第二章 驚愕 五


「屍喰鬼のことのついでにもう一つ。賀上君、君には知っておいてほしいことがある。君があの廃工場で見た少女。彼女の正体についてだ」

 それは、核心とも言えることだ。そもそも俺が超常の領域に踏み込んだ理由、それこそが、銀の髪と赤い瞳のあの少女を目撃したことに端を発するのだから。

「彼女の名前は月城瞳。君の学校に今日転入生が来ただろ? 彼女もまた、超常の存在だ。彼女の正体もまた超常の存在、その中でも最上にして最強と言われる、超常の王、吸血鬼だ。まあこれは先日少しだけ話したことだがね」

 吸血鬼、か。

 人の生き血を吸い、異能の力を操り、闇の世界を永遠に生きる、あの創作の中にしか存在しえないような吸血鬼が現実に存在する。それが隣のクラスの転入生だった。

 素直に信じろと言う方が無理な話だと思うかもしれないが、屍喰鬼が実在することを身を持ってた意見した後では、むしろ説得力が増していた。

 こうなってくると、先日この男が語っていたやたら壮大な話も、あながちデタラメというわけではないのだろう。

 しかし、ここで一つの疑問が生まれる。

「そもそも朧さんは、どうして月城瞳が吸血鬼だってことを知っているんですか?」

「まあ、話せば色々と長くなるしややこしいんだが、簡単に言うなら私は瞳の保護者のようなものだ。とは言っても血がつながっているわけじゃないし、ただ生きていくと言うだけなら瞳の能力を持ってすれば保護など必要ない。しかし、人間社会の中に紛れて人間として生きるという方法を選ぶなら、理解者というものは必要なのだよ」

「それが、あなただって言うんですか?」

「まあ、その通りだ。そして、君もそうなるかもしれない。正直に言うなら、私が君に対して積極的に関わろうとしているのには理由がある。それこそが、私と瞳がこの町に来た理由でもあるのだよ。私たちはとある超常の存在の情報を追いかけていた。屍喰鬼でも吸血鬼でもない、もっと野蛮で凶悪な存在だ。私たちは人間の敵ともいえるその存在を打ち倒し、この世界に真の救済をもたらそうとしていた。そしてついに、おおよその居場所を特定することが出来た」

「一体、何処に?」

「明君、君の学校だ。人間の姿へと擬態したそいつは、君の学校の生徒として普段は振る舞っている。だが、屍喰鬼よりもさらに凶悪なその化け物は隙を見つけては人間を殺戮し、さらには喰らうのだ。君には、瞳と協力して、それを見つけ出し殺す手伝いをしてほしいのだよ」

「いきなりそんな話をされても、それに、俺に出来ることなんて一体何があるって言うんですか?」

 旧地下鉄での記憶が蘇る。ただひたすら逃げることしかできなかった。超常の存在と対峙したあの時、俺はあまりにも無力だった。

「君は屍喰鬼と接触し、そして逃げ延びることが出来た。それだけでも、それは立派な才能だ。生き残ることが出来るというのは何にも勝る力なのではないかね?」 

 才能と言われると悪い気はしないけど、本当は、ただ運がよかっただけだ。あの時現れた白い化け物が屍喰鬼を攻撃し始めなかったら、俺はあの場所から帰ってくることは出来なかった。まあ、運も実力の中とも言うし、幸運を引き寄せることだって才能には違いないのかもしてないけど。

「これが、私たちが追っている化け物の写真だ。区分で言えば獣化能力者。我々は狼に似た姿に変化することから『人狼ワーウルフ』と呼んでいる」

 朧から何枚かの写真を渡された。

 どれもあまり鮮明なものではない。全身を覆う白い体毛、尖った耳、鋭い爪や牙。その特徴は、俺が旧地下鉄で出会ったあの化け物とよく似てるような気がした。

「先ほどの屍喰鬼や、この人狼など、超常の存在はこれからも君へと襲ってくることが多々あるだろう。そんな時、我々は必ず君の味方となることを約束しよう。そのかわりと言うわけではないが、人狼を倒すための協力をしてほしいのだ。とは言っても、直接戦ってほしいとかそういうわけではない。人狼がどんな人間に擬態しているのか、何処に隠れているのか、そのヒントになりそうな情報を提供してほしいのだ」

「まあ、それくらいなら別にかまいませんよ」

 屍喰鬼やあの白い化け物、獣化能力者を前にしたときに俺が無力なのは今更考えるまでもなく明白だ。俺の味方になってくれるなら、情報提供ぐらいいくらだってするつもりだ。

「ありがとう。それからもう一つ、瞳の友人になってもらえないかね? 彼女が吸血鬼だということは隠し通さなければならない秘密だ。瞳もそのことは理解しているし、どう振る舞えばいいのかは心得ている。だが、それでもやはり理解者が多いに越したことはない。それに、君と瞳の間に何らかの接点があった方が、君のことを自然に守ることが出来る。表面上でも友人に見えればいいのだ。それに、その方が情報の伝達もスムーズに行える」

「わかりました。努力してみます」

 正直に言って転校してきたばかりの隣のクラスの女子といきなり友達になるなんてことは、俺にとってはあまりにも難易度の高すぎる頼みだ。それでも、何とかうまくやるしかない。

「獣化能力者の人間形態の写真も一応ある。ただ、こっちはさらに不鮮明だ。しかし、君が見れば、あるいは誰なのかわかるかもしれない」

 確かに不鮮明な写真だ。夜に、しかも望遠で撮った写真なのだろう。ぼやけてしまっていてわかりづらいけど、辛うじてその被写体が人間の形をしているということはわかった。

「確かにこれだけじゃよくわからないですね。でも、何かわかったら連絡します」

「ありがとう明君。私たちも出来る限り君の力になることを約束しよう。そのことは後で瞳にも伝えておく。君の協力さえあれば、この世界に大いなる力による救済をもたらすことが出来るはずだ」


×××


 俺は喫茶店から出ると帰路に就いた。駅で屍喰鬼の気配を感じることはなかった。それが朧の言っていた『協力』によるものなのか、それともあの人狼のせいなのか、そこまではわからない。

 家に帰ってからは、改めて朧から渡された写真をよく見た。とはいえ、そう簡単に何かを発見できるわけもない。そんなことはわかっているはずなのに、何故か奇妙な胸騒ぎがする。後少しで気が付いてはいけないような何かに気が付いてしまいそうな、そんな漠然とした予感がする。

 朧から渡された写真、特に、人間が人狼へと変化している、まさにその瞬間を捕らえた写真を、俺は何度も注意深く観察した。

 夜の闇の中を誰かが走っている写真だ。服装から女性であることは推測できる。でもそこから見える手足は、白い毛に覆われ鋭い爪がのぞいていた。顔は、まさに人狼へと変化している途中で、人間らしさを残しながらも俺が旧地下鉄で見たあの化け物のような、恐ろしく凶悪な相貌の片鱗が浮かんでいた。

 だけど俺は、その僅かに残された人間的な部分に見覚えがあるような気がした。でも、いったい誰だ? 朧の話によれば俺の学校にいるらしいが、しかしいったい誰なのか思い出せない。あるいは、思い出したくないだけなのかもしれない。身近な人物が凶悪な人狼だということを認めたくないから、わかっているのに気付かないふりをしている、なんてことは無いはずだ。

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