27 バーチャルとかんこうち

 冬夜は仲間六人と共に駅へ向かう。電車の移動はショートカットで、直接、駅の構内が一瞬で変化する。

 見慣れた駅の構内が消え失せ、代わりに巨大なターミナルが出現した。京都駅だ。


「冬夜、2組のケーコがあんたにアプローチかけようとしてるってさ。」

「うげ。止めてくれ、アイツ、付き合う男を財布かなんかとしか思ってねーじゃんか。」

「だよねー。あんたん家、金持ちだからだよ、きっと。」

「金持ってんのは俺じゃなくて親なんだけどな。」

 七人はぞろぞろと駅の中を移動する。


 バーチャル世界の存在しなかった昔から、人々の興味にはさしたる変化がない。恋と仕事と将来。情報伝達のスピードは格段に進化したため、もはやプライバシーも何もあったものではなかったが。

「ケーコと付き合ってた先輩、万引きで補導されたっていうじゃん。ヤバいぜ、アイツも。本人がそのつもりなくても、おねだりが過ぎると犯罪教唆になるかも知れないっての、知らなかったのかなぁ。」

 冬夜の隣を歩く男子学生が言った。彼の家庭はVR機材を持たないため、お試し用のキャラ枠を使いリアルのままの姿だ。本人はネットカフェからの参加だろう。21世紀初頭、相次ぐ洗脳による犯罪に対応する法律が制定され、いわゆる"唆し"に関しての罪が厳罰化された。直接自身が手を下さなくとも、受ける利益が実行犯より大きい場合には示唆した者のほうが重い罪に問われるというものだ。学校内におけるイジメ問題にも適用され、聖域とされた学校が警察の管轄に入る遠因ともなった。


 学校・職場にもバーチャル技術は利用され、制限の5時間とは別枠としてさらに5時間が追加されている。学校では主に、危険の伴うスポーツの初期習得段階などの授業として使用され、職場では遠方者を対象とする会議などで使われる。かつては事故の多発した柔道や水泳の授業は、より安全なものとなった。初心者のうちはバーチャルで、基礎が身に付いたあたりからはリアルで、これらの授業は行われるようになった。

 今、冬夜たちは課外授業で修学旅行の班別行動の計画を練っているところだ。ここは京都市内をそっくり再現したバーチャル空間で、実地での予備テスト中といったところか。観光都市にはシミュレーション用として、こういう疑似空間が用意されていた。むろん、寺社や重要文化財のコピーなどはない。主に外見だけの建物だ。京都の場合、歴史建造物の多くは再現されていない。空白の空き地に看板があるだけだ。現地へ来い、というメッセージだろう。


 どの都市も広い地下街が当たり前となっている昨今、限られた時間内で計画通りに行動するにはシミュレーションが欠かせないものとなっている。冬夜たちも御多分に漏れず、迷子になっていたが。

「地下まで碁盤の目にすることねぇんじゃね?」

 地図を広げ、左右を見回して冬夜がボヤいた。土地勘のない者に、この独特の感覚を必要とする街は厳しかった。どっちを向いても、同じ地下通りに見える。優秀なナビゲーション機材ももちろん存在するのだが、学校は無駄にサバイバルな能力を学生に期待している。昔ながらに紙の地図を片手に目的地を巡ることも、昨今は授業課題の一つに上げている。

「ホテルに……、ホテルに辿り付けない……、」

「おかーさーん、もう帰りたいよー。」

 彷徨う事二時間弱、バーチャル空間で遭難するのは修学旅行を控えた学生たちだけである。風物詩と言えた。


「トウヤたん……、IN時間は午後6時から8時、時々は一時間ずれ込むから……、」

 たぶん、トウヤは学生だ。晶と同じ。そうアタリをつけて智之は目を閉じる。今日は晶がINしないことを確認していたから、いわば絶好のチャンスなのだ。

 トウヤに会う。会って何を言うか、どう話しかけるのか、そんな事をシミュレートしようとして、けれど何も浮かばず迷うばかりで。言いたい言葉など一つきりだ。

「トウヤたん。ぼくのあきらたんを、盗らないで。」

 ストレートには言えない。晶は智之のことなど何とも思ってはいない。むしろトウヤが好きなのだ。

 焦りが、嫉妬が、どす黒く焦げ付いて、肺の中に煤けた煙を充満させていくような感覚がある。痛くて、息苦しくて、勝手に涙がこぼれた。


 トウヤはたぶん、あれが元々の顔なのだろう。ほとんど弄っていない素の顔だ。昨今の技術進歩は目覚ましい、いくら誤魔化そうとしても写真一枚で化けの皮は剥がされる。バーチャルの世界でどれだけ自分を飾り立て整形しようとも、リアルの自分と切り離して見てくれる者など殆どない。バーチャルの顔写真一枚からデータ改ざん跡を修正し、元の形状へ戻してしまうツールも広く出回っている。バーチャルのデータはあくまで虚構で、それを基準で物事を考える者など居ない。滑稽なだけ、面と向かって言わないだけで、皆が陰でせせら笑うのだ。リアルで持って生まれたハンデの如きは、生涯付いてまわる。バーチャルの世界ですら。バーチャルは夢の世界なんかじゃない。神様は、不公平だと思った。


 智之はふと思い立ったようにデータベースを開いた。アキラの交友関係が表示される。メールは来ていないし、保存された物もない。交友欄には例のギルドの幹部数名の名が記され、一番上にあるのは、当然のことだが、トウヤだった。数名の名前は明るい色で表示され、他は暗い色。今INしている者は明るい色で名前が表示されるのだ。トウヤの名は、暗い色だった。

「トウヤたん、居ないのか。」

 がっかりしたような、ほっとしたような。そして唐突に疑念が浮き上がる。晶も用事があって今日はINしないと言ってきた。これは、果たして偶然と呼んでいいのだろうか。

 まさか、二人はリアルでも会うほどに仲が進展しているのか。いや、そんなはずはない、と。晶には内緒で、ログを徹底してチェックしてきた智之の勘では、二人は未だに互いが何者であるかさえ知らないはずで、リアル情報を聞くことを躊躇しているはずだった。けれど、疑いというものは、一度芽を出してしまえばあとは成長するばかりだ。晶を、トウヤに会わせたくない、そう考えはじめていた。


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