夢をみていた
僕たちの母校は演劇で有名な高校で、県大会や地方ブロック大会で何度も最優秀賞に選ばれた歴史と伝統を誇っていた。
定期公演に行ったのは中学の時で、僕は舞台から伝わってくる熱気や迫力にすっかり魅せられ、その高校を受験しようと決めた。
入学して演劇部を訪ねると、入部希望者は数十人にも及んでいた。そこから体験入部と面談を経て残ったのは二十人足らずで、朝練からはじまる地道なトレーニングと稽古の厳しさに怖気づいて去った者が多かった。
残ったなかにアオがいた。整った顔立ちだが小作りなせいか地味で、身長も平均的な目立たない女の子だった。
彼女の非凡さに気が付いたのは、大会用の演目が決まって脚本読みがはじまった時だ。
演出が指名した部員がシーンごとに役を割りふられてセリフを読む。予告なしで当てられる役は一つとは限らず、即興で演じ分けないといけないのだが、新入部員で出来たのはアオだけだった。
作り声をするわけでもないのに、どうして声だけでこうも別人になりきれるのかと僕はひそかに舌を巻いたものだ。
アオは準主役に抜擢され、稽古を重ねるにつれ役そのものに染まっていった。
そして地方大会の時、役のない僕が照明係として客席上から舞台を見たとき、アオが現れるだけで目が惹き付けられることに気付いた。はじめの一歩で場の空気すら変えてしまう輝きに、僕はすっかり魅せられ、彼女を生かす芝居を創りたいと強く思った。
演出や脚本に携わりたいと思いはじめていたこともあり、僕は希望して演出の先輩の補佐に回り、その年は県大会で最優秀賞を獲得、地方ブロック大会で入賞を果たした。
その後、定期公演で長短二つの演目をやることになり、僕は短いほうの演出を任された。プロの劇作家が書いた演目だったが、少し古くさかったので手を加えたら使用許可が降りず、部長の勧めでオリジナルの脚本を書いた。
アオは長いほうの主役に決まっていたが、僕の脚本を読んで「この道化師やりたい」と言ってくれた。出番もセリフも少ない役なのにと不思議だったが、稽古に入ってすぐわかった。アオの存在感は、その短い出番で強烈な印象を残さねばならない役に最適だった。
「悠介にあたしは必要だよね?」
アオは自信に満ちた態度でそう言い放った。色々な意味で見抜かれて、僕は覚悟を決めた。
二年生になって大会向けの演目を決める際に、僕は自分が書いた脚本を提示した。アオに誓いを立てた日から、幾晩も徹夜を重ねて夢中で書き上げたものだった。
その脚本は部員たちの心をつかみ、顧問の先生にも絶賛された。稽古やミーティングを通して改稿を重ね、僕たちは県大会を勝ち抜き、地方ブロック大会で念願の最優秀賞を獲得して全国大会への切符を手にした。
高校演劇の全国大会は地方大会の翌夏に行われる。だから、アオを全国大会の舞台に立たせるには二年生の時点で地方ブロックを勝ち抜かなければならない。それがわかっていたから僕はその脚本に全身全霊をこめたのだ。あれほど何かに打ち込んだことはない。
だが、現実はそんなに甘くない。
三年生の夏、全国大会でアオは完璧な演技をしてくれたのに、獲得したのは参加賞に等しい優良賞だけだった。
講評によると僕の脚本は創作脚本賞の有力候補だったらしいが、アオを生かしきれなかった脚本に価値があるとは思えず、全国大会で最優秀賞という栄光を逃したことが悔しくてたまらなかった。リベンジの機会がもうないことも辛かった。
アオの家は母子家庭で、彼女は高校を卒業したら地元で就職して母親や弟妹を助けるのだと言っていた。大学なんてとても無理、女優を目指すなんてもっと無理とアオは笑った。
僕が栄光を欲したのは、アオと一緒にあの町を出るためだった。結果さえ出せば救いの手があると信じていた。
幼なく無知で自分勝手な自称ヒーロー。一旦折れてしまった心は、ヒロインに
アオを導こうなんておこがましい、僕は彼女にふさわしくないと思った。
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