43 うそつきとひとりぼっち

 トウヤに対して、ちょっとした意趣返しがしてやりたいと思っただけだった。それだけの理由で、嘘を吐いた。あまりにもトウヤが厳しく責めるものだから、そして、それが事実で受け止め難かったからだ。ちょっとした反抗心が芽生えたのだ。


 剣の刃はきっとリアルでは有り得ないほどに磨き抜かれている。刃こぼれなどなく、血のりもありはしない。そして、同じく現実では有り得ない智之の顔を刀身は映し出していた。あばたも脂肪もない、すっきりとしたハンサムな顔。いじけたガマガエルは影すらなかった。作り物の世界に、作り物の自分に、もう一つくらい作り物を付け加えたところで罪にはならないはずだ。

「ほら、」覗き込んだ刃に映る男の目が妖しく誘う。「ボクのカノジョだし。」嘘を吐いた。

 剣に映る、とても綺麗な造形をした自分の顔が仮初めの勇気すら与えてくれる。その優しい微笑みの後ろでは、恋敵のプレイヤーキャラが明らかな動揺を見せていた。

 威圧的とさえ取れる自信満々なプレイヤー、トウヤ。智之とは真逆のタイプで、実力に裏打ちされた彼の自信には陰りがなかった。ギルドの先人たちに引率されないとマトモに戦えない智之と違い、ソロでも充分に相応の敵とやりあえる実力を持っているだろう。

 智之はトウヤに睨まれただけで萎縮してしまう。それが今はほんの僅かとは言え、立場が逆転したような気にさせてくれる。狼狽えたトウヤの表情を刀身に映して観察する、冷たい歓び。ほんのささやかな満足は後ろめたさや惨めさを孕んでいた。


「いつも仲良くしてもらってるって聞いてたからね、やっぱり一度くらいは話しておかないといけないかと思ったんだ。」

「ふぅん、」

 トウヤは素早い立ち直りを見せて、次の返事では平静に戻っていた。

「ボクのこと、何も聞いてなかったんでしょ? ごめんね、彼女はリアルとゲームは別物にしときたいみたいでさ、君もあんまりリアルの話はしない派だよね?」

「アキラが女だってことも今初めて知ったよ。それがなに? 別に関係ないだろ。」

 些細な優位はこれでまたひっくり返った。

「うん、まぁ、そうだよね……、そっか、トウヤたんもあんまりリアルは気にしない人なんだ。」

「だからそのトウヤ"たん"っての、やめろ。」

 怒りだしてしまったが、どちらかと言えば照れ隠しなのではないかと、ふと智之は気付かされた。多分に勘違いの向きがあるのだが、智之は実際経験に乏しく自身の感覚でしか物事を判断出来ない。経験不足が両者の齟齬を生み出すことになる。智之から見たトウヤのキャラクター像はこの時から、照れ屋でぶっきらぼうな天邪鬼というイメージに切り替わった。顎をしゃくってトウヤはさっさと帰投するが、この時も智之の事情など聴きもしなかった。

「ボスも倒したし、もう引き揚げようぜ。俺はそろそろログアウトの時刻だ、ここでお別れしとくよ。」

「そうだね、」答えてから、慌てて智之は顔を上げた。

「あ! トウヤたん、友達申請出してもいい? もし良かったらボクと……」

 返事を貰うことは出来なかった。トウヤはさっさとダンジョンから出てしまい、パーティもそれに連れて解除になっていた。ダンジョン攻略の為に組んだパーティは、離脱すると自動で解除されてしまう。

 聞こえなかったのだろう、きっと。友達リストに載せておけば、互いにINした時間が解かったり、通信が使えたりして便利なのだ。誰かとつるんでのレベル上げが基本だと思っている智之は、誰もが友達を増やしたがるものだと信じ込んでいた。

「あはは。じゃ、ボクもそろそろ出ようかなっと。」

 間が持たずに呟いた台詞が、ひとりぼっちの広間に転がった。


 クリアしたダンジョンを脱出する方法は簡単だ。ボスを撃破したらその奥に、隠されていた秘密の小部屋が現れる。その部屋へ移動することが、そのままダンジョンから出るための行動だった。広いボス部屋を横切り、小さな扉の付いた門戸を潜って次の間へ出る。小部屋の中央には光の柱が天井へ伸びていて、その光の中へ立つだけでダンジョンの外へ運ばれた。

 一瞬、青白い光が視界を遮り、瞬きの間に地上へ。王都を見下ろす丘の頂上、巨石のサークルの周囲は閑散としていたが、攻略に出掛ける何名かのプレイヤーが作戦会議をしていた。数名の視線はちらりと智之に向かい、すぐに逸らされた。智之は背筋を伸ばしどこか得意げに胸を張る。まるでソロ攻略を終えたばかりのようではないか、視線を投げかけられた意味もそうなのかも知れないと思うと気分は晴れやかになった。


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