第7話;英雄

 龍崎家、当主・龍崎仁との面会。


 怖いイメージだったが、会った途端、柔和な顔になり、ハグをされた。


「お~、レイラ~❗良かったな~。元のキレイな顔になって…、心配しておったぞ」

 あたしは苦笑した。


 ハグなんか、産まれて初めてだ。違和感があったが仕方がない。


「どれ、よ~く、見せてごらん」

 まるで、ペットだ。


 抱き寄せられてジックリと顔を見られた。

 顔が紅潮してくるのがわかった。

 これほど近くに他人を感じた事はない。


「ハッハハ、どうした。レイラ、怖いか。

 ワシの事が……」

 あたしはムリにでも笑顔を作り首を振った。


「すまなかったな。見舞いにも行けず……」


「いえ、お嬢様も極端に人と会うのをこばんでいましたから……」

 代わりに桐山が応えた。


「うむ……、顔を火傷したンだ。友人たちも控えておったのだろう」


「はい、痕は残らないだろうと言われてましたが…、女の子ですから……万一、顔に傷でも残ったら……」と桐山。


「うむ……、しっかし、見た所、傷は見当たらない。後はリハビリをして元通りの生活に戻るだけだ」

 あたしは小さく頷いた。


 なんとか初対面は誤魔化せたようだ。


 だが、その時、ママ母たちがリビングへ入ってきた。

 ミラ、シオンが続く。

「お父様…、お伝えしたい事がございます」

 さっそくミラが進言した。

「ん、何だ。ミラ……」

 レイラとは態度が違った。


「さきほど警察の方が参りまして……

 何やら可笑しな事を吹聴していったのです」


「可笑しな事……」

 当主は不信な顔だ。


「待って下さい」

 桐山が口を挟んだ。


「あんな一介の刑事の言う事など取り合う必要はありません」

 必死に誤魔化そうとしていた。


「フン、何をおびえているの。

 レイラが別人かもしれないと言う事が、そんなに狼狽うろたえる事……」

 ミラは微笑んだ。


「レイラが別人……」

 当主、仁は眉をひそめ、あたしを見た。

 思わず視線を逸らせた。


「ええ……、その刑事が言うには、榊ルナというヤンキー少女がレイラに成り代わっているそうなんです」

 ママ母がシレッと言った。


「そのような事は、全くの出鱈目です」

 慌てて桐山が否定。

「そのヤンキーがあれほど華麗にピアノを弾く事が出来るのですか」


「それは……」

 さすがにママ母たちも言葉がない。


 だがミラは痛いトコを突いてきた。

「フン、指紋か、DNAを鑑定すれば、一発でわかるンじゃないの」

 やはり、そうきたか……

 これ以上は誤魔化せない。


「うむ……」

 当主は腕を組んだ。


「そうですよ」シオンも加勢。

「もし別人だったら大変な事ですからね」

「……❗❗」形勢は、スコぶる不利だ。


「いいでしょう。DNA鑑定をしていただきましょう。それで白黒ハッキリするでしょう」

 桐山は自信満々に応えた。


 何をバカな事を……

 DNAなんか調べられたら、一発でアウトじゃね~か。あたしは歯噛みする思いで顔を伏せた。


「宜しいのかしら、そんな事、言って……」

 ミラがカサにかかった。


「どうしてもあなた方は、疑うのでしょう。だったら、DNAが一番、確実じゃないですか」

 ママ母たちも劣勢だ。

 ハッタリにしても、よくそこまで大ボラを吹ける。


 さしずめポーカーなら無役ブタで大金を加算レイズしていくようなモンだ。


「ひとつの鑑定では、納得出来ないでしょう。3、4つ別の研究所で鑑定してもらった方がいい」

 何を言い出すンだ。

 一つなら、研究所に働きかけて、どうにかなるかもしれないのに……


 3つ4つも鑑定したら、あたしが龍崎レイラじゃないって事がバレるじゃね~か。


 

 ママ母たちは、少し動揺したがミラは、

「いいでしょう。後で鑑定してもらえるよう

手配をします。いいですね」


「構いませんよ。この方は、お嬢様に間違いないのですから……」

 車イスのあたしの肩に背後から手を置いた。暖かい手だった。

 だが、鑑定されれば絶対にバレる。

 あたしがレイラじゃないって事が……。


「そんな必要はない」

 え、皆の視線が当主に注がれた。

「よし、ではレイラ……

 ワシの一番好きな曲を弾いてくれ」


 な❗❗ 龍崎仁の……

 一番好きな曲だって……

 ママ母たちも顔を見合わせた。

 いったい何の曲だ。

 どうする……

 さすがに桐山も切り返す言葉がない。

「それは……」

 と言って言葉を濁した。

「ワシの部屋でいつも弾いていた曲だ」


 ヤバい……

 まったく雲をつかむような話だ。

 何を弾けばいいのか、皆目わからない。


「待って下さい。旦那様……」

 やっとの事で桐山が口を挟んだ。

「お嬢様はまだ全快というワケではありません。怪我の具合が……」

 

「フム、そんな事はわかっておる。

何も全部、弾けとは、言ってない」

 だが、龍崎仁も譲る気配はない。


「フフ…、そうよ」ママ母だ。

「じゃ、ほんの触りだけでも良いから弾いて頂戴」

 く………!

 あたしも桐山も困窮した。


 ピアノ曲……❗❗❗


 メジャーな曲だけでもいくつあるかわからない。


 いったい何を弾いていたのか。

 龍崎仁の前でレイラは……❗❗


 一代で巨万の富と権力を築いた龍崎仁。

 カレが最も愛した曲とは、いったい……


「ワシの人生に最も影響を与えた曲だ」

 龍崎仁は目を閉じて待ち構えた。


 こうなったら、運を天に任せるしかないようだ。

 ここで、逃げても一緒だ。


 疑惑は一層濃くなり、DNA鑑定であたしは龍崎家を追い出される羽目になるだろう。

 だが……


 まだ、一縷の望みがある。

 この一曲に賭ければ……

 あたしにとって最後の大勝負。


 龍崎仁の人生に多大な影響を与えた曲……

 そう、この曲に賭けよう。

 あたしは意を決した。

 もう迷いはない。


 あたしは、ゆっくりと車イスから立ち上がった。


 桐山が手を貸そうとしたが、それを制し、覚束おぼつかない足取りでピアノへ近づいた。


 ママ母とミラは腰掛け、事の成り行きを見守っていた。

 あたしは席に着いた。

 龍崎仁は楽しみにしてる様子だ。


 シオンは茶化すようにママ母たちに、

「ネコ踏んじゃったでもるのかな……」

 ミラは鼻で笑った。


 あたしはピアノの前で落ち着くように大きく息をついた。


 好きなピアノを思いっきり弾ける。

 それだけで今は満足なんだ。


 シオンたちの雑音など聴こえなかった。


 この曲でダメなら、いさぎよく正体をバラそう。


 あたしは、雑念を捨て目の前の鍵盤だけを見つめた。


 勝負❕


 鍵盤を叩いた。

 龍崎仁の目がパッと見開かれた。

 桐山も前のめりになって聞いていた。


「え、英雄…❗❗❗ ポロネーズ……」

 ミラが呟いた。


 う~ん、ママ母も小さく唸った。

 シオンだけがニヤニヤ楽しげに微笑んでいた。


 あたしは、ショパンの英雄を弾いた。


 ショパンがナポレオンに送ったとされる曲だ。


 今、出来る全力でこの曲を弾こう。

 最高のピアノで、有りったけの力を振り絞って演じよう。


 喜びを鍵盤に乗せて……


 手の痛みも何も感じない。

 ウソのように静かだ。

 あたしの奏でるピアノの音色だけが響いてくる。


 あたしだけのステージ。

 邪魔するモノは何もない。

 まさに英雄だ。


 勇猛で果敢、弱き庶民を助け悪政に立ち向かう。


 我輩の辞書に不可能はないと言ったナポレオンのように、あたしの指が鍵盤の上を舞った。


 最後の一小節、静かに鍵盤から指を離した。

 これで終わった。


 さぁ、結果を聞こう。


 息をするのもはばかるような重たい沈黙。

 柱時計が刻む秒針の音だけが、やけに大きく聞こえた。


 喉がカラカラだ。

 焼けつくようだ。


 振り向いたら結果は出るのだろうか。

 一気に緊張感が漂った。


 だが、その静寂を打ち破るように高らかな笑い声が響いた。

「アハッハハ……」

 龍崎仁だ。


 皆の視線が一斉に注がれた。

 ゆっくりとあたしを背後から抱きしめた。


「レイラ~。やはりお前はレイラだ~!!」と喜びの声をかけた。

 あたしは何とも言えない表情を浮かべていたのだろう。

 桐山も苦笑していた。

 どうやら正解だったようだ。ママ母たちは顔を見合わせていた。


 龍崎仁は、ご機嫌な様子だ。そのまま、家政婦の野上由衣を伴い、部屋へ引き上げていった。


 それでもミラは捨てゼリフのように、

「DNA鑑定は受けてもらうわ」と言った。

 桐山は反論しかけたが、

「そうよ❗❗」ママ母も続いた。


「たまたま正解しただけかもしれないし……

 まだレイラさんだと認めたワケじゃないわ」


「母さんたちは、まだ疑ってンのか」

 シオンだけはもう沢山だという顔つきだ。


 一難去ってまた一難か……


 だが、桐山は自信に満ちた声で、

「ええ……、是非、公平な鑑定をしてもらいたいですね」

 と応えた。

「引っ掛かる言い方ね」ミラ。


「そんな……」桐山は尚も、

「出来るなら、複数の研究所に鑑定をお願いしたい。その方が、白黒つきますからね」

 何を言ってンだ。

 どこからそんな自信が出てくるって言うンだ。

 DNA鑑定なんかしたら絶対にバレるじゃないか。あたしがレイラじゃないって事が……


 取り敢えず、桐山に車イスを押してもらって部屋へ戻った。グッタリだ。何もやる気がしない。桐山もピアノの件でひと安心したのだろう。


「これで疑いは晴れた」

 何を言ってンのか。まだDNA鑑定がある。

 それをどう切り抜けるのか、何か対策でもあるって言うのか。


 あたしは文句を言いたがったが、すぐにノックの音がした。

 誰だ。いったい……


 家政婦の武藤サクラが風呂の用意が出来たと伝えにきた。そうか、風呂か……


 病院では女性看護師に洗ってもらっていた。

 昔からの家政婦なら、あたしとレイラの差がわかるかもしれない。


 だが桐山に洗ってもらうワケにもいかない。


 風呂にも入りたいし、家政婦の申し出を拒否すれば、余計、怪しまれる。

 仕方なく、あたしは家政婦に手伝ってもらって風呂へ入った。武藤サクラはあたしの背中を洗いながら、

「申し訳ありません。お見舞いにもいかず」

 あたしは小さく首を振った。


「でも、良かったですね。火傷を負ったとお聞きしたので、心配してたンですよ」

 優しく声をかけてくれた。


「傷も見当たらないし……本当に良かった」

 どうやら彼女は疑ってない口ぶりだ。 

 もちろん本心では何を考えているのか、わからないが……





 しかし、その頃、オヤジたちや矢作警部補ら刑事たち、そしてママ母に依頼された運転手の黒木らが懸命に榊ルナとレイラの過去を探っていた。



 徐々に、あたしの周辺が慌ただしくなっていった。


 風呂から上がったあたしは、レイラの部屋で桐山と相談をしていた。


 もちろん、桐山が一方的にしゃべるだけだが……


 そこへ今度は、家政婦の野上が来た。

「桐山先生、榊様とおっしゃる方がお話があると……」


「な、榊❗❗」桐山は眉をひそめた。

 もう、ここまで来やがったか。

 あの男…… 

 ここを突き止めてくるとは……


「わかりました」桐山は家政婦と一緒に出ていった。

 何を話すのか。どうせ、ヤツは脅迫してくるだろう。


 だが……


 ヤツは、何か誤解している。


 アイツが榊ルナだと脅しても、アイツのフトコロが潤う事はない。

 そんな事もわからないのか。


 門を挟んで桐山と榊純一、リナが向き合った。

 桐山は、辺りを気にして、見回しながら訊いた。

「いったい何しに来たンです」


「おいおい、ツレね~な。娘に会いに来たンだよ」榊は不敵に笑った。

「娘さん……、どなたでしょう」


「あんたらのお嬢さんさ。龍崎レイラって名前のね」

「なるほど……、レイラお嬢様があなたの娘さんではないとおっしゃるンですね」


「フフン、話が早いじゃね~か。さ、娘を返してもらおうか」

「当たり屋のアナタにですか」


「何だと~」声を荒げた。付き添っていたリナは鼻で笑った。


「レイラ様は大変疲れてるんで、アナタの茶番に付き合ってる時間はありません。お引き取り願いましょう」

「いいのか。警察へ密告タレこんでも」


「ええ、ご自由に」

「何ィ~……?」

「あなたは何か勘違いしていますね」

「何がだ」

「もしあなたの言う事が真実だったとしてもアナタには一銭の得にもならないでしょう」

「はァ~ー……」

「あなたの言うようにレイラ様が娘さんだったとして龍崎家に、どうして欲しいのですか」

「そりゃァ~……」


「まさか、慰謝料を払えとでも……」

「うっぐゥ…」呻く事しか出来ない。


「彼女は龍崎レイラとしてなら価値があるンですよ。榊……何でしたっけ……ルナさんですか。そんな女性だとしたら、こっちが逆に告訴したいくらいだ」


「くゥ…」憎々しげに桐山をにらんだ。


「これは、交通費です。これ以上、何か、おっしゃりたいのなら、警察へ通報なさって下さい」一万円札を目の前に差し出した。


「チィ……」舌打ちし、その札を受け取った。

「待ってよ」リナが口を挟んだ。「ルナに伝えておいて」

 桐山は眉をひそめた。


「リナが、今度、奢ってもらうって」

 ウインクした。


 桐山は一瞬で彼女、麻生リナの方が厄介だと悟った。

「さ、行こう。オジさん」と腕を取り、引っ張るように龍崎家を後にした。桐山は、麻生リナの行方を見つめていた。そこへ背後から車が通り過ぎ、中から声がした。


「や、桐山先生、どうしました」

 自称ミュージシャンのシオンだ。


「いや、ちょっとね」言葉を濁した。


「これからパーティなんですよ。ど~です。先生も」

「遠慮しておくよ。疲れてるんでね」


「そうですか。レイラさんによろしく」

 そういって、車を発進させた。


 榊純一と麻生リナの二人は、足取りも重く夜の街路を歩いていた。

 そこへ背後から一台の車が抜き様に急停車した。

「あっぶね~な」榊はツバを吐きながら怒鳴った。


「フ、お二人さん、どうです。送りますが」

 シオンだった。

「あんたは」リナが聴いた。

「シオン……龍崎家のモノですよ」

「龍崎~……」

 榊は眉をひそめた。



 あたしが、ベッドで横になっていると着信音が響いた。机に置いてあるスマホだ。


 あたしは痛む身体で着信画面を見た。

 見た事もない番号だ。


 どうする。レイラの友人か。だとしたら、出ない方がいいだろう。


 だが……


 ナゼか、通話ボタンを押してしまった。もちろん会話をする気はない。


<もしもし……>

 機械で声を変えているようだ。異様に声が高い。


 男か女かさえ、わからない。

<答えなくて結構です。龍崎レイラさんですね。いや、榊ルナさんって言った方が良いですか>

 !! 誰だ……


 何であたしの正体を知ってる……

 オヤジか……


 それとも昼間来た刑事か……


<ああ、切らないで下さい。私は敵じゃないンで>

 かと言って味方ってワケじゃないだろ。


<ハハハ、そんなに怒らないで下さいよ。

 笑った顔の方が魅力的ですよ>

 どこからか、盗撮してるのか。


 あたしは部屋を見回した。


<大丈夫ですよ。盗撮なんてしてませんから……>

 何なんだコイツは……❗❗❗

 あたしの心が読めるのか……


<桐山ひとりじゃ、心許こころもとないでしょ。何しろ龍崎家は呪われてますからね>

 呪い…… おいおい、オカルトかよ。


<私の名前は…… そう、【オズ】とでもしておきましょう>

 オズだって……

 フン、何だよ魔法使いか。


<レイラさん、この呪われたやかたで、生き残るのは並大抵な事じゃない。微力ながら私にも手伝わせて下さい。>

何が手伝いだ・・・あたしは、このオズと名乗る正体不明の人の話をいつまで聞いてるんだ。

<まずは・・・龍崎レイラの交友関係です。データーを送りますから、参考にして下さい。>

レイラの交友関係・・・・何でそんなモンを知ってる・・・桐山でさえ知らない情報だ。オヤジのワケがない・・・じゃ、誰だ・・・他にいるのか。

<あなたには、是非とも、莫大な遺産を相続して戴きたい。>

何を言ってンだ。お前は誰だ。

<いいですか・・・あなたの邪魔をする人間は、そっくりデリートしていきます>

 デリート……何だよ。

 日本語でしゃべれって……


<取り敢えず榊純一は削除しましょう>

 な…… オヤジを削除……?


 どうする気だ。


<あなたを不幸にするヤツは許しておけませんからね……>

 そういって通話が切れた。


 オズ…… いったい誰なんだ。

 あたしの知ってるヤツか。

 それとも……

 あたしの胸はザワついた。


 オヤジを削除する……

 それって、殺すって事か。


 夜は更けていった。




































































































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