32 じんとりがっせん、さつじんまつり

「ちょ! どーなってんの、これ!?」

「だから言ったろうが! イベント会場は戦場だと!!」

 レオが手にした盾で二人を庇いながら、アキラの疑問に怒鳴り返した。けたたましい破壊音に、怒声、悲鳴が入り混じる。飛んでくる魔法弾は、新人に毛が生えた程度の二人には、即死級の威力ばかりだ。すなわち、高レベル魔導師が無差別にガンガン撃ち放っている。

「まだイベント始まってないじゃないですか!?」

 堪りかねた冬夜が身を低くして叫ぶ。こちら陣営も負けじとサブマス以下が応戦を開始した。

「何を甘っちょろいことを! ウィルスナのイベントは開始前から戦場だ!」

 嫌すぎる。両手で頭を抱えつつ、冬夜は早くもギブアップ状態だった。

「とにかくフィールドマークを付けろ! 復活地点を定めないことには始まらんぞ!」

 慌てて指示に従い、フィールドマーク……復活の際のセーブポイントを指定する。これは復活のお守りや転移魔法で利用されるスキルだ。


 じりじりと移動して、湖のほとりの浜辺へ辿り着く。激戦区へ。そこで再びフィールドマークを付け替えた。湖を背に、ギルマス・レオは盾を構えて二人を両隣へ並ばせた。スキルが発動されており、位置は関係なくレオの傍なら敵の攻撃は無効化されている。すべてレオが引き受けているのだ。

 浜辺の、波打ち際で踏ん張るプレイヤーと、外から攻撃を仕掛けて排除しようとするプレイヤーと。他ギルドの放った強襲部隊を駆逐するべく動く迎撃部隊と。入り乱れて、大乱闘だ。

「絶対にこの場を動くんじゃないぞ、二人とも! 釣り場を死守しろ!」

 レオが怒鳴りつけ、同時に他のプレイヤーにも指示を飛ばす。次々と消えては復活で出現するプレイヤーたち。目まぐるしくて、圧巻だ。


 湖のほとりは文字通りの戦場だった。多数のプレイヤーたちが相手を見定める間もなくPKの応酬を繰り返している。前哨戦、陣取り合戦は熾烈を極めていた。

「新人を殺りに来るぞ! 総員、配置! イベント開始まで踏ん張れ!!」

 形相すら変えてレオが怒鳴りつけ、迎撃部隊が三人に近付く敵のプレイヤーに襲い掛かっていく。魔法攻撃より近接の直接攻撃の方が脅威だからだ。冬夜が見たくもないと思っていた高レベル同士の殺し合いが、恐ろしい威力のスキルを交えてさも当然と展開される。冬夜の目の前で。双剣が炎を纏い、槍先からは大砲のような光球が撃ち出され……皆、鬼の形相で本気の殺し合いだ。幻想世界は魔界と化していた。

 サブマスが問答無用の魔法攻撃を開始する。シリンダーを使った攻撃は本来中堅クラスのボスエネミーすら一撃で倒す威力のはずだ。何の躊躇も見せず、それを人の群れに向かってお見舞いした。

「サキュたん、補助魔法頼む!」

「オケ!」

 詠唱もそこそこに、元から凶悪な魔導師の魔法理力値を底上げする補助魔法が掛けられた。セクシー衣装のサキュバスは背中の小さなコウモリ羽を打ち震わせる。

「はいっ! 当社比3倍!」

「攻撃力3倍のフレイム・ストレージを連射したるぜ!」

 ひゃっはー! 狂乱の殺人祭り。当たるを幸いと無差別攻撃を開始した。

「たっくん、出撃っ! トウヤ、レオさんの回復に専念して!」

 サブマスが自身で出撃宣言をし、冬夜に生き残る為のアドバイスを残して駆け出して行った。


「がっ!?」

 油断したのか、冬夜の隣に居た男エルフが掻き消える。一瞬のことだったが、異なる三方向から同時に火炎弾が飛んできたような気がした。現状、引っ切り無しに魔法弾が飛び交っている状態だから、何処から誰が撃ってきたのかなど解かるはずもなかった。

 冬夜とアキラはギルマスの盾スキルで保護されているらしく、すべての魔法攻撃から守られている。

「トウヤ! すまん、ハイペースで回復頼む!!」

「あ、はい!」

 サポート役を旨とする冬夜は回復魔法のスキルはかなり上げている。それでも廃人クラスの回復役の足元にも及ばなかったが。二人も形相を変え、必死となった。ひっきりなしに回復を掛ける。ギルマスの遣っているスキルは、自己犠牲で二人が食らったダメージを肩代わりするものだ。冬夜もアキラもレベルが低く、最大にダメージを食らってもギルマスからすればたかが知れた数値だ。それでも回数が重なれば、ゴリゴリと体力を削られていく。二人はそこいら中から狙われているらしかった。

「くっ! まだか!? まだ開始しないのかー!?」

 冬夜が回復するよりも削れる方が早い。アキラも低いながらも回復魔法をギルマスに掛け始めた。急にレオが動いた。鋭い弓矢の一撃が、危うくで防がれた。

「舐めんな! スナイパー・ショットが丸見えで通じると思ったのか!」

 対岸に冬夜と同じ弓師が居る。独特の構えは、冬夜もよく使うスキルのものだった。補助魔法を無視してターゲットに届く攻撃だが、騎士の盾で直接防がれてはどうにもならない。だが、このどさくさで撃たれたものだ、レオの観察眼の鋭さにこそ畏怖した。


『皆さん、準備はいいですかー?』

 能天気な女性のアナウンスが空に響いた。

「いよいよ来たか! 耐え忍んだ俺達の勝ちだ!」

 熾烈な陣取り合戦を制したのは冬夜たちのギルド、rabbit tea Partyだ。湖のもっとも良い地点、桟橋を含むエリアを勝ち取った。

 アナウンスが始まるや否や、それまでの殺気が嘘のように、プレイヤーたちは攻撃を中断し駆け出す。陣地拡大の戦争は終結した、それぞれのギルドの拠点へ戻り、イベントへ備えようというのだ。

「今までのって、こっちの陣地を奪いに来てたってこと!?」

 アキラが素っ頓狂な声で叫んだ。

「そうだよ。こっちも隣の陣地削りに掛かってたし。」

 戻って来たサブマスが当然とばかりに答える。腕に装着されたシリンダーからはまだ煙が上がっていた。


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