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 塔の一階、エントランスにあたるホール部分は天井が高かった。薄暗い空間には火の気もないが、バーチャルのお約束で仄かな光源に照らされていた。奥には石で出来た大きな二枚扉があり、持ち帰ったクリスタルの力で開閉される仕掛けになっている。アキラが手の中の宝石を掲げると、光を放って宙に浮き、扉の中へと吸い込まれた。

 音もなく石の扉は開かれた。

「よし、出発だ。」

 冬夜たち二人が秘薬を口にしている間に、フォードたち古参連中は武器を抜刀して闇の奥へと進撃していった。

「ちょ、まだ飲んでんのに、」

「早い、早い、ちょっと待って!」

「ゆっくりおいでー、」

 古参の誰かが捨て置いた台詞だけが残った。


 さすがに魔法の一撃で済むレベルのダンジョンではないから、二人は途中で古参たちに追いつく事が出来るだろう。広いダンジョンスペースのこの塔は、普段ならマーキングをして後日に続きが出来る仕様になっていたが、さすがに今日のようなイベントの時にはその機能は停止されているらしかった。

 ホールを抜け、階段を登りきると見晴らしのよい階上のフロアに出る。すでに二階部分は空っぽにされて、何も残ってはいなかった。ここのエネミーが落とすドロップ品は古参連中でも使える有用なものが多いからか。経験値はものすごい勢いで貯まっていき、追いつくまでに立て続けでレベルアップの知らせが鳴った。

 カラのフロアを横切り、階段を登り、そうして五階に上がったところでようやく二人は一堂に追いついた。

「早かったな、二人とも。フロアにはまだ入るなよ、流れ弾で死ぬぞ。」

 フロア出口近くに陣取っていたフォードが声を掛けて、入ってくるなと二人を押し止めた。言いながら自身は渾身のチャージ・ショットを天井近くの敵に射掛けていた。

 十人以上の乱戦というものは釣りイベント以来だ。フロアではいつものおサルやゴブリンなどとは違う、人型のエネミーが黒い翼を広げて古参たちの相手をしていた。魔族という設定だが、見た目は天界の使者といった風情であり、どこか権威じみた派手な衣装に身を包んでいる。プレイヤーより幾分大柄で身長が2メートル以上はあるだろう。黒い巨大な翼を広げた姿はいかにも居丈高に見えた。

「天の意志に刃向かう愚か者どもめ!」

「下等な人間風情が、我らに仇為すとはな!」

「身の程を知れぃ!」

 三体のエネミーは連携プレイで強力な攻撃を繰り出している。それでもここに集まったプレイヤーたちには大した痛手も与えられはしなかった。彼らの台詞と相まって、その様子はどこか滑稽だ。

「蹂躙されてる方が偉そうってさ、」

 同じ事を考えるのだろう、アキラが振り向いて言った。

 バーチャルでなければ、彼等が作り物でなければどういう行動を取っているのだろう。逃げ出しているだろうか、ヤケっぱちになっているだろうか、天に祈っているだろうか。作り物と解かってしまう彼らの予定通りな行動のお蔭で、プレイヤー側も安心して遠慮なく戦えているのは確かだった。

「おぉのれぇぇ!!」

 断末魔と共に、最後の一体が煙と消えた。


「ご苦労さん、もう入っていいぞ、二人とも。」

「そのうちカモる事になる連中だからね、ちょっとは参考になった?」

 なにかと親切だった古参の一人がフォードの横から顔を出して二人に言った。ここは他にはない程の世知辛いゲーム世界だが、協力し合う時には皆が打って変わって親切だ。

「皆があんまり強くって、ぜんぜん参考にならなかったー。」

 笑いながらアキラはフロアへ踏み込んだが、冬夜は一瞬だけ躊躇した。一歩を踏み込むために勇気を振り絞らねばならなかった。違和感を感じていて、心の隅に押しやられた理想が、こんなものは違うと騒いでいた。

 強くなるための手段など、なんだって構わないはずだ。結果的にこれで強くなれるなら、何を拒む必要があるというのか。自身のことなのに途惑いが生まれていた。

 協力し合うことを否定するわけじゃない。なぁなぁの関係を嫌っているわけじゃないのに、むしろ羨んでいるくらいなのに、自身が享受する段になると躊躇する。根本的にこういった関係が苦手なのだと頭では理解出来ても、自身の融通の利かなさを受け入れることは難しかった。


 ソロと協力プレイの違いなど、考えるだけ馬鹿馬鹿しいものなのだろう。やってる事は同じだ。同じように同じ敵を倒すのに、ソロでやるか多人数でやるかの違いだけで、大きな隔たりはない。ソロでやれればそれは一目置かれはするが、それだけの話だ。多人数でやった方が楽に倒せるし、時間も短縮されるし、何より合理的だ。だが、冬夜は拘ってしまうのだ。楽をして倒すことには意義を見いだせなかった。

「どうかしたか?」

 難しい顔をしていたのだろう、見返すフォードは心配そうだった。

「あ、いえ。なんかあんまりにも実力が違いすぎて、本当に追いつけるのかなって……、」

 ちょっとした愚痴と受け取ってくれはしないだろうか。わざと苦笑を浮かべて冬夜は答えた。

 笑みが浮かぶ。フォードは軽く受け止めてくれたらしかった。


「安心しろ、順風満帆な人生なんぞありはしない。」

「そうよぉ。なんで自分ばっかりって思うかも知れないけど、蓋を開けてみたら、皆おんなじって感じなんだからー。」

 エルフ族の女性プレイヤーが言った。

 この世界は弱肉強食の色彩が強烈だから、エルフである彼女が成長を続けることは大変な作業だったろう。エルフであるからこその言葉の重みが、含まれていた。

「あたし強くなったじゃーん、て思っててもさ、現実はもっと強い奴がうじゃうじゃしてるし。ソイツ等に狩られて、やっぱりまだまだだったって思い知らされるのは悔しいもんよ。いつになったらアイツ等に追いつけるのよっ、て。」

「誰もが感じる焦りだ。お前さん等だけじゃないよ。」

 フォードが言った言葉を、冬夜は曖昧な頷きで受け止めた。本当は誰もが同じように、強くなりたいと焦っているのだろう。強くなる手段に貴賤の差などないのだろう。どちらでも同じ、だが、そうは思えないという頑固者が自分だ。おんぶに抱っこで手に入れた強さなど、強さだと認めたくない。


 妥協できない。

 思えば、ケーコのこともそう。学校でのあのムカつくエピソードにしたってそうだ。

 妥協できない自身は頑固者だ。


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