36 すないぱー・しょっと

「トウヤ、ヌシが釣れたらさすがに代わってよね、」

 アキラが釣り竿を投げながら言った。分析を待たねばならないが、そろそろ出てきてもおかしくない時間だとその声で気付く。

「そうだな、」

 答えようとした時にまた大きな歓声が沸き上がった。今度は対岸で遠い。さきほどから魚竜は何度か上がっているからもう騒ぎにならない、素早く目を配った先、真正面の対岸でまたヌシが大きく跳ね上がった。黄金の巨大な魚は見たこともない種類のもの、ゲーム世界のオリジナルらしく、長い尾が虹色に輝いていた。金魚の尾を持つ鯉といったところか。湖は騒然となり、一瞬遅れてあちこちから攻撃の魔法弾や矢羽が向こう岸へと殺到した。対岸では手が出ない。ヌシをポイントにされたら、大差が開いてしまう。

「向こうで釣れたか! サイアクだ!」

 レオが口惜しげに叫ぶ声が背後に聞こえた。


 冬夜は素早くスキルを唱え、遠望に切り替える。弓師の特殊スキルだが、制限はないから古参連中は誰でも持っている。狩りに便利なスキルは誰でも一通り揃えるものだ。視界が双眼鏡で覗いたように近くなった。

「くそっ!」

 フォードの放ったスナイパー・ショットは盾に防がれた。向こうで騎士がニヤリと笑うのが見えた。遠方を見れば望遠レンズに、近くを見れば裸眼にと、自動で視界は自在に切り替わる。

「もう一丁!」

 いちご姫が構えている、こちらには三人の弓手が居るのだが、それだけに対岸の警戒は厳しかった。冬夜はそろりとレオの背後へ移動した。レオの背負う盾は大きくド派手だ。その影から、狙いを付ける。またしても誰かの放ったショットが護衛の盾に防がれた。騎士が二人で左右からサポートしており、万全の態勢に見える。

「これはどうにもならんか、……て、トウヤ、何してる?」

「しっ、普通にしてて下さい、」

 機会をじっと待つのはお得意だ。アキラとの連携で慣れている。狙うべき見当も付いていた。鏃の先の視界には対岸、ヌシと格闘する新人の姿が。狙撃を遮る二枚の盾の動きを視界の片隅に観察する。降り注ぐ魔法弾はことごとく隣に陣取る二人の騎士にぶち当たるばかりで、新人には掠りもしない。盾は絶対防御のスキルを用いているのだろう、一枚が横からの攻撃に自動対応した。もう一枚が正面の矢を防ぐ。





(スキルvsスキルの戦いである説明。熟練度がものを言う世界、アキラとトウヤは特化型の中でも極端に武器を限定させた育て方の専業特化と呼ばれるモノ。それぞれ槍と弓以外の武器はからっきし。不便だから普通は他のも上げているもの。)





 矢を防いだ盾の動きが、冬夜の視界の中だけはスローモーションへと変化した。ゆっくりと降りていく盾が、釣り手のカバーから一瞬だけ外れていく。スキルの正確な動き、その間隙を狙って。水面は盛り上がり、ヌシが何度目かのジャンプを試みようと浮上していく最中――

 ショット。

 湖は一瞬、静まり返った。

 ヌシを釣ったはずの新人が肩を押さえてひっくり返り、ヌシを縛る釣り糸がその拍子にぷつりと切れた。呆気にとられた騎士二人の表情、倒れた新人を見た後で対岸へと向けられた。冬夜はすでに弓を仕舞って、レオの後ろに隠れている。強そうな古参二人に恨みなど買いたくない。けれど、隠れた背中のレオが挑発的な微笑を浮かべていた事にまでは気付けなかった。

 大歓声、あるいは阿鼻叫喚。湖は騒然とした騒ぎに瞬く間に戻っていった。


「よくやった、トウヤ! このさき六時間は安泰だな。また釣りに精を出してくれていいぞ。」

「え、ヌシってもう出ないの?」

 釣った魚を外し、釣り竿を投げながらアキラが質問した。どうやらまだWikiに当たっていないらしい。URLは教えてやったのに、と冬夜は口を尖らせた。ググれカスな質問にはレオが丁寧に答えている。

「ヌシが出るサイクルは決まってるんだ、タイムテーブルが明日にはWikiに載せられるだろう。だが、一度でも竿に掛かったら、その日はもう出ないんだよ。今までのイベントでもそうだったから、今回もたぶん同じだろう。ゲーム時間の一日一回、イベント期間の一週間、二十四回のチャンスだ。ヌシは一匹で500ポイントだからな、大逆転だってありえるんだ。」

 ヌシの争奪戦は毎回、最初の陣取り合戦を上回る激戦になると冬夜も聞いたことがあった。

「けどさぁ、ヌシはポイント高いけどカウントでは一匹なんだよねー。だから、面倒だからって釣れてもわざと切っちゃうトコもあるんだよ。争奪戦で時間食うのが勿体ないって。」

 ヌシが釣れたら、古参は全員そっちへ取られてしまう。新人は戦闘が終わるまで釣りの手も休めて陣地取りで座っているだけになってしまうのだ。総力戦に自信のないギルドであれば、それを嫌うのは当然かも知れない。


「ところでお前ら、時間は大丈夫か?」

 レオが何気ない調子で尋ねた時、二人は互いの顔を見合わせた。

「いっけない、忘れてた!」

「今、何時ですか!?」

 慌てて二人は帰り支度を始めた。


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