21 きねんBOX

 同じ頃、トウヤはちょうど都合よく揃っていた両親からこってりとお小言を貰い、ようやく解放されたところだった。これに懲りるかと言えばまったくそんな道理はなく、さっそくとPCを使い、掲示板の情報を収集し始めた。さすがに親からは隠れて、ゲーム用のモニターではなく携帯端末を使っている。リアルの科学も日進月歩だから、いずれゲーム世界同様に万能自在な携帯端末が登場するのだろうが、今はまだ先の話だ。薄くなったとはいえ、カードサイズにまでは軽量化されていない。自在に大きさまで変える技術はまだないから、小さすぎても不便なのだ。ゲームから戻る度にリアルが田舎臭く感じられた。操作法もゲーム程スマートではない。とにかくと、不満を片隅に押しやって、冬夜は意識を切り替えた。

 アキラに知らせる前に例のギルドを詳しく調べておきたい。一時的に身を寄せただけのつもりが強圧的に繋がれてしまうという事も充分考えられる。雑多な理由により新人を欲しがるギルドも多い。運営側が、イベント以外にも常に新人が居ないと不利になるように仕向けてくる部分がある。


 ゲームビジネスでは古参が居付いてくれる以上に、新人が多く加入してくれる方が運営には在り難いらしい。新規加入を呼び込む為に、古参が苦労して入手したかつての伝説的宝具をイベントでばら撒いた事すらある。古参プレイヤーと新人プレイヤーを秤にかけて、新人を取るゲームタイトルはとても多いのだ。いや、それがセオリーとさえ言われた。

 運営にしてみれば、新人も増えるし、不正の抑制にもなるし、インフレ対策にもなる、お得な手段と言えるのだ。やられるプレイヤー側にとってはいい迷惑だったとしても、実害を蒙るのは運よく入手を果たしたごくごく僅かな人数だけだ。そんな極少数の意見などビジネスの前には薙ぎ倒されてしまう。常に試行錯誤の運営陣は、あの手この手の延命策を弄しながらゲームビジネスをなんとか回していこうと努力する。その努力が時としてプレイヤーに多大な損害を与えたとしても。運営の代理人たる預言者は言う。

『過去の栄光に縋るべからず、常に未来の冒険に身を馳せよ。』

 イベントのトップページを飾る金言を眺めながら、肘杖をついて冬夜は画面を操作する。

「ガタガタ言わずに課金しろって意味だよな。」

 口を尖らせて、一人呟いた。


 最近、このゲームではイベントの度に記念BOXなるものが売り出されるようになった。中身はかつてプレイヤーが多大な労力を払って入手したレアモノの武器たちだ。それが、ハズレアイテム数十種類と共にランダムで出現する仕組みになっている。今回の釣りイベントならば、魚を釣り上げてNPCに引き渡すとラッキーコインという金貨一枚と交換してもらえる。そのコインとリアルマネー100円で、BOXを一つ買う事が出来るといった具合だ。ユーザーの掲示板では、現在、廃人プレイヤーの怨嗟の声も生々しい。

 このBOXが出るまで、そのレア武器は本当に一握りの……一つのサーバーに一つしかないというレベルに極少数の激レアアイテムだったのだから。出現確率は非常に低い。誰か暇なユーザーが調べていたが、千人に一人が持つ程度の数という話だった。100円程度のアイテムだからこれは妥当な確率だとされている。だが、サーバーに一人から千人に一人では雲泥の差だ。廃人たちの恨み節ももっともだと誰もが同情したようだった。

『こんな事をしてたらプレイヤーは皆逃げてしまうさ、努力が平気で踏みにじられるんだからな!』

 誰かの予言は外れた。最初こそ運営の暴挙と騒がれもしたが、現状では皆慣れてしまい、そんなものと諦めて受け止めている。

 そもそもサーバーに一人だけなどという無双プレイヤーの存在が消えてなくなる方が数倍小気味良いという声もある。たった一人にだけ許された優越。サーバーの中のたった一つのレアを持つことは、無双だ。優越感に価値を見出した一部のプレイヤーたちはまた、彼らなりの理論で次の激レアアイテム入手に必死になった。

 古いアイテムは次から次へと無価値に叩き落される。そうして新しいアイテムが次から次へと投入され、廃人たちは奴隷の如くにせっせとINせざるを得ない状況へと追い込まれていった。人の、目立ちたい、コンプしたい欲求を巧みに突ついて刺激する。

『憧れのあの武器が、たったの100円で手に入るかも知れない……』

 巧い商売だ。そう思いつつ、冬夜もついつい課金チケットに手を出してしまっていた。レアアイテムはやっぱり欲しい。始めたばかりの初心者には、サーバーに一つだろうが、千人に一人だろうがレアはレアだ。例のギルドから思いもよらぬ誘いがあったおかげで、夢が広がった。


 たぶん、アキラは良い顔をしないだろう。それが当面の問題。ギルドの情報を拾うのは簡単だった。過去に掲示板で暴れているから、その当時の記録もついでで読み返しておく。ギルマスは穏当な人物だが、反してサブマスは喧嘩っ早いだとか、No3が実はあの時の男エルフだったこと、エルフの癖に即死クラスの攻撃魔法が得意でチーム戦では前衛であること、など。

「エルフって普通は後衛でサポート職だろ、色々メチャクチャだな、このギルド。」

 いや、よく見ればメンバーが揃いも揃って超攻撃型のプレイヤーたちで、サポート専門の者は居ないようだった。冬夜がステイタス・カードを見せた時に目の色を変えた理由がわかった気がした。トウヤは、アキラとのコンビネーションを重視して、サポートキャラに育てている。サポートキャラは地味な役回りだ、育てているプレイヤーも従って数が少ない。

 ざっと画面をスクロールしていて、冬夜は思わず目を止めた。ギルドには階級制度が作られている。ギルマスを頂点に、貢献度によって分けられている。その階級名も自分たちで勝手に付けることが出来た。普通は、軍曹だとか少将だとか、ギルド員の趣味が丸解かりな階級名が付いていたりするが、このギルドではこうだった。

『駆け出しの凡人』『普通の凡人』『残念な凡人』『色々アレな凡人』『超人的な凡人』

 読むなり冬夜は脱力した。


 寄り道ついででギルドメンバーの詳細ページも覗かせてもらう。個人情報と言ってよさそうな記録さえ、ネットの世界ではダダ漏れ状態だ。ギルマスのレオを筆頭に、サブマスは"たっくん"、あの男エルフが"フォード"という名である事を知った。もしかしなくとも車の関係だろう。適当に名付けるのはネットの伝統と言えた。

 あの場に居た他の面子もそれぞれ、ウィッチが"小鳥遊由宇"、エロフが"いちごの国の姫君"、ダークエルフは"わかめ"だった。まともな名前が少ない、少なすぎる。あの場に居なかった他のギルドメンバーも似たり寄ったりのランダム加減だった。装備の他にも、別枠を覗けば細かなステータスまで詳細データを覗けるらしい。指先が少しだけ迷う。逡巡の後、なんだか決まりが悪いように感じて画面を閉じた。もし、このギルドに参加したなら、自分たちのデータもここに晒し上げられる事になるのだろうか。


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