前のエピソード――9「確率と勝率」

　ピロン♩——。

　その時、僕のPCからメールの着信を知らせる音が鳴った。　

「江ノ電でゴー、ルール説明」の件—— 送信者：桐島恵三

　——あっ、おとうさんからだよ。例のゲームのルールが来たよ

　モモコは僕を椅子から追い立てるようにして　PCの前に座った。そしてカーソルを合わせてクリックすると、全文が画面に現れた。

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　今晩は、北川君。

　早速（さっそく）だが、夕方話した「ゲーム」のルールを説明するので、じっくり読んで検討して呉れたまえ。それで、このゲームに参加すると決心したならば、返信で「参加します」とだけ伝えて欲しい。以下、そのルールだ。

【江ノ電でゴー：ルール】

　1)　概要

　ゲームは「すごろくゲーム」だ。

　江ノ電の「藤沢駅」を【振りだし】として、終点の「鎌倉駅」まで辿り着いたら【上がり】で、そこで『準ラスボスステージ」が待っている。それをクリアしないと、最終の『ラスボスステージ』（八幡宮ステージ）に進むことができない。

このゲームの最終の勝敗は『ラスボスステージ』を君がクリアできるか、どうかで決まる。

「すごろくゲーム」につきもののサイコロは使わず、FX（外国為替証拠金取引）で稼いだカネ（収益）の分だけ、前に進めるものとする。従って、FX取引をする元金を入金（＊1)する必要がある。このゲームについては、元金は三十万円とする。

　五万円稼いだら、駅をひとつだけ前に進める。従って、終点の「鎌倉駅」までは十四コマ進まなければいけないので、七十万円の収益があれば、【上がり】となる。つまり元金と合わせて百万円になれば【上がり】だ。

「鎌倉駅」まで辿り着いて【上がり】となると、そこで『準ラスボスステージ』が待っている。我が息子の桐島琢磨と二十四時間のトレードマッチをしてもらう。期限の時刻までに、どっちが多くの収益を上げられるかで勝敗が決する。

　勝てば次の『ラスボスステージ』に進めるが、負けると【振りだし】に戻ってもらうことになる。この場合、元金も【振りだし】時の三十万円に逆戻りとなる（元金が三十万円になるように、出金してもらう）。

めでたく『準ラスボスステージ』をクリアできたら、残るは私が待つ『ラスボスステージ』（八幡宮ステージ）だ。

私と三日間のトレードマッチをし、期限までにどちらが多くの収益を上げれたかで勝負を決める。

　君が勝てば、桃子との結婚は認めよう。もし負けた場合、まだゲーム終了期限まで時間が残っているなら再チャレンジは認める。但し、その場合は【振りだし】に戻ってもらうことになる。また再チャレンジを断念することもできる。もちろんその場合は君には桃子との結婚を諦めてもらうことになり、ゲームオーバーだ。

　もう一つ、以下のような特殊ルールを設ける。

　2)　特殊ルール

　すごろく道中の途中で、一回だけサイコロを振らせてあげよう。最初の「藤沢駅」で振ってもいいし、途中の任意のどこの駅で振ってもいい。

　出た目の数だけ前に進めることにしよう。但し、この場合、進んだ分のコマ数だけの金はゲーム元金に追加入金してもらわないといけない。

　例）最初の「藤沢駅」で振ったとしよう。出た目が「４」なら、「湘南海岸公園駅」まで進める。但し、自己資金で　四コマ分の二十万円を追加で入金することが条件だ。その金が用立て出来ないなら、この権利は無効で「藤沢駅」から前には進めない。

　但し、いいことばかりではない。サイコロを振って「鎌倉高校前」「極楽寺」「長谷駅」「由比ヶ浜駅」に停まった場合は、【振りだし】に戻ってもらうことになる。よって、この四つの駅を「ボンビー駅」と呼ぼう（笑）

　【振りだし】に戻った場合は、サイコロを一回振る権利も改めて付与されるものとする。

　3)　附則事項

　もし、ゲーム期間中に元金が無くなった場合は、何度でも三十万円までなら追加することが出来るものとする。（その場合、どこでその元金を調達するのかはこちらでは一切関知しないが、くれぐれも街金などといったイカガワシイ金融屋から借用するなどといったことが無いようにして欲しい）

　4)　ゲーム期間

　平成二十六年　六月十三日（午前零時）〜十二月二十日（午後十一時五十九分）とする。

　以上が、私が設定したこのゲームのルールだ。これに不満があるのなら、このゲームは無しだ。従って、君と桃子の結婚も認めるわけにはいかん、ということになる。

　君に強い勇気と運があれば、きっと私のところまで辿り着くであろう。桃子の結婚相手にはそれくらいの男でないと困るのでな（笑）

　では、健闘を祈るっ！！　

　待ってるぞ、「鎌倉」で———。ノシ

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　——チッ、オヤジの野郎ッ、すっかりラスボス気分でいやがるッ

　それになんだッ！、このノシ、って。どこでこんなの覚えてきやがったんだよッ

　——上等じゃねーかっ、やってやるよ。　待ってろ！　ラズボスっ！

　けど……、モモコはパソコンの画面に視線を落としたまま、微動だしないで深刻そうな声で言うんだ。

　——このルール、罠が多すぎる……っていうか、普通にやったんじゃ、絶対クリアなんかできんぞッ、テツヤッ！

　——え”、そう……なの？

　——今のワタシでも勝てないよッ　兄貴にすら勝てるスキもないよ

　——兄貴？　あぁー、この桐島琢磨さんね？　なにしてるヒト？

　——「三友銀行」本店のディーリング室長だよッ！　うちのエースディーラーだよ

　——なに、こんなんじゃ、最初から勝たせる気なんてサラサラないってこと？

　——そう……みたいだなッ　畜生ッ、あのクソオヤジめッ

　僕は、そこでやっと分かったんだ。

　あの時、おかあさまが美味しそうにイチゴケーキを食べだした理由（わけ）が

　——。

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　脚注(＊1) FX取引時の元金入金（出金）について

　一般に個人投資家がFX取引する場合は、「FX業者」を通じて取引（トレード）に参加する。FX業者はインターネットを使ったネット取引専用のWEBサイトを主催しており、個人投資家はまず、FX業者に「口座開設」をし、その個人口座に銀行振込もしくはネット振込等で「投資元金」を振り込むことによって取引がスタートできる仕組みになっている。

　従って、取引で儲けた収益金を「出金」したい場合も、FX業者に開設した「個人口座」から自分名義の銀行にネット経由で振り込む（出金）ことになる。