第三章 アバター廃人の女

ネットの世界でこんな可愛い彼女がいて僕は嬉しかった。

キリちゃんのアバターなら仲間にも自慢ができるし、サイトにはサイトのそこだけで通用する価値観があって、キリちゃんのアバターは最高にチャーミングなのだ。


翌日、サイトに入るとキリちゃんから僕のアイテムバックにアバターが数点送られていた。ふたりで『ラブ友』表示用のアバターだが……どれも凄いレアなアバターだった!

ネットオークションのレートでも、総額で5万円は下らない代物である。

よくまあ、こんなアバターが集められたものだと、ただただ驚いた! 

そして、どうして僕にここまでしてくれるんだろうかと不思議に思った。ただのネットの彼氏みたいなものなのに……僕に気があるのかな? まさか会ったこともないのに?

そして、僕の中でキリちゃんへの妄想がどんどん広がっていく――。

こんなにチャーミングなアバターなんだから、本体(アバターの所有者)もきっと可愛いに違いない!

勝手な思い込みを抱いている僕だった。


キリちゃんと『ラブ友』になって、ふたりでプロフィールに表示することになった。

僕のマイページに見にきたネットの友人たちはまず、アバターがつけてる服や背景、ペットがレアなのに目を見張った。

ネット友だちには、アバターコレクションが趣味のアバター廃人が多い。

アバターアイテムを買うのに、月に2~3万円使ってる奴らもザラにいる。そんな彼らから見たら、それが高価なアバターだと瞬時に分かる。

その次に、僕の相方キリちゃんのチャーミングなアバターを羨望の目で見ている。

『アバ廃人』は『アバ廃人』同士、相手のアバターも良くないと友だちになりたがらない。アバター廃人には、自分たちの美意識とプライドがあるからだ。そして仲間内でのアバターの交換や情報収集も大事なのである。


僕の伝言板には、

「しょうちゃん、ネットの彼女すごく可愛いなぁ~(* ̄。 ̄*)ウットリ」

「彼女にアバ揃えて貰ったのか?∑d(*゚∀゚*)チゴィネ!!」

「このサイト№1のベストカップルだね(*`ノω´)コッソリ」


こんな顔文字でみんなが冷やかしていく、最初は恥ずかしかったが……今では誇らしい気持ちもある。このままリアル(現実世界)に戻らずに、ここに居たい気さえする。

しっかし……これだけのレアアバをふたり分もぽんと揃えられるキリちゃんは、どんだけ『アバ廃人』なのかと驚くばかりだ。


翌日、サイトにINすると……。

僕のフレンド登録から、友だちがひとり消えていた。

『ルミナちゃん』と呼ばれる、ゲーム・コミュニティの女友だちである。

フィッシングゲームで知り合ったルミナちゃんとは、釣り場で2、3度チャットをしたことがある。サイト内のフィッシングランキングでは常に上位ランクの彼女が、今までのステータスを捨ててまで、アカウントを消したことが信じられない。

もしネット内で何かトラブルがあったとして、しばらく休眠することがあっても、アカウントまでは消さないものだ。

たしか、ルミナちゃんはアバターもいいものをいっぱい持っていた筈なのに……消したら、全部なくなってしまうじゃないか。

ひと言の挨拶もなく、急に消えてしまうなんて信じられない。

いつも僕が落ち込んでいると、優しい言葉をかけてくれるルミナちゃんがなぜ? 急に?

ネットの世界ではアカウントを消えてしまうと連絡が取れなくなってしまう。ルミナちゃんと仲良しのフレンドたちに訊いてみたが、誰もルミナちゃんの連絡先を知らなかった。

どうしてルミナちゃんは消えたんだ……? なにかリアルの事情でもあったのだろうか。

やり場のない寂しさで僕は凹んでしまった。


ひとりだけ、ルミナちゃんと特に仲の良かったフレンドがメールをくれた。



   『ルミナは

   しょうちゃんのことが好きだったのよ。

   気付かなかったの? 』



――と、書いてあった。


……そんなことを言われても僕は気付かなかったし、顔の見えないネットの世界では言葉にしなければ感情は伝わらない。

たしか、ルミナちゃんは御主人と小学生の子どもが二人いたはず、僕にとって彼女はネットの姉貴みたいな存在だった。

たぶん、キリちゃんと僕が『ラブとも』になったりして、親しげにしているのが、よほどショックだったかもしれない。

今さらそんなこと言われても……どうすることもできないじゃないか。

ネットの世界は一度連絡が途絶えたら、もう捜すことさえできない。


ルミナちゃんはアカウントを消すことで、すべてを忘れてリセットしたんだ。

もしかしたら、新しいアカウントを作って、新しいネット生活をもう一度やり直しているのかもしれないし……ネットは何度でも消して、またやり直しが利く世界なのだから……。

僕はルミナちゃんが元気になって、このサイトに戻ってきてくれることを、ただ願うしかなかった。


――薄情かもしれないがネットは、世界なのだ。


時が経つに連れ、僕はルミナちゃんのことを忘れて……。

キリちゃんと楽しいネット生活をおくっていた。僕らはレアアバでアバターを着飾り、『ラブとも』ごっこをして楽しんでいたんだ。

僕はネットの女の子たちに勘違いやちょっかいを出されないように、あえてプロフィールにネットの彼女は『キリちゃん』と書き込んで置いた。

ここでは他の女の子を付き合う気はないし、キリちゃんも同様にネットの彼氏は『しょうちゃん』と周知して、ふたりでラブラブ宣言をした。


ただひとつだけ……キリちゃんについて気になることがあった。

彼女はあれだけのアバター持ちだし、ステータスも高いのに……ほとんどフレンドがいない。てか……僕、以外の誰とも付き合っていなさそうだ。

伝言板にはいつも僕しか書き込んでいないし、友たちが少ないことに少し疑問を抱いていた。


もしかしたら……、『蟷螂かまきり』はサブのハンドルネームなのかな?

メインのハンドルネームは別のところに持っているのかもしれない。だったとしたら……

サブIDの『キリちゃん』と付き合うのなんて、騙されてるみたいでイヤだった。

どうしても、キリちゃんがサブのハンドネームなのではないかという疑念がぬぐい去れない。

直接、彼女に訊こうかと思ったが……。

嫌われるのが怖くてそれもできない、サブだって、メインだって……。

僕の『キリちゃん』に変わりないんだから、そう思うことで納得しようとしていた。

……が、しかし、好きになればなるほど彼女のことをもっとよく知りたいという気持ちを抑えられない。――そんなジレンマに苦しんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る