なんでも擬人化

 エス博士は手元にあるステッキを見ながらほくそ笑んでいる。

 そこへ投資家のエヌ氏がやって来た。

「ごきげんよう、エス博士。おや、なんだかとても嬉しそうですな」

「えぇ、今しがた研究していたものが完成しましたので」

 エス博士は嬉しそうに両手に持ったステッキをエヌ氏に見せた。

「はて? そのステッキが発明品という事ですかな?」

 エヌ氏は眼鏡の焦点を合わせ直して、まじまじとステッキを見つめた。

「えぇ、このステッキはなんでも擬人化ステッキと言いまして、擬人化したいものに向ってステッキを振るだけでなんでも擬人化できてしまうのです」

「それは素晴らしい。試しに何か擬人化して頂けませんか?」

「いいですとも」


 エス博士はテーブルの上にあったリンゴに向かってステッキを向けてボタンを押した。赤いレーザー光線がリンゴに当たり、リンゴがぶるぶると震えだした。

 エヌ氏はその様子をじっと見つめていたが、レーザー光線を当て終わってもリンゴには何も変化が起きた様子はない。

「何も起きませんな」

「いや、そんなことは無いですよ。リンゴを持ってみてください」

 エヌ氏は恐る恐るリンゴを手に取るが、質感、重量共にリンゴとしか思えない。

「やはりタダのリンゴですな。失敗では無いのですか?」

 そう言ってエヌ氏はリンゴを手の上でボールのように上に投げ出した。

「おい、痛いじゃないか。やめてくれ」

 急にどこからか声が聞こえてくる。エヌ氏は投げる手を止めて周りを見渡した。

「ん? エス博士何か言いましたかな?」

「いえ、私は何も言っていませんよ」

 エヌ氏は首をかしげて不思議がっていたが、気のせいかと思い周囲を見渡すのをやめた。そしてリンゴを無造作にテーブルの上に置いた。


「おい! そんな置き方したら痛むじゃないか」

「わっ!」


 エヌ氏は思わずテーブルから離れた。

「リ、リンゴが喋りましたぞ」

「そうでしょうとも、リンゴを擬人化しましたからな」

「そ、そうか。そういうことだったのか。早く言ってくれ、びっくりしたじゃないか」

「いや、リンゴを擬人化すると始めに言ったじゃないですか」

「あ、あぁ、そうだったな」


 エヌ氏は深呼吸をして椅子に座った。

「ちょっと太ってるんじゃないでしょうかねぇ」

 今度は椅子から声が聞こえてエヌ氏は思わず立ち上がった。

「失礼、その椅子は実験の途中で擬人化していました」

「そ、そういうことは、早く言ってくれ。擬人化していない椅子は無いのか?」

「そちらのソファは何もしていませんよ」

 エス博士は奥にあるソファへ案内した。

「ところで、効果は実感して頂けましたかな?」

「あ、あぁ、良く分かったよ」

 エヌ氏は額の汗をぬぐいながら答えた。


「しかし擬人化といってもただ擬人化しただけだと少々厄介ですな」

「えぇ、擬人化する物の持ち主の感情が反映されやすいみたいで。その点はこれから課題として残っている所です。なかなか難しくて困っている所ですよ」

 エス博士は顎に手を当てて少し難しそうな顔をした。

 エヌ氏はその横でゆっくりと息を整えていた。いろんな発明品を目にしてきたエヌ氏もさすがに今回はびっくりしたらしい。


「他にも困ったことがありましてな、資金がそろそろ尽きてしまいそうなんです」

 エス博士はそんなエヌ氏を横目に話を続ける。

「それは困りましたな」

「どうかエヌ氏、ご協力をお願いできませんか?」

「いやぁ、凄い技術なのは分かったのですが、何の役に立つのかまだ見当がついていません。何かお考えはありますか?」

 エヌ氏はエス博士をじっと見つめた。

「そうですな、例えば物を無くしても持ち主以外には使わせないとか、いちいち設定しなくても口頭で決められるというのはどうでしょう?」

「ん~、確かに役には立ちそうだが……」

 エヌ氏は目を閉じて考えている。

「それではどうでしょう? エヌ氏の財布に聞いてみるというのは? エヌ氏の財布ですからエヌ氏の気持ちを良く汲み取ってくれていると思いますよ」

「そうか、それは面白いな。私も興味がある」

 そう言ってエヌ氏は自分の財布をテーブルの上に置いた。

「行きますよ」

 エス博士が赤色のレーザーを財布へとステッキから照射した。

「さて、これで擬人化は終わりました」

「では、私の財布よ。エス博士の研究に投資する価値はあると思うかね?」

「はい。エス博士の研究は是非完成させるべきだと思います」

 それを聞いてエス博士はパッと明るい顔になった。

「ははは、これはやられましたな。分かりました。エス博士の研究に資金を提供しましょう」

「ありがとうございます」

 エス博士は深々と頭を下げた

「面白いものを見せて貰ったよ、研究結果を楽しみにしているよ」

 そう言ってエヌ氏は去っていく。


 エヌ氏を見送ったエス博士は研究所でほっとしていた。

「いやはや、エヌ氏の財布には助けられた。とはいえ元々は私が上げた絶対に盗まれない財布なのだから、元々は私の所有物なんだよな。その財布だから私の研究にお金を出そうとするのは当然と言えば当然かもしれない。あの財布を作っておいて良かったよ」


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