第14話

 美しき哉月夜、という変わった名前のライブハウス。ここを本業の傍ら経営しているのはツクヨミという知り合いなのだと説明されノイズはこぢんまりしたその佇まいに心底驚いていた。ノイズの想像する「音楽を演奏するホール」は広々として明るい空間だ。実際彼の家にあるホール(時々父が死者を無理矢理に連れてきて演奏させる)はそうしたものだった。

 教えられなければ気付けないような路地の中の地下への入り口、狭い階段を降りてなんでもないようなデザインだが重いドアを開けると狭い廊下にコインロッカーが並ぶ。音楽を演奏するためのステージは黒くて暗い。客席もなんだか暗い(というか椅子の数はとても少なくステージのはるか後ろにいくつかあるだけ)が入った客達は明るい顔でわらわらと、おもいおもいの場所で談笑したり既に興奮しきって叫んだりしている。

るバンドのジャンルによって客側の設備は変えるんだよ、ジャズだったらもっとイスとテーブルが並ぶ」

「ロックだとこうなんですか」

 初めて見る空間にウキウキする。

 そんなノイズを眺めてホスセリはバーカウンターでビールを頼む。

 今日はあと二十分ほどであるバンドのライブが始まる。

「ここでやるのはそんなに売れてないバンドだけど、ここは穴場扱いされてるハコなんだ。場所がいいのに安い。まあ入り口はわかりにくいし客のキャパも少ないからやれるバンドも限られて……ちょいまてノイズ幾つだっけ」

 ワインに口につけようとしていたノイズのグラスを片手で覆って眉間にしわを寄せたホスセリに、彼は不服そうに

「19歳です」

「はいアウトー。

 うちじゃハタチまでアルコールは飲ませられない」

と横からグラスを取ったのは長い茶髪の少し痩せた長身の男だった。

「ようツクヨミ!

 バンド集まってきたよ!」

 ツクヨミと呼ばれた男は肩をすくめて、ワインを一息に飲み干しグラスを振った。

「あのなあバンドってのはギターにベースにドラムに」

「こいつピアノとヴァイオリンできるって!」

 眉間のしわを揉みながらツクヨミはふーっっと息を吐いて日本語で尋ねた。

 その隙にノイズはビールを頼もうとして額をホスセリにはたかれた。

「お前は何がやりたいんだっけ? ホスセリ」

「ロックバンド!」

「シンセサイザーとピアノは幾ら何でも」

「ロックはなんでもありなのがいいとこじゃん」

 だからってその構成でどんな曲をやるのか。ノイズはなんとなく理解できる単語を拾って聞きながら、結局僕はピアノを弾けばいいのかなあと呑気に考えた。

「ヘルプ? 頼んだりする。

 まあ基本はコピーバンドだしなんとかなるって」

「なめくさってないかお前」

 ため息をついたツクヨミは英語でまあ楽しめ、と言い置き、ステージの脇から楽屋があるらしい奥へ入っていった。

「結構いい歌声のバンドなんだ」

 ホスセリが向き直って言う。ノイズはいつの間にか抱えたポップコーンとコーラを口に入れたままふんふんと頷く。

「とにかく、音楽はクラシックしか聞いたことないなんてモッタイナイよ」

「ジャズも少し知ってます」

「へーサタナエル、ジャズは好きなノか」

「いえジャズは姉が好きで」

「あああの?

 アルトラだっけ? 変わった名前だから覚えてる。それとも」

 ノイズは眉間にシワを寄せて

「すいません僕、先の大戦で亡くなったきょうだいの名前を知らなくて」

 ホスセリは変なものをかじったような顔でノイズの顔を見た。

 何か言おうとしたが客達の歓声になにもかも吹き飛ばされた。ライブが始まるらしい。


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