第8話 冬の蝉

「なにそれ?」

 私が境内の掃除をしていると、未雪が棒をもってやってきた。

 ご神木の銀杏も冬枯れて、黄色い落ち葉が境内に降り注いでいる。

 その落ち葉をかき集めて今から焼き芋と思っていたところだった。

「笛?」

「また変なもの持ってきたんだろ」

 未雪は怪しいものを引き寄せては我が神社に持ってくるという迷惑千万なやつなのだ。けれど最近はそれもめっきり減っていた。いい年こいたオヤジとの結婚を半年後にひかえ、ほぼ毎日うちにやってきて夕飯を作っていく。

 帰れと毎日叫んでいた日々が懐かしい。

「違うよう」

 未雪が口をとがらせる。アヒルみたいな口になって大変面白いが、迷惑な代物は持って帰ってもらうことにした。

「持って帰れ!」

「だから、変なものじゃないですぅ」

 そう言う未雪からその笛の話を聞くと、倉庫を整理していたら出て来たらしいが、みんな吹けないとのこと。リコーダーなら簡単に吹けるけれど、横笛にはコツがいるらしい。どうも壊れた笛らしい。亡くなった祖父の中国土産だとみんな言っているのだが、定かでない。

「ごみはゴミ箱に捨てろ」

 わざわざ壊れた笛を持ってくるなどふざけた奴だ。と言いつつ笛を受け取って見てみると、なんだ、神楽で使う笛の小型版じゃないか。でも指の穴が七つある。

 普通は六つだよなと思っていると、あざだらけの上半身をさらしたままで、アニキの速真がやってきた。

「どうした、綾愛。お、こんちは、未雪ちゃん。おっと、もう未雪さんがいいかな」

「やですぅ、いつもどおりでいいですよぅ」

 未雪が照れながら片手を振る。なんかおばさん臭い。

「アニキ、これさ、穴が七つもあるよ」

「へぇ、龍笛か。しかもなんだ、珍しいな、糸が巻いてある……ふむ……せみがないな……節のままだ。へぇ……」

 なんだかアニキは笛に見入ったまま黙り込んでしまった。

「あのさ、それ今から燃やすから貸して」

「なに?」

「壊れてるんだって」

「壊れてる?」

 アニキはそう言って首をかしげて笛に口をつけた。

 ぴろ〜。

 なんとも情けない音が出た。なんか、良く聞く笛の音と違う。おもちゃの笛みたい。

「こ、壊れてるか……なるほど、素人が作ったものなのかな……」

「鳴りましたねぇ、あたしが吹くと鳴らなかったんですよぅ」

「でも煤竹で作ってあるし、専門家に鑑定させないとわからないが、安いものじゃないのは確かだから、燃やさないでくれないかな」

「ふ〜ん」

 私は納得いかないまま、掃除をすませた後、笛をリビングのテーブルに置いておいた。




 え〜ん、え〜ん。

 誰かが泣いている。子どもの声だ。

 私は境内に立っているのに気づいた。

 境内は霧に包まれ、肌寒い。おかしいな……今までリビングでテレビを見ていた気がするのに……

 泣き声はまだ聞こえる。

 声をたどってみると、お稚児姿のかわいい男の子がわんわん大泣きしている。

「坊主、どしたの」

 私は男の子に声をかけてみた。

「わしのおもちゃがのうなった……だれもわしの言うことをきいてくれぬ」

 じじいみたいな話し方だな……

「そか……おもちゃってどんなの?」

「びーんとなって、ぶーんといくんじゃあ」

 わ、わからん……

「ま、おもちゃね……さがしたげるよ」

「まことか!」

 私は霧の中、稚児姿の子どもを連れて、おもちゃとやらを探すことにした。




「大変なんですぅ〜」

 未雪が悲痛な声を上げて、速真に泣きついたのは夕飯が出来上がってからだった。

 夕飯ができたので綾愛に声をかけたら眠ったまま起きないという。

「まさか」

 速真は苦笑いながら、綾愛の肩をもって揺さぶった。が、起きない。何度も強く揺さぶったが、眠ったままだった。

「病院……」

 未雪がそうつぶやいた時、速真は綾愛の腕の中の龍笛に気付いた。

 その龍笛を綾愛はしっかり握りしめたまま離そうとしない。

 それでこれが尋常でない出来事であると速真は気付いた。




 私と男の子は歩いている。歩き続けるが、狭い我が神社の端にはたどり着かない。いつまでも銀杏の幹が並んでいる。おかしいと気づいて、私はやっと男の子の名前も知らないことに気付いた。

「ねぇ、私は綾愛。あんた、何て名前?」

「虎霧丸」

 やっぱり……普通の子どもじゃない。なんか変だと思ったんだ。

「まさかと思うけど、おもちゃが見つからなかったらどうなるの?」

「このままじゃ。わしとあそんでたも」

 やっぱり……困ったな……とおもっていたら、虎霧丸がいきなり泣き始めた。

「こ、怖い、怖いものが来る、鬼が来るよぅ!」

 火がついた泣きざまに私は焦った。周りを見渡すが、なんの変哲もなく、霧の情景が続いているだけだ。

「わかった、いそいで、おもちゃ、探そう」

 私は死に物狂いで虎霧丸をおいて境内を走り回った。

 



 ぷすー。

「さっきよりひどいな……」

 速真は笛から口を離してぼやいた。

「さっきは少し鳴りましたよねぇ?」

「電話で龍笛に詳しい奴に聞いたんだが、見てみたいとか言ってたんだよ。う〜ん……見る限り普通の龍笛なんだがなぁ」

「ところでなんで龍笛って言うんですかぁ」

「音域の広い笛の音が竜の鳴き声のようだというところから龍笛と名付けられたとは聞いたなぁ。安直だけど、確かに名人の笛の音を聞くと納得する感はある。俺はへたくそだけど、オヤジはうまいよ」

「何の話だぁ?」

 街の寄り合いから戻ってきた父親の隼人が速真を肩越しに覗きこんだ。

「おかえりなさ〜い」

 未雪も婚約者が戻ってきて安心したようだ。速真は龍笛をオヤジに渡した。

「オヤジ、吹いてみて」

「うむ」

 ぷすー、すすー。

「ぬ?」

「うーん、思い違いじゃないみたいだな……」

 速真は笛をもって頭を抱えた。

「ん?」

 今まで苦い顔をして悩んでいた速真が顔を上げた。

「どうした?」

「オヤジ、蝉の声が……」

「まさか、今はもう十二月だぞ」

「あ、でもほんとですぅ」

 三人は不思議そうに窓に集まり外を覗き見た。




 蝉?

 まさか……

 私は不意に聞こえ始めた蝉の鳴き声に足をとめた。

 アブラゼミ? ミンミンゼミでもない……なんだかその不思議な鳴き声を探していると、銀杏の幹に親指の先ほどの大きさの見たこともないせみがビービー鳴いている。

「たしかにびーびーだわ」

 虎霧丸の説明に変に感心しながら私は蝉を素早く捕まえた。その蝉をもって虎霧丸のもとに戻る。

「あ、わしのおもちゃじゃ」

 と、叫んだ瞬間、虎霧丸はあっという間に大きな虎となり、私に飛びかかってきた。

 食われると思った。が、食われたのは私ではなく、持っていた蝉。虎霧丸は蝉を一口で食べてしまった。

 食べてしまって、大きな舌で私の顔をひとなめした——




 ところで目が覚めた。

「綾愛ちゃん!」

「綾愛!」

「なに、みんなで……どしたの?」

「目を覚まさないから心配したんだ」

 速真が心配そうに綾眼を覗きこむ。みな、本気で心配したらしく、未雪は目を潤ませている。

「あー……変な夢見てた」

「どんな夢だ?」

 速真にそう聞かれ、わたしは龍笛のことが気になった。

「龍笛は?」

「ここに」

 と、言ってアニキがテーブルの笛を取ろうとしたら「ぎゃ!」と言って笛を落とした。

「どうしたの!」

「静電気が」

 どうも持てないらしく、オヤジや未雪も同様だった。しかたないなと、わたしが龍笛を拾い上げる。

「なんともないじゃん」

「やっぱり……」

 アニキは頭を抱えている。

「ン?」

 龍笛を拾って、わたしは先ほどと笛の様子が違うことに気付いた。吹き口の裏に節があるのだが、今は生きてるみたいな蝉が取りついている。彫刻の痕もない。

「アニキ、これ」

「へぇ……一本彫なのかな……いや、どうもすでこう言う形なのかもしれん」

「珍しいの?」

「いや、今まで見たことがないから何とも言えんよ」

「ふ〜ん、そういや、やっぱりって何?」

 わたしがたずねるとアニキは渋い顔つきで言った。

「おまえは龍笛に見入られたとおもう。その証拠に吹いてみな」

「え? 私吹けないよ」

「まぁ、そういわず」

 すすめられるままに吹き口に口をつける。

 ひゅひょー、ふーひゅるー。

 風びな音色が奏でられる。どんな吹き方をしても名人並みの風雅な音が出るのだった。

 どうやらおもちゃを見つけたことで龍笛の精に気に入られたらしい。

 

 私は神社の巫女さん、普通の女の子、のはずなんだがなぁ……

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