9 べびーどーるとぱんつ

 殺された二人は、最初にこの世界へ降り立った地点にまで戻されていた。ログイン地点は同時にコンテニューの場所でもある。地域ごとにコンテニュー地点は異なるが、初期エリアではダンジョン内でくたばろうが、村の入り口付近でくたばろうが、必ずここへ戻される。チュートリアル・フィールドの断崖はすぐ先にあり、若草の生い茂る草原が広がっている。

 冬夜は裸同然の格好で中空に現れた。受身も取れぬままに、どすん、と落とされる。敵からの攻撃の余波が残っていて、大の字に伸びたまま身動きも出来ずに居る。息が詰まるほどの衝撃を食らい、文字通り息の根を止められた。だが、気分は爽快だ。満足げな笑みを湛えている姿を他人が見たなら、被虐趣味とでも思うだろう。それは半分当たっていて、戦闘とも言えない一方的な殺戮の場面を思い出すだけで身体が熱く震えだす。笑いだしたいくらいの彼の心境を理解する人は少ないだろう。


 いつかは、俺も奴等になる……!


 到達目標の一人が、思う以上のバケモノであってくれた事が嬉しくて堪らない。自然に笑いがこみ上げてきたところで、もう一人も転移されて来た。冬夜の寝転がるちょうど隣に、目を覆いたくなる姿となったアキラが。男はトランクス一丁、女はベビードールにボクサーパンツ。さすがにブラとショーツのみという格好では倫理委員会が黙ってはいないという事か。それでも女性に免疫のない冬夜などにとっては十分目の毒だったが。尻から着地したアキラは、転げまわって痛がっていた。

 VRMMO、テスト段階では数々の問題点が指摘されたが、その一つに痛覚の問題がある。怪我を負うような衝撃を受ければ、痛い。この「痛み」の許容量には個人差があり、一律にしてしまうと、片方で死者が出る危険性があったのだ。結果、刺される痛みは現実の痛みとはほど遠くなった。それが、後に大きな社会問題を引き起こすのではないかと危惧されている。


「やっぱ古参は強いな、アキラ。」

「金掛けてりゃ、当たり前。」

 素直な感嘆に、やはり彼女はひねくれた答えしか遣さない。瀑布の轟音は音声を抑えてあり、吹き渡る風は心地よくて、このまま眠ってしまいたい欲求に駆られる。冬夜は仰向けでぼんやりと空を眺め、アキラはうつ伏せて上半身だけを肘立ちに支えて長い足は投げ出している。その辺の草をちぎっては風に飛ばしていた。


 バーチャルリアリティのネットゲームは近年になってようやく実現した。話題性はある、けれど手が届かない高嶺の花だ。このタイトルがリリースされたのも一年近く前になる。ベータ版からのプレイヤーとの差は、さきほど見せつけられたばかりだ。

 平均水準よりは裕福な家庭で恵まれているはずの冬夜でさえ、参入するのに一年遅れた。企業は譲歩するつもりはない、VRと付かない旧来のMMOはこれからどんどん消えていくだろう。ビジネスに追いたてられながら、プレイヤーはVRへの移住を余儀なくされる。後になればなるほど、先発組との格差は開く。そういった未来図まで頭に思い描いて、冬夜は必死にアルバイトをしたのだ。今ならまだ先発組に入れる、後続に入ってしまえばどう足掻いても縮みようのない格差に組み込まれてしまうから。結局のところ、現実もバーチャルも、大した違いなどない。


 なにげなく、冬夜は隣の美少女に目を向けた。相変わらず草をちぎっている。面白くなさそうなアキラの表情が気になっていた。何も聞けはしないから、結局は黙って空を見る。ゲームの中だけの関係性は、プレイヤーを奇妙な臆病者にした。リアルの情報は何も言いたがらない者も多く、必要なしに聞きたがる者は直結厨として嫌われる。下心を勘繰られ、陰で蔑まれることをプレイヤーたちは恐れた。リアルになどあまり関心を持たぬ事が暗黙のルールだ。VRは恋愛用には作られていない。五感が再現されるといっても、生殖器に関しては男女ともツルツルだ。無用だから。誰も他人のリアルには立ち入らない。だから冬夜は相棒の現実を、何一つ知りはしなかった。彼女が本当は男なのか女なのか、年は幾つで何処に住んでいるのかさえ。

 高価な機器を必要とするゲームに参加しているくらいだから、それなりの家庭環境には違いない。銀行にあった白銀の鎧は課金アイテムでかなり高額だ、恐らく大学生以上だろう。自分のようなラッキーな事情があったとしても、アイテムまで持てるとは考え難い。あるいは、よほどに金持ちなのか。勝手な推測で、けれど自身とさほど変わりはしないと思っている。ただ、他のプレイヤーを見る時の、アキラの陰鬱とした瞳が嫌な予感を掻き立てもした。


 勇壮な自然をバックに、ログイン地点には珍しく誰の影もない。下着姿の男女が一組だけだ。気まずい、と冬夜が思う間もなく、突然アキラが突拍子もない行動を起こした。頭の上で両腕をぴんと伸ばして手を組み、円錐を表現したかと思う間に。

「ごろごろー、」

 ログイン地点の草原は、なだらかだが坂になっている事を忘れている。ほどなく、回転は高速を極めた。

「ぎゃー! 止めて、止めて!」

「馬鹿だろ、お前……」

 半身を起こして成り行きを見ていた冬夜は、呆れたように顔を手で覆った。仕方なく起き上がり、駆け足で、転がっていった少女の後を追う。

「目が……目が廻る……、トウヤの馬鹿がっ、止めてくれたっていいじゃん、」

 岩場の手前で止まった彼女は、身体中に若草の切れ端を纏っていた。簡易エルフの出来上がりに見えた。冬夜は手を差し出して、助けてやろうという意思表示をする。けれどアキラはすぐにその手を取らず、じっと冬夜の顔を見上げていた。

「ん? なに?」

 少しの期待が鼓動を速めた。一瞬だけだが。

「ん、なんでもない。」

 結局、アキラは冬夜の手を取らずに自力で起き上がった。冬夜は少し残念な気持ちでその背中を見る。


 背を向けたアキラ。

 彼女の思いは、当然のことで冬夜には見えない。

 憎いんだろうか、冬夜のことが。そう思っている彼女の心は見えない。





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用語説明:

<ベビードール>女性用下着の一種。キャミソールのひらひら版。いや、キャミソールとの明確な区別はない。勝負下着。スケスケだったりひらひらだったりヒョウガラだったり水玉らぶりーだったりする。運営GJなアイテム。ゲーム内でのスケスケ具合は自重されている。

ちなみに男性のパンツはグンゼだったが、度重なる抗議によってトランクスタイプに変更された。【血の涙運動:スローガン「血の涙も大河となれば……!」から】


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