34 つりのだいごみ

 人を縫って近寄ってきたビキニエルフの"いちご姫"が、さもひと仕事終えましたという顔で二人の傍へしゃがみ込んだ。いちごの国の姫君という長いキャラネームは好き放題に省略されるらしく、冬夜たちは「いちご姫って呼んで!」とご指名された。彼女は不安げな二人に微笑み、水鉄砲の直撃を盾で防いだギルマスに、回復魔法を素早く掛けた。トウヤが掛ける一回分の何十倍あるだろう、一回で全回復してしまう。ついでに防御力アップの補助魔法もかけて、改めてレオの後ろの影に隠れた。

「配置的に損な場所だけど、一番レベルが低い君等をここに据えるのがもっとも安全なのよ、含みがあるわけじゃないからね。」

「こらー、人を防波堤にして楽してんな!」

「こっちの二人が不安そうにしてるから、説明してあげてんじゃん。ギルマスは黙ってカカシやってりゃいいのっ。」

 笑いながら酷い事を言った。バーチャルだから、もちろん攻撃を食らえば痛いのだ。

「釣りイベ初めてでしょ? えっとね、魚竜は引っ掛かっちゃったら最後、必ず釣れちゃう厄介なヤツで、あっち見れば解かるようにアタシたちみたいな古参でもちょっと苦戦するくらい強いからね。」

「はい、知ってます。一応、事前に調べといたんで。」

 冬夜が答えると、アキラが驚いたような顔を向けた。

「え? Wikiに載ってた? さんざん調べたけど、ぜんぜん解かんなくって諦めたよ。」

「イベント専用の分割データベースがあって、ちょっと解かりにくい場所なんだよ。」

 答えたタイミングで手応えがあった。ウキがぴくりと震え、水中に引き込まれる。

「おっ、」

「きた!」

 アキラの方が嬉しそうな声を上げた。


 バーチャルリアリティの醍醐味、この手のイベントは掛け値なしにリアリティ重視で本当に釣りをしているような感覚だ。スキルなど何の役にも立たず、己の生の感覚と腕前だけが頼りとなる。

 魚竜以外は当然糸を切られてバラしてしまう事もあるし、空き缶や長靴が釣れることもある。また、根掛かりや、他人の釣り糸と絡んで仕掛けが滅茶苦茶になる事さえあった。どこまでもリアルに沿って作られている。唯一、後ろの誰かのほっぺたを釣り上げるというような事故だけは起きないようになっているくらいだ。

 アキラへアドバイスした通り、冬夜は自身でも慎重にアタリを合わせる作業に入る。小さくウキが沈む分は無視してじっくりと待ち構え、ぴくり、ぴくりと引っ張られるウキの動きを読んだ。そろそろか、沈むタイミングで竿をぐいと引いた。大きくしなった釣竿の先端が、冬夜の腕に水中の重量を伝える。掛かった。

「よしっ!」

「来た、来た、来た! トウヤ、リール巻いて!」

「焦るなって、急ぎ過ぎたらバラされる!」

 リールが激しい勢いで回転し、糸をどんどん吐き出していく。冬夜は竿を伸ばし、魚の動きに合わせて左右へ竿先を流した。旋回するように水中の魚は右へ逃げ、左へ回って突っ走る。糸が切れたらおしまいだ、タイミングを計ってリールの横にあるハンドルを回して糸を巻き取り、魚が動けばまた糸を吐き出す。忍耐強く、何度でも繰り返す。この駆け引きが釣りの醍醐味であり、単純なゲームでは味わえない喜びだ。

 見えない魚の疲労が竿を伝って冬夜に知らされると、逆に冬夜は元気を取り戻した。逃げようとする魚との根競べ、単純なようで奥の深い釣りの醍醐味が見事にバーチャル世界で再現されていた。ギャラリーも大いに盛り上がって、冬夜に声援を送っている。

『ガキの頃、親父に釣り教わっといて良かった――』

 魚の影が黒く浮いた。

「よっしゃ! 慎重にいけ、トウヤ! バラすなよ!」

 レオの声援も加わった。視線を向ければ、隣の喧騒はもう終わった様子だった。魚竜は斃されている。

 いけない、そんな場合じゃない、と集中した時に水中の魚は姿を現わし、大きく跳ねた。

「クロダイ、キター!!」

 心底楽しげなアキラの声とガッツポーズ。

 大物だ。淡水湖に海水魚の謎はとりあえず横に置いておく事にした。


 冬夜が格闘の末に釣り上げたクロダイは、すぐに手を伸ばしてきたサブマスたっくんへとバトンされる。

「よっし、命に代えてもポイントにするからねー!」

 大袈裟とも取れる台詞を残して、たっくんは駆け出した。案の定、強そうな古参たちが追いかけて行く。フイとたっくんが掻き消えて、アキラが頓狂な声を上げた。

「サブマスが殺られた!?」

「違う、違う、チャンネル変えただけ。」

 しゃがみ込んだエロフが笑いながら教えてくれた。

「アキラ、そっち掛かってる!」

「え、ぎゃあ! 掛かった、掛かった! ど、どうしよう、トウヤ、パス!」

 アキラの竿が冬夜に押し付けられる。

「俺に渡されても!」

 必死に竿先を制御しながら、冬夜が悲鳴を上げた。

「あっ、そう言えば試したことないやー。新人が魚引っかけた後で古参に竿渡したらどうなるんだろー?」

 呑気にエロフが呟いた。

「その時にはな、魚に手と足が生えてきて、魚竜に進化するんだ。」

 新人たちの騒ぎをにこやかに眺めながら、ギルマスが微笑んだ。さすが運営、半端ない。釣りの醍醐味はイベント期間が終わってから味わえという、古参イジメも露骨な対応だった。


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