第8話 適当はよくない

 よし、こんなもんだろ。

 俺は鏡の前で自分の服装を整える。

 うむ。服装・・は完璧だ。


 もちろん朝起きて男に戻っているということはなかった。

 小柄で可愛らしい容姿のままだ。

 今まで自分を飾るということはしなかったが、この姿になったからには別だ。

 別に俺自身が褒められたいわけじゃないが、可愛いものは着飾らないともったいないというか。……あぁ、あれだ。自分のアバターを着飾る感じに似てるだろうか。


 始業式初日だし、控えめな服装にはなっている。

 昨日佳織に借りたようなキュロットスカートではなく長ズボンだ。これはいわゆるチノパンというやつだろうか。

 トップスは長袖シャツにパーカーを着て、その上からスプリングコートだ。春先の今日はまだ寒い。というか、以前より寒く感じる気がする。

 まぁこれだけ買えば財布が寂しくなるはずだ。だというのにまだまだ足りないという。


 ――だがしかし。


「髪はどうにもならんな……」


 見ないふりをしていた髪に手を当てる。手櫛でどうにかしようとするが、すぐに引っかかる。

 寝ぐせで爆発して絡まってえらいことになっていた。

 お風呂の後、バスタオルで拭いて何もせずそのまま寝た記憶がある。ドライヤーは必須なのか。我が家にはないぞ?

 そしてもちろん、櫛なんぞも我が家にはない。元々短髪だったのだ。必要がなかった。そして昨日の買い物の中にも入っていなかったはずだ。

 まして寝ぐせ直しなどというアイテムもあるはずもなく。


「しょうがない。これで行くか」


 いつも通学用に使っている鞄を引っ掴む。

 うーん、この鞄も今の自分には合わないな。黒い武骨なショルダーバッグを肩から掛ける。

 教科書の入っていない鞄は軽いな。


「行ってきまーす」


 誰もいないがいつもの癖だ。

 昨日買ったばかりのショートブーツを履く。まったくもって靴の種類も豊富だった。

 だが少なくともヒールのある靴は俺的にNGなのでまだ選びやすかったかもしれない。つーかよくあんなヒールの高い靴履いて歩けるよな。俺には無理だ。


 最寄り駅までは徒歩七分。余裕を持って十分前には家を出ている。

 住宅街を抜けて大通りへと出る。運よく信号には引っかからなかった。

 駅が見えてきた。顔見知りに合うこともなく着きそうだ。まぁ知った顔があったとして、俺に話しかけてくるのは佳織くらいだろうが。

 改札を通って駅のホームへと向かっていると、電車が入ってくるところだった。


「……なんだとっ!?」


 俺はスマホを取り出しながら階段を駆け下りる。

 時間に余裕はあったはずだろ! 電車遅延してるのか?

 なんとか間に合ったが、車内放送で遅延のお詫びのようなものは流れない。

 改めてスマホを見ると、ちょうど電車の発車時間だった。


「マジか……。信号引っかかってたら危なかったな」


 ああそうか。身長が縮んで足も短くなったってことか。歩くスピードも落ちるはずだ……。なんてこったい。

 よし、次から徒歩に掛ける時間は1.5倍しよう。そうしよう。

 しかし学校方面に行く電車は空いていて助かった。これが満員電車だったら発車時間に間に合っても乗れないところだ。


 学校は、昨日行ったモール最寄り駅より一駅先だ。生徒らしき男女が電車に揺られているが、ほとんどが私服姿なのでパッと見ただけでは高校生かどうかわからない。

 モールの駅からも乗った人を乗せて、次の学校最寄り駅へと着いた。

 電車を降りて改札を通り抜けると、見知った後頭部が前方を歩いているのを見つけた。言わずと知れた幼馴染の佳織である。どうやら同じ電車に乗っていたようだ。


「おはよう佳織」


 肩を叩きながら声をかけると、佳織は歩きながらこちらを振り返り……、その足が止まった。


「……ん?」


 合わせるように俺も立ち止まるが、その両脇を他の生徒が学校へとすり抜けていく。


「……何よ、その爆発コントした後みたいな髪型は」


 プルプルと肩を震わせながら発した言葉はソレだった。

 おう、さすがにツッコミたくなる髪型だよな。というか俺にはどうしようもなかったんだよ。


「そこまでアフロじゃねーだろ。……まぁ、起きたらこんなんなってた」


 素直に白状すると、佳織が俺の髪に手を伸ばしてなんとか整えようとするが。


「……学校着いたら整えてあげる」


 早々に諦めたようだ。


「さんきゅー」


 二人並んで学校までの道を歩く。


「……ちゃんとドライヤーで乾かしたの?」


「そんな便利な道具はないな」


「――はぁっ!?」


「もちろん髪を梳く櫛なんぞも我が家にはないぞ?」


「……ドヤ顔して言う事じゃないでしょ!」


 ツッコミだけは力強く入れるが、その後大きなため息とともに脱力する佳織。


「あぁ……こんなんになって……、昨日はサラサラだったのに……」


 俺の髪を何度も撫でつけながらいじくりまわしては嘆いている。


「……昨日お風呂には入ったのよね」


「当り前だろ。さすがにそこまでめんどくさがらねーよ」


「頭はどうやって洗ったの?」


「どうって……、普通にシャンプーでだな」


 なんだ……、もしかして頭洗うだけにもお作法があるのか……?

 嫌な予感に襲われるが、佳織の顔が険しくなるにつれて的中する確率も上がっているように思える。


「その後は?」


「……その後?」


「リンスとかトリートメントとか」


「そんなオシャンティーなもんが俺んちにあるわけねーだろ」


「オシャンティーじゃないわよ! 常識よ常識! 今日も買い物行くわよ!」


 始業式の日の通学路には佳織が爆発した声が響き渡ったという。

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