粒子の進行方向を狂わせるのだ。 

 襲撃者の内、実弾ライフルを装備していた二機の残りの装備は、どちらもビームマシンガン。つまり、これによって一時的に後ろの二機を無力化することが出来るのだ。

 続いて『くま』は突進してくる襲撃者のリーダーへと向けて、アンカーを射出した。先端部分に付いた電磁石によって張り付いたアンカーが、襲撃者のリーダーの機体を牽引し始める。

 この時襲撃者のリーダーには、三つの選択肢が与えられた。

 一つは手に持つチェーンソードによってアンカーを切断し、この窮地を脱出すること。

 二つ目は、足を止めて逆に相手を引っぱり、バランスを崩させた上でとどめを刺すこと。

 だが彼のとった行動は、そのどちらでもなかった。

「あいつはチェーンソードを持った俺の機体にアンカーを撃ちやがった。なら切断による脱出は想定しているはずだ。こっちが引っ張るにしても、あの重そうな機体相手じゃ分が悪い」

 その推測は正しかった。

 事実、『くま』はこの時点で、相手がどの方向へと脱出しようとも、追撃する準備を整えていた。それに加え『くま』のストライクギア、『ワイルド・ベア』の重量と馬力は並のストライクギアとは比べものにならないほど高かった。

「取るべき選択肢は一つしかねーんだよ。そしてテメーはそいつを予測出来ねーはずだ!」

 そう叫んだ襲撃者のリーダーは、左手に装備したシールドを突き出し、右手に装備したチェーンソードを構えてチェーンを回転させ、迷うことなく機体を前進させた。

 チェーンソードとは、ストライクギアの近接戦闘用装備として改良されたチェーンソーだ。

 爆音を響かせ高速で回転するチェーンの刃は、その切断能力もさることながらそれ以上に、敵対者へと圧倒的な威圧感を与える。

 襲撃者のリーダーが取った行動は『くま』にとって確かに予想外のモノだった。

 だが『くま』は、あくまでも冷静に対処する。

 『ワイルド・ベア』の両腕、アイアンネイルが戦闘用に『爪』を展開し、獰猛な真の姿を現す。

 余りにも無骨。

 余りにも単純。

 外見的な威圧感という点ではチェーンソードに匹敵するだろう。

 腕の太さが一般的なストライクギアの二倍以上。

 指に関してはそれ以上だ。

 その凶暴な鍵爪が超振動を加えられ、より一層凶悪な物へと変化する。

 迫り来る敵機を見据え、『くま』は静かに呟く。

「……さて、勝負だ」

 『ワイルド・ベア』が攻撃体勢を整える。

 敵機が真っ正面から突っ込んでくる。

 ーー今、間合いへと入った。

「……っ!」

 無言のまま気合いを込め、『くま』は『ワイルドベア』の右腕を突き出した。

 『ワイルド・ベア』の右腕に装備されたアイアンネイルが、敵機の構えたシールドへ衝突する。

 次の瞬間、『ワイルド・ベア』のアイアンネイルは、その一撃で敵機の構えていたシールドを刺し貫いた。

 だが敵機の操縦者にとっても、それは予測済みのことだった。

「やはり馬鹿げた破壊力。だがこれでっ!」

 『ワイルド・ベア』のアイアンネイルはシールドに突き刺さっている。

 それはつまり、右腕の攻撃能力が奪われたということになる。

 シールドを振り払うにしても、一瞬の、しかし近接戦闘においては致命的な隙が生じる。

 それが襲撃者のリーダーの狙いだった。

 襲撃者のリーダーは一切の迷い無く左腕のシールドをパージし、それと同時に一歩踏み込み、チェーンソードを振り下ろさせた。

 もとよりチェーンソードは叩き斬るのでもなければ、撫で斬るのでもなく、チェーンの刃を押し当てることで切断能力の発生する装備だ。

 それ故に、本来攻撃の際に勢いをつけて突進しても攻撃力が上がるわけではない。

 だが、その突進によって素早く相手の間合いに入り、そしてシールドを使った体当たりで相手の体制を崩すことは、チェーンソードの抱える弱点である『命中から切断までのタイムラグ』を補うため、いち早く、正確にチェーンソードを命中させるためには有効な戦術だ。

 それは、チェーンソードという極めて特殊な装備を愛用する、この襲撃者のリーダーが編み出した必勝の戦術でもある。

 襲撃者のリーダーが叫ぶ。

「俺の勝ちだーっ!」

 それは勝利を確信したが故の歓喜だった。

 『ワイルド・ベア』の左腕が突き出されようとしていたことは既に視認していたが、その反撃が自分の機体へと命中し胴体を刺し貫くよりも早く、チェーンソードが『ワイルド・ベア』の左腕を切り落とすと襲撃者のリーダーはそう確信していた。

 ーーだが。

「……さあ、行くぞ『ワイルド・ベア』」

 そう呟いた『くま』の取った行動は、襲撃者のリーダーの予想を凌駕するものだった。

 真っ直ぐに突き出された『ワイルド・ベア』の開いた左手は、襲撃者のリーダーの機体が振り下ろしたチェーンソードを目指した。

 ーー交錯!

 余りにも凶悪な二種類の近接装備が、轟音と火花を散らし衝突する。

 そう。

 『ワイルド・ベア』の左手のアイアンネイルは、襲撃者のリーダーの機体が振り下ろしたチェーンソードを掴んだのだ。

 高速回転するチェーンの刃面を真っ正面から、一切の躊躇無く。

 襲撃者の男が呻く。

「バカな!? こいつ、正気か!?」

 余りにも強引な、最早力技としかい言いようのない、一見無謀とも言えるような『くま』の行動。

 しかし、『ワイルド・ベア』のパワーとアイアンネイルの強度が組み合わさることによって、この愚策とも蛮行とも言えるような行動は、最適解となる。

 事実、チェーンソードの刃であるチェーンは、その回転が停止していた。

 『ワイルド・ベア』の左腕が発揮したパワーによるものだ。

 その万力のような握力に落ち潰されたチェーンは、強制的に回転の停止を余儀なくされた。

 チェーンソードが切断能力を発揮する原理は、高速回転するチェーンによって生じる摩擦だ。それによって攻撃対象を抉り、削ることによって、切断という現象が発生する。

 だからこそ、チェーンの回転が止まったチェーンソードは、ただの鉄の板でしかない。

 そんな物を破壊することなど『ワイルド・ベア』には容易いことだった。

 『くま』が短く呟く。

「……終わらせる」

 それと同時に、襲撃者の機体が装備していたチェーンソードが軋み、次の瞬間には『ワイルド・ベア』の左手によって握り潰された。

 この予想外の事態に、襲撃者のリーダーの判断が僅かに遅れた。

 最早原型をとどめないチェーンソードを手放し、素早く後方へと撤退して仲間と合流する。そう素早く判断を下し、行動に移すことが出来ていたならば、この戦いの結末は少々違っていたのかもしれない。

 ーーしかし、現実は襲撃者のリーダーにとって厳しいものだった。

 『ワイルド・ベア』が右腕を振った。

 それによって、右手のアイアンネイルが突き刺していたシールドが落ちる。

 直後、力強い踏み込みによって『ワイルド・ベア』が一歩前進し、それと同時に右腕のアイアンネイルを突き出した。

 勝敗を決したのはその一撃だった。

「なっ、いったい何が」

 強い衝撃と鈍い金属音。

 そして暗転する画面表示。

 襲撃者のリーダーは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 或いは脳が理解することを拒んだのかもしれない。

 そして、その理解しがたい現実を認めた時、うめき声を上げることとなった。

「くっ、バカな。こんなことが、あり得るというのか!?」

 無理もないだろう。

 襲撃者のリーダーの機体は、『ワイルド・ベア』のアイアンネイルによって、頭部を完全に粉砕されたのだから。

 頭部のメインセンサーを破壊されることは、『目』を完全に奪われることと同じ意味を持つ。

 それはすなわち、事実上の戦闘不能を意味する。

 そして襲撃者のリーダーは知ったのだ。

 二機の僚機が、スナイパーレールガンの餌食となって戦闘不能にされたということを。そして、拠点突入の為に、シールドを装備して射撃型を抑えに行った二機が撃破されたということを。

「敗北だと!? 認めたくは無いが、しかし……」

 襲撃者に残された道はただ一つ。投降サインを出してこの場から撤退するしかなかった。

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