32.「モモコのお母ーはん」

 ——ったく、ムカツク親父だぜッ

 ——余裕しゃくしゃく、って感じだったよな

 ——そりゃそうだわ、琢磨兄貴は現役のトップトレーダーだし、親父は伝説の相場師だし、この二人を倒すなんて奇跡でも起きんかぎりムリだッ


 僕は、モモコでもムリって思う勝負をしなきゃいけなくなったわけだけど、不思議と楽観的だったんだ。


 ——相場は何があるかわからんじゃんっ。素人には素人の強みってもんがある

 ——ほぉー、なんだよ、それ。そんなもんあったら、聞きたいわッ

 ——なんも知らんことよ

 ——ふがぁ?

 ——なまじっか状況判断できるような経験とか持ってると絶望的だけど、なんも経験も知識もないもんは、怖さを知らないで済むとこもある、、、みたいな?

 ——テツヤ、なんか人が変わったみたいだな?


 モモコに言われてみて、確かにそうかもしれないと思った。

 以前の自分だったらきっと、テンパっちゃて、オタオタしていたと思う。だけど、社会に出てみて分かったのは、人間なんて脆いものでどんなに屈強な身体を持っていても、八坂先輩のように一瞬で自分の命を捨ててしまうような壊れ方もするし、見た目は幸せで何の不充もないように見えるモモコだって、実はいろんな悩みや秘密を抱えて生きてたり——人って、様々で、きっと何がしかの弱みや悩みを抱えて生きてるんじゃないかと。


 だから、琢磨義兄さんや、お父上だって人間なわけだから、きっと何か弱点があるはずだと思う。


——みんな、大変なんだよな、生きて行くって

——ふぅーん。ちょっとは成長したじゃん、テツヤも

——モモコのお陰かな?

——違うよ、それは。私は汚れきってるけど、テツヤは綺麗なまま強くなってる。

その差は大きいよ……


 モモコは、時々するんだけど、悟りきった表情でそう言ったんだけど、僕は何だか愛しくなってモモコを引き寄せて、ぎゅーっ、って抱きしめてた。


——痛いよ、テツヤ

——黙って! モモコは汚れてなんかないよ? すっごく純でいいコだよっ。もう絶対そんなこと言うのはやめろよなっ

——ん……


 モモコは小さな身体で必死でこれまで生きて来たんだと思う。色んな理不尽や宿命に抗らいながら、必死で……。

 ただ、そんななかでもブレずに芯を持って生きてきたカノジョに、僕は尊敬と感謝の念でいっぱいだった。


——ありがとな、、、モモコ

——? テツヤに会えて,よかった…… ワタシのことわかってくれるのテツヤだけだもん……


——本当のお母さんだって、ちゃんと分かってくれてるはずだろ?

——ん……、でも、、、もうダメなん、、、 おかぁーはん、死ぬねんッ

——えっ?


 モモコの実のお母さんは末期ガンに侵されてたんだ———。

 

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