第8話

「ゼン君。この論文はどこにあるかな?」

「えっと、それは……」

 ゼンは研究所のキャビネットからファイルを取り出す。

「あった。これですね」

「ありがとう。いやあ、ゼン君が助手になってくれたおかげで仕事がはかどるよ。部屋もこんなに綺麗になったし」

「そんな」

 研究所のいたる場所に積み上げられていた本は本棚に整理され、バラバラだった古文書や論文はまとめられ、種類ごとに分類されている。まるでガラクタのようだった発掘されたエーテル・ギアたちも、汚れや泥は綺麗に落とされていて、そのまま博物館に展示されてもいいほどだ。

「私だけだったら書類の整理だけで精一杯だったろうね。ゼン君がいなかったら、発掘品の復元まで手が回らなかったはずだよ」

 最近のゼンの助手としての仕事は、発掘されたエーテル・ギアの復元だ。

 泥や汚れに覆われた表面を、布と刷毛で綺麗に落とす。黒ずんだ表面には、やがて綺麗な金属の地肌が見えてくる。全部磨き終わったら、破損しているパーツをひとつひとつ組み合わせて、元の形に復元させる。

「でも、完全に復元はできてないし」

「いやいや。完全な状態で見つかるエーテル・ギアなんて珍しいからね。気長にやっていこうよ」

 ゼンの前のテーブルには、エーテル・ギアの部品らしきものが転がっている。ほとんどが原型を留めていない本体に、そもそも本体の部品かどうかもわからない歯車たち。遺跡に眠るエーテル・ギアは、ほとんどが壊れた状態で発見される。形が残っているほうが稀だ。

 遺跡や太古のエーテル・ギアを調べようとすることは、全く重要視されていない。なので見つかったエーテル・ギアの破片は、どこにどれがあっただとか、それがどのような状態で置いてあったなどという情報は全く記録されない。そもそも遺跡が見つかるのは全くの偶然で、見つけた人間が根こそぎ持ち去って売り払ってしまううことが多いのだ。

 なのでコリオルのようなエーテル・ギア文明の研究者たちは、骨董品屋やジャンク屋に足しげく通って、遺跡から見つかった物らしきものを探しているのだ。しかも自腹で。

「はあ。もっと研究資金がもらえればなあ……」

 コリオルの研究は評価されていない。なので学園から出る研究費は微々たる額だった。それは研究室をなんとか維持できる程度なので、資料などは自腹を切るしかないのだ。

「あの、がんばってください……」

「うん……」

 暗くなった雰囲気の中で黙々と作業をしていると、唐突にドアが開かれた。

「おい、コリオル」

 大きな音をたててドアを開いたのは、ゼンのクラスの担任であるケリーだった。

「ノックしてよ。いつも注意しているよね」

「お前の研究室に来客など無いから関係ないだろう。それより、準備はいいのか」

「準備って?」

 ケリーの方眉がピクリと釣り上がる。

「ギア・ナイト研究班たちの発表会だ。まさか、忘れていたのか」

「……あっ!」

「ふん。その様子だと、すっかり忘れていたようだな」

 ケリーが鼻で小さく息を吐く。

「あああ、どうしよう。もう時間が無いよ!」

「お前の班は今回も欠席のようだな」

「あの、発表会って何ですか?」

「お前たちは今は関係無いから知らないだろう。しかし掲示板に貼られていなかったか」

「そういえば、あったような気がします」

 エキュペンド学園では毎年六月はじめに、ギア・ナイト研究班による発表会が行われる。

 ギア・ナイト研究班とは、名前の通り、ギア・ナイトを製作することが活動内容だ。

「ギア・ナイト研究班って何ですか?」

「言ってみれば、学生たちのクラブ活動だ」

 ギア・ナイト研究班は誰でも参加できるし、自分で一から作ることもできる。しかし学園の敷地に限界はあるうえに、歴史のあるところは昔からのノウハウを蓄積しているので、ほとんどの人間はそういう研究班へ所属する。

 なぜ生徒たちがその研究班へ参加するのかというと、自分のスキルアップのためであり、自分の将来のためでもある。

 毎年、夏と冬に研究班が製作したギア・ナイトによるトーナメントが行われる。これで優勝したり上位になると、学園での成績アップにもなり、また就職先へのアピールにもなるのだ。

 優秀なギア・ナイトや新しい歯車機構を考えた学生には有名な工房からスカウトされ、トーナメントで実力を示した騎士科の学生にも騎士団から誘われる。また素行不良だったり単位不足で卒業できなかったが実力を見せた学生がスカウトされ、学園を中退して有名な工房や騎士団に招かれたこともある。

「発表会って何をするんですか」

「研究内容の展示やプレゼンテーション、製造したギア・ナイトのデモンストレーションが主だな」

「それにどうしてコリオル教授が?」

「研究班にはそれぞれ一人以上の教授が顧問として必要なんだ」

 研究班に所属するのは一年からでも可能だ。しかし高度な専門技術が必要になるため、ほとんどの学生が上級生だ。しかしいくら優秀でも、彼らは学生である。そんな研究班を統率管理するために、学園は教授を顧問として配置していた。まあ、それがほとんどお飾りで、対外的に学園はちゃんと管理していますというポーズだっとしても。

「あれ、でも教授はエーテル・ギアの歴史が専門ですよね。それがどうして?」

「……その研究班が問題だ。アウトローやトラブルメイカーの集団だからな。誰も面倒なところに手を出したくはない。しかし学園としては顧問をつけない訳にはいかない。そこで同じく学園のお荷物である、アイツに白羽の矢が立ったということだ」

「なるほど……」

 コリオルは頭をかかえてウンウンと唸っている。

「それで、何で教授はあんなに悩んでるんですか」

「まじめに研究をやっている班なら問題ないが、顧問をしている研究班が何か問題を起こすと、それが自分の評価に関係してくる。アイツの研究班は何年も発表やトーナメントに参加していなくて、それで前回は学園長直々にお叱りを受けたからな」

「うああああ! すいませんすいません! 次はちゃんとやりますから学園長!」

 学園長に怒られたときにトラウマを植えつけられたのか、突然コリオルは壁に向かって土下座と謝罪をくり返しはじめる。おそらくその方向に学園長室があるのだろう。そんな様子をケリーは冷ややかな目で見下す。

「どこの宗教だ……」

「どうしようケリーちゃん! このままだと、ついにクビに……!」

「いい機会じゃないか。実家に帰れ」

「嫌だ! 使用人たちの一見やさしそうに見えてダメな主人の子供を見る目とか、ダメな大人を見るような甥や姪の目には耐えられない!」

 嫌だ嫌だとわめきながら床を転がる姿は、どう見てもダメな大人だ。ケリーは氷点下の瞳で睨み、ゼンは引きつった笑顔を浮かべていた。

「なんとかならないんですか?」

「無理だ」

「……もしかしたら、ちゃんと用意しているかもしれませんよ」

「どうだかな。コリオル、いい加減に転がるのはやめる。おい、最近研究班の研究室へ行ったか」

「えっと、最後に行ったのは……いつだったっけ?」

「……無理そうだな。送別会はしてやる」

「と、とりあえず確認しに行きましょう!」

 ゼンはコリオルの手を引っ張って、研究班へと向かうのだった。


「ここに研究班の建物があるんですね」

「ああ。このあたりに全ての研究班が集まっている」

 なぜか一緒に歩いているケリーが答える。

 研究班用の建物は、以前にゼンが整備を見学に行ったギア・ナイト倉庫の近くに並んでいた。ギア・ナイト用の建物は訓練場の周囲に建てられている。

「おーい。そっちを持ってくれ」「接続できたか?」「おい部品が足らないぞ!」

 研究発表会を一ヵ月後に控えた研究班の建物からは、そんな声がいくつも聞こえてくる。行き交う生徒たちは忙しそうに、しかし楽しそうに走り回っている。何人かは青い顔をしてフラフラしている者もいたのだが。

「うわー! あのギア・ナイト大きくて強そうですね。あっ、あっちは槍を持ってる!」

 建物の中や外に見えるギア・ナイトたちを見ると、ゼンは興奮してはしゃぐ。

「あっちは腕が尖ってる。しかも回転してる! あれで殴るのかな? うわあ、あっちのは羽が生えてる!」

「……まったく、今回もキワモノばかり作ってるな」

 この発表会の意義は研究班の一年の成果を発表することでもあるのだが、一般には理解されない意味の無い研究や、あまりに馬鹿馬鹿しいものを発表する祭りでもあった。

 例えばさっきの両手にドリルを装備した男のロマンあふれるギア・ナイトや、飛べるはずの無い羽をつけたギア・ナイト。そういった夢あふれる、または頭のネジがゆるんだ人間が作ったとしか思えない様なものが発表される。これはエキュペント学園の名物行事でもあった。そして毎回とんでもない騒動を巻きおこすのだ。

「どうしようどうしよう…………ブツブツ」

 コリオルは移動中うつむいて、ずっと何かをつぶやき続けていた。ときどき頭を抱えてうずくまり、そのたびにゼンが手を取って立ち上がらさなければいけなかった。

「ところでケリー先生。これから行く研究班ってどんなところなんですか?」

 その質問にケリーは腕組みをして黙り込む。

「……とにかく問題児ばかりだ。女癖が悪いやつ、酒癖が悪いやつ、ギャンブル狂に金の亡者……ただし実力はある」

「えーと……実力はあるんですね。それなら力を合わせれば」

「実力があってもやる気や協調性が皆無だったから、他の研究班から解雇された。そんな人間が集められたのがこれから行く研究班だ」

「……」

 あまりにも前途多難な状況に、さすがのゼンも言葉を無くしてしまう。そのままとくに会話も無く、ただ歩いた。

「着いたぞ。ここだ」

 そこは他の建物に比べると、うらぶれた雰囲気の場所だった。壁はひび割れが目立ち、周囲にはゴミが散らかっている。発表会前だというのに活気は見られず、まるで廃屋のようだ。

「本当にここなんですか?」

「ああ」

 ゼンは建物を見上げる。壁は頑丈な煉瓦づくりで、正面は鉄製の大きな横にスライドさせる扉。レールには埃が堆積していて、長い間その扉が動いていないことを表していた。

 その扉の上にプレートが掛けられていて、そこに消えかけた文字で『第八研究班:テイル・オブ・ウルフ』と書かれている。

「テイル・オブ・ウルフ……」

「それは研究班がつけた名前だ。学園には第八研究班という名前で登録されている」

 研究班にはそれぞれ番号が振られている。しかしそれでは味気ないので、それぞれの研究班は勝手に名前をつけているのだ。

「行くぞ」

 扉の横にある普通のドアを開けてケリーは中へ入る。ゼンもまだブツブツつぶやいているコリオルの手をとって、建物の中へ足を踏み入れた。

「わあ」

 入るとそこはギア・ナイト用のドックだった。天井にはクレーンが設置してあり、その下にはギア・ナイトの作業台と足場がある。しかしどれも錆が浮き、埃も積もっていてここが使われていないことがわかる。壁に掛けられた工具やパイプ、打ち捨てられた歯車とギア・ナイトのフレームが物悲しい。

「おい。誰かいないのか」

 ケリーが呼びかけるが物音一つしない。

「おい!」

「うるせえな。聞こえてるよ……」

 奥の部屋からのっそりと男が現れた。

 身長は百八十センチほど。だらしなく着崩された制服の胸には五つのバッヂ。スカーフの色は緑。筋肉質で、騎士科の学生と言われれば誰もが信じるだろう。右手には一升瓶を抱えていた。

「また飲んでるのか。学園内は飲酒禁止だぞ」

「そんなの俺の知ったことか」

 男はぐびりと一升瓶をあおる。

「え、お酒飲んじゃだめだったんですか?」

「……お前、飲むのか」

「お昼ご飯のとき飲んでたんですけど」

「お前一年なのか。ガハハハ! その歳で堂々と酒を飲むとは気に入ったぞ! まあ飲め」

「あ、いただきます」

「飲ませるな。お前も飲むな。で、他の人間はいないのか」

「あん? 知らねえよ。そもそもあいつらがここにいる事のほうが珍しいじゃねえか」

「確かにそうだな……」

 ケリーは頭痛をこらえるように、指をこめかみに当てる。

「この様子だと、発表会は無理そうだな」

 その言葉にコリオルはビクンと体を震わせて反応する。

「ア……ア……嫌だあ! 弟に優しい目で、兄さんは僕が養うから大丈夫だよ、なんて言われるのは嫌だあああっ!」

「……この人、何があったんだ?」

「あ、あの! 本当に何もないんですか? 一着ぐらいギア・ナイトを作ってないんですか?」

「この研究班はもう何年も開店休業状態さ。なにしろ全員ほかの班から厄介払いされた奴らだからな。どうしようもねえよ」

 ケリーは黙り、コリオルは頭を抱えてうめき、ゼンはじっと地面を見つめながら何かを考えている。

「あの、なんとか研究班のみんなを集めて、ギア・ナイトを作れませんか?」

「できねえことは無いが、まずはメンバーが集まるかどうか疑問だな」

「でも、このままじゃ何もできませんよ」

「おいおい。俺たちははみ出し者だぜ。やる気なんざ元々無えよ」

「じゃあどうして、研究班なんかに入ったんですか。別に入る必要があるわけじゃないですよね?」

 男は飲もうとして持ち上げた一升瓶をおろす。

 ギア・ナイト研究班は必ず所属しなければならないという訳ではない。確かに良い成績をトーナメントで残せば評価にプラスされる。しかしそれは本来の学業に勝るものでは無い。ギア・ナイト研究班の活動は単位にならない。なので単位が足りなくなりそうになり、ギア・ナイト研究班から抜ける学生も多い。

「ギア・ナイト研究班に入ったっていうことは、ギア・ナイトを作りたかったんですよね。それなのに、どうしてギア・ナイトを作らないんですか」

「…………」

 男は無言で酒を飲む。その目をゼンはじっと見る。

「作りたいんですよね。なら作りましょうよ」

「うるせえんだよ!」

 男は建物が震えるほどの叫び声を放つ。しかしゼンは怯まず目を見つめ続ける。

「……勝負しませんか?」

「なに?」

「勝負ですよ。決闘しましょう。僕が勝ったらメンバーを集めてギア・ナイトを作る。僕が負けたら、そうですね、何でも言うことを聞きます」

 ケンカは罰せられるが、決闘の誓いを立てて行った場合は罪にならない。そういうことに法律でなっていた。

「おもしれえ。決闘方法は何にする? さすがにケンカなら俺が勝っちまうからな」

「お酒が好きなんですよね。それなら飲み比べをしませんか?」

 ゼンの言葉に誰もが驚きの表情になる。

「お前、本気か?」

「はい。あなたこそ大丈夫ですか。もうだいぶ飲んでるみたいですけど」

 ゼンの挑発に男はニヤリと唇の端を吊り上げる。

「舐めるな。この程度は飲んだうちにはいらねえよ」

「それじゃあやりましょうか。立会人はケリー先生、お願いします」

「おい、お前等……」

「さっそくやろうぜ。酒なら奥にたんまりあるからな」

 さすがに止めようとしたケリーを無視して、ゼンと男の飲み比べが始まろうとしていた。


 ここはギア・ナイト第八研究班の建物だ。しかしその床にはいくつもの酒瓶が転がっている。

「このお酒おいしいですね」

「……これは亜人の国で作られた酒だ。人によっては匂いがダメなやつもいる」

 ゼンは手酌でカップに酒を注ぎ、美味そうに飲み干す。その様子を上目遣いに見ながら、男もカップを傾ける。

 飲み比べが始まってから、すでに一時間が経過している。飲み干した酒瓶は十本をこえていた。しかし二人の顔色は変わらない。むしろゼンは嬉しそうにハイペースで飲んでいた。

「これも空になっちゃいましたね」

「……まさかこれほど飲めるとはな」

 男は関心半分、呆れ半分でゼンを見る。男と互角に飲める人間を見るのは、彼自身初めてだった。最初は口だけですぐつぶれると内心笑っていたのだが、三本目を開けるころにはその認識を改めた。

 速攻で勝負を決めてやろうと思っていたので、最初からアルコール度数が高い酒を選んだ。しかしゼンはその童顔からは想像ができないほど酒に強かった。なにしろ顔色一つ変わらないのだから。

(けっこうやばいか……?)

 男は平然としながらも、心の中は焦っていた。飲み比べが始まる前から飲んでいたうえ、最初から強い酒をゼンに負けてなるものかと、ハイペースで飲み続けていたからだ。ここまで飲んだのは久しぶりだった。

「……まずいな。酒が無くなってきた」

 ケリーの姿は無い。五本目を空けたところで、付き合っていられないと帰ったのだ。

「うぃー。なんで私の研究が評価されないんだー」

 コリオルは床でくだを巻いている。いつの間にか酒を飲んで泥酔していた。よほどストレスが溜まっていたのだろう。延々と愚痴をたれ流している。

「それじゃあ、僕が持ってるお酒を飲みますか?」

「お。どんなのだ?」

「僕の故郷のお酒なんですけど、小さい器と塩ってありますか」

「あるぞ。ちょっと待ってろ」

 男は塩の入った容器と、小ぶりな器を持ってくる。

「この器、パイプカバーじゃないですか?」

「気にするな。洗ってある」

 じゃあと言って、ゼンはポケットから小さなビンを取り出し、中身をお互いの器へ注ぐ。

「故郷の酒って、お前の出身は?」

「大陸北部のロジニア共和国です」

「留学生だったのか! で、酒の名前はなんていうんだ」

「ウオッカです。これの飲み方は、まず手の甲に塩を盛ってください。それでお酒を一気に飲んだらすぐに塩を吸います。これが僕の村での飲み方でした」

「へえ。面白い飲み方だな」

「それじゃあ、カンパイ!」

 二人は器を軽くぶつけると、中身を一息で飲み干して塩の山に吸い付く。

「ふぅ……どうですか、このお酒は?」

 男は体を震わせて、ブフゥと大きく息を吐いた。

「これは……とんでもねえ酒だな!」

「口に合わなかったですか」

「そういうんじゃなくてだなあ……」

 男の喉と胃はまるで燃えているように熱い。それなのに背筋がやけに寒く、顔から汗が吹き出る。これまで飲んだどの酒よりも刺激的だった。暴力的と言ってもいい。

「これ友達に飲ませたんですけど、みんな飲めなかったんですよね……」

「そりゃあ無理だろうよ……」

「だから飲んでもらえて嬉しいです! まだありますから」

「いやっ、もういい!」

「そうですか……」

 ゼンは肩を落としながら瓶をポケットに入れる。

「じゃあ飲み比べの続きをしましょう」

「いや。俺の負けだ」

「え?」

「ハハハハハ! 負ける気はしねえが、さすがに二日酔いになりそうだからな。そんな状態じゃあ仕事できねえしな」

 男は心底楽しそうに笑う。最初は理解していなかったゼンだが、徐々にその意味を理解して、喜びの表情になった。

「それじゃあ!」

「ああ。ギア・ナイトを作ってやるよ」

「やったあ! あ、でも他の人は」

「俺が責任もって集めてやる。明日から作業開始だ。だが、条件がある」

「条件ですか?」

「ああ。お前も研究班に入れ」

「ええっ! でも一年だし」

「それならこの話は無しだ」

 ゼンは腕を組んで目を閉じ考え込む。しばらくそうやって、顔を上げる。

「わかりました。がんばります」

「よっしゃ。俺の名前はマルタウ・プレンティ。機構科の五年だ」

「僕は機構科一年のゼンです。よろしくお願いします」

 二人はがっちりと強く握手をする。

 そんな感動的な光景の中、コリオルは床の上でいびきをかいているのだった。


 次の日、エキュペント学園の食堂で、ゼンはドノヴァーとグラグルにギア・ナイト研究班に入ることになったことを話していた。

「へえー。研究発表会があるんだね」

「しかしゼン、あの酒が飲めるから強いとは思ってたが、そこまでかよ……」

「でも研究班で僕がちゃんとやっていけるか心配なんだ」

「大丈夫だよ。キャリーバッグとか自分でエーテル・ギアを作れるし、ギア・ナイトの整備もやってたんでしょ」

「そうそう。まだ一年なんだから、気楽にやっていきゃあいいんだよ」

「うん。でも時間がないんだよね」

 発表会まで一ヶ月。本来は一年の時間をかけてやるものなので、本当にできるのか不安は拭えない。

「そんな不安そうな顔すんなよ。なんとかなるって」

「でも自分たちでギア・ナイトを作るなんてすごいよね。ちょっと見てみたいな」

「じゃあ今日の放課後見に来る?」

「いいの?」

「面白そうだな。俺も行くぞ」

 そうして談笑しながら食事をしていると、人影が彼らのテーブルの横に立っていた。それに気づいた三人は顔を向ける。

「あ」

「……ここ、いいか」

 返事を待たず一人の学生、ロイラが席に座る。

「…………」

 ロイラは座ると、無言で食事をはじめた。三人は困惑して顔を見合わせる。そしてグラグルが「お前が聞け」とゼンに目で合図をした。

「あの……どうしたの?」

 しばらく無言の時間が過ぎ、ロイラが食事の手を止めた。

「……お前が、ギア・ナイトの異常を発見したらしいな」

「え? あ、やっぱりあのギア・ナイトはロイラのだったんだ」

「知っていたのか」

「この前訓練場で見たのと似てたから、そうなのかなって」

「っ! 見てたのか!」

 ロイラは顔を真っ赤にしてゼンを睨みつけた。

「う、うん」

「まさか、アレを見られていたとは……」

 ロイラは頭を抱え込んでテーブルに頭を伏せる。

 無様に何度も転倒しているところを見られていたのだ。恥ずかしくて仕方がない。

「そういえば、先輩が調整しておくって言ってたけど、調子はどうだった?」

「……ああ。今までが何だったのかと思えるぐらい、スムーズに動けた」

「そうなんだ。よかった」

 ゼンが満面の笑みを浮かべると、何か言いたそうにロイラがその顔を見る。

「どうしたの」

「……お前が足の異常を発見したおかげで、昨日はうまくいった……まあ、だから、その……なんだ、ありが……」

「お前か、テッドが世話になったってやつは」

 ロイラが何か言いかけたとき、横から声がかけられた。

 そこにいたのは背が高い、まるでゴリラのような体格の男だった。制服が今にもはち切れそうだ。顔は四角く、鼻が大きくて上を向いている。腕を組んでこちらを見下すようにふんぞり返っていた。

「……誰だ」

 ロイラが不機嫌なオーラを放ちながら睨みつけると、男の後ろから三人の学生が出てきた。

「なんだその口の聞きかたは!」

「この人を誰だと思ってんだ!」

「てめえ、この前はよくもやってくれたな!」

 三人の姿を見て、ロイラはため息を吐く。いつも嫌がらせをしてくる貴族たちだった。

「なんだ、お前らか」

「あの時のことは忘れて無いだろうな!」

「ああ、覚えている。お前が泣き喚いている姿は、忘れたくても忘れられない」

「誰が泣き喚いていたんだ! 誰が!」

「お前だ」

 ロイラと言い合っているのは、先日模擬戦で叩きのめしたラッドだった。その顔は憎しみと悔しさで真っ赤に染まって、口から唾を飛ばしながら大声で怒鳴る。その様子にゼンたちは迷惑そうに顔を歪めた。

「おいおい。俺を無視するんじゃねえよ」

「すいません、ランドさん!」

 テッドは顔色を変えると、ランドと呼んだ男に頭を下げる。どうやらかなり目上の相手らしい。テッドは後ろに下がり、ランドはテーブルに近づいてロイラを見下ろしながら鼻で笑った。

「こんな亜人の女なんかにやられるとは、お前ら情けねえなあ」

 心の底から馬鹿にした態度に、ロイラの目は急角度を描く。殺意を込めた目で相手を睨む。ランドは彼女を見下したように笑った。

「……喧嘩を売っているのか」

「そういきり立つなよ。そんなおっかない顔で睨まれたら、怖くてつい手が出ちまうかもしれねえなあ? そうなったら、その汚ねえ蛇顔が、さらに汚くなっちまうぜ」

 ロイラは勢いよく立ち上がると、椅子が倒れて大きな音をたてた。その様子に食堂の学生たちは、遠巻きに彼女たちを見ている。

「いいだろう。表に出ろ」

 しかしランドはおどけた様子で両手を上にあげる。まるで争う気持ちはありませんよ、とでもいうように。

「おいおい、さすがに殴り合いはまずい。教師のやつらに説教されるなんて面倒だ。だからよ、模擬戦でケリつけようぜ」

「なんだと?」

「もうすぐギア・ナイト研究班の発表会があるのは知ってるだろ。そこで模擬戦をやるのさ」

 発表会では製作したギア・ナイトのデモンストレーションとして、ギア・ナイトでの模擬戦が認められている。しかし模擬戦とはいえせっかく作り上げたギア・ナイトに傷はつくし、もしかしたら壊れて使い物にならなくなるかもしれない。なので発表会で模擬戦を行うのは、毎年数組だけだった。

「どうせなら大勢の前でぶちのめしたほうが気持ちいいからな」

「……いいだろう。吠え面をかかせてやる」

「本当にいいのか? 俺は研究班の作ったギア・ナイトだぜ」

 ランドは被虐的に口の端を吊り上げる。

「一年のお前が着れるのは、練習用のギア・ナイトだけだ!」

「そんなので勝てると思ってんのか!」

「吠え面かかされるのはそっちだぜ!」

 三人組も虎の威を借る狐のように、口々に挑発してくるがロイラは一睨みで黙らせる。

「問題ないさ。豚がいくら叫んだところで怖くない」

 その挑発にランドの顔に青筋が浮かぶ。

「……本当に殺されてえみたいだな!」

「はっ。頭が悪いうえに息まで臭いな。豚のほうがマシだ」

「ペッ! 訓練用のギア・ナイトで勝てるわけねえだろうが! 泣きを見るのはテメェだっ!」

 初心者練習用のギア・ナイトは駆動系の簡略化だけでなく、その出力も落とされている。なれていない人間にいきなりフルパワーで動かされると怪我の原因になる。さらにパワーの制御ができていないと、模擬戦で相手に怪我を負わせたり、最悪の場合は殺してしまうことがあるのだ。実際に年に何人かの死亡事故が起きていた。

 ロイラとランドが一触即発の雰囲気で睨み合っていると、横から能天気とも思える声が飛んできた。

「じゃあ、僕らが作るギア・ナイトを使えばいいよ」

「……?」

 それはゼンだった。怪訝そうに眉をひそめる二人に、可愛らしく首をかしげる。

「ああん? お前、一年か? 研究班に入ってるわけねえだろ」

 ギア・ナイト研究班は専門的な知識と技術が必要になる。参加するのはほとんどがコースが分かれる三年からで、一年から研究班に所属している人間は数えるほどしかいない。

「この前研究班に入ったんです」

「どこの班だ?」

「第八研究班です」

 ゼンがそう言うとランドたちは目を見開き、そして大声で笑い始めた。

「ギャハハハハハ! おいおい、まさかあの『犬のシッポ』かよ!」

 腹を抱えてラッドは笑っている。すると周りで見ていた学生たちからも「第八って、あの落ちこぼれ集団の?」「まだ残ってたのか」「たしかリーダーがアル中なんだろ?」「ひどい女タラシがいるんだよな。班の中の女に全員手をつけて、それで追放されたって」などといった声があがる。

「……あー、笑った笑った。いいぜ、そのギア・ナイトで戦おうぜ。あの班が作ったものなんか、どうせ大したもんじゃねえだろうしな。それどころか本当に完成するのか疑問だなあ!」

 ランドたちは笑いながら背を向けると、食堂の外へ出て行った。

 後に残されたのは、沈黙するゼンたち。

「……お前、どういうことだ」

「え? 僕、研究班に入ったんだけど」

「そうじゃない。なんのつもりで私にギア・ナイトを貸すんだ」

「だって練習用のギア・ナイトだと負けるかもしれないんでしょ。だったら、作ったギア・ナイトを使ったほうがいいんじゃないかなって思って」

「……」

 ロイラはゼンを見つめる。

 どうしてコイツは、私に近づいてくるのだろうかと疑問を浮かべる。

 彼女は亜人だ。百年以上前とはいえ、人間たちは亜人たちと大きな戦争をしていた。そのため今でも亜人は人間たちに迫害され、ロイラも色々ないやな目にあってきた。

 誰もがその目に浮かべるのは、嫌悪や嘲笑といった光だった。しかしゼンは違う。子供のような純粋な瞳で、それこそ対等の友人のようにこちらを見てくる。

「……そんなこと、放っておけばいいだろう」

「だって、友達が困ってたら助けるよね?」

「友達……?」

「うん。僕たち友達じゃない」

 ロイラは呆然とゼンを見るが、相手はただ笑みを浮かべて見返すだけだった。

「ね、ねえ。ギア・ナイトを貸すって言っちゃたけど、それ許可を取ってるの?」

 ドノヴァーの質問に、ゼンはあ、と声を出す。

「どうしよう。許可もらってないよ」

「そもそも、ギア・ナイトってできてるのか?」

「これから作るんだよ」

「それ、本当に間に合うのかよ!」

「なんとかなるよ」

 無邪気に笑うゼンを見て、三人は深くため息を吐くのだった。


 放課後になり、ゼンたち四人は第八研究班の建物へ向かっていた。

「こっちに研究班の建物が集まってるんだな」

「商業科は全然こっちには来ないから、こんなにいっぱい建物があるなんて知らなかったよ。あっ、ギア・ナイトだ」

「商業科の人には関係ないもんね。わっ、あのギア・ナイト前に見たときと羽の形が変わってる。かっこいいなあ」

「……」

 ゼンとドノヴァーとグラグルの三人は騒がしく喋っているが、ロイラは黙って歩くだけだった。たまに喋り続けている三人を横目で確認するが、会話に加わろうとはしなかった。

 やがて四人は第八研究班の建物の前までやってきた。

「ここがそうだよ」

「……なんだか、ボロいな」

「……うん」

 周囲に転がったゴミが風に吹かれて地面を転がる。その建物は、まるで荒野に打ち捨てられた小屋のようだった。

 立ち尽くしている他の人間を置き去りにして、ゼンはドアに手をかける。

「おじゃましまーす。みんなも入って」

「お、おじゃましまーす」

「中も薄汚れてんな」

「……」

 ゼンたちが入るとガタイのいい男が振り返った。それはゼンと飲み比べをしたマルタウだった。

「よう、来たな。後ろのやつらは誰だ?」

「僕の友達です。見学したいんですけど、駄目ですか?」

「いや、構わねえぜ。とりあえずこっちに来てくれ。メンバーを紹介するからな」

 建物の中には名人もの学生がいた。ゼンはマルタウの横に立つと、彼らに自己紹介をする。

「こいつがさっき言ったゼンだ」

「はじめまして。機構科一年のゼンです。よろしくお願いします」

 ゼンは腰を直角に曲げて深々とした礼をする。

「よし。じゃあゼンにコイツらを紹介するぞ。おい、お前から自己紹介しろ」

「ええー。どうせなら、そっちのお嬢さんに自己紹介したいなあ」

 マルタウに指名されたのは、チャラい男だった。髪の毛は肩まで届く、細くて滑らかな長髪。背はすらりと高く、彫りの深い顔はどこか甘くて見るからに美男子だった。

「俺はポーテッド、ライロン。素材研究科の六年さ。趣味は女の子と遊ぶことと口説くこと。どうぞよろしく」

 ポーテッドは最後に少し離れた場所に立つロイラに向けて、ウィンクを飛ばした。しかし彼女はそれを無表情で無視した。

「次はお前だ」

 次に指名されたのは、頬がこけて病的な顔色の男だった。なぜか手でサイコロを弄り回している。

「どうも。俺はジャック・テルミン……ああ、腹が減ったな……」

「あの、大丈夫ですか」

「ああ。この一週間ほど水以外を口にしていないからね……」

「大変じゃないですか! 何か食べるものを」

「気にするな。こいつはギャンブル狂でな、有り金全部つぎ込んじまったんだよ。自業自得だ」

「あそこでルーレットが赤にくれば……いや、あと一枚あのカードが手元に来れば……」

「ほんとに大丈夫ですか……?」

 次は女性だった。髪の毛が腰に届くほど長く、不気味な笑みを浮かべ目が血走っていて、危ない雰囲気を周囲に放っている。

「ケヒヒ……はじめましてぇ。私はアイリーン・チャックマン……お金に困ったときは私に相談してねぇ。トイチで貸してあげるから……フヒヒ」

「こいつは金の亡者だからな。絶対にこいつから金を借りるな。ケツの毛まで毟り取られるぞ」

「失礼ですねぇ、そんなヒドイことするわけないじゃ無いですかぁ……ねぇ、ポーテッドさん……」

「ひいいいいいい! 狭くて暗いところは嫌だあああああああ!」

「いったい何があったんだ……」

 ポーランドの怯え様を見て、ドノヴァーとグラグルは顔を青くしている。

「そして他のやつらだが……まあ後で覚えていきゃあいい。こいつらに比べたら普通の人間だ」

 マルタウのぞんざいな扱いに、十数人の男たちは抗議の声を上げる。

「班長、その扱いはひどすぎます!」「俺たちだって生きてるんだ!」「そりゃあ、あの三人に比べたら影は薄いですけど!」「このアル中!」

「うるせえ黙ってろ! 時間が無えんだよ! あと最後のやつは後で殴る」

 マルタウが男たちを黙らせると、ゼンのほうへ顔を向ける。

「よし。で、作業なんだが……」

「ちょい待ち。なんで俺たちがやらなきゃなんねーの?」

「……こんな空腹の状態で作業なんかしたら死んでしまう……」

「キヒヒ……金にならないことはしたく無いねぇ……」

 メンバー達から不満の声があがる。

「そうだよな。何で今さら真面目にやらなきゃいけないんだ?」「別にギア・ナイト作る必要なくね?」「そもそも、班長が飲み比べで負けたのが原因だろ?」「つまり班長が悪い」「俺ら関係無いよね?」

 口々に不満や拒否の言葉をつぶやいていると、マルタウが一喝した。

「うるせえっつてんだろうが! いいから、やれ!」

「……そう言われても、何をすればいいのか……腹へった」

「クフフ……そもそも、どんなギア・ナイトを作るつもりですかぁ? 資金も無いのに」

「え? 作れないんですか」

 驚きの声を出したゼンに、アイリーンは血走った目を向ける。

「キュフフ……この班の金庫はカラッポだよぉ。全部男たちの酒代や、そこのナンパ男のデート代や、そこのギャンブル狂の賭け金で無くなっちゃったからねぇ……フフフ」

 研究班には学園から一定の研究費が支給される。それを使って研究をするのだが、それをこの第八研究班は全て遊行費に使っていた。

「でも、部品はいっぱいあるように見えるんですけど?」

 研究所の建物の中には、パイプや歯車、ギア・ナイトのフレームなどが散乱していた。これを使えばギア・ナイトを製作可能なように思える。

「……これは、何年も前から放置されているものだから、錆びていたり使い物にならないものも多いと思う。それに技術は次々と進歩しているから、規格が違っている部品もあるはずさ……腹がへった」

「キヒヒ……それに売って金に換えた部品も大量にあるからねぇ、ここにギア・ナイトを一着作れるだけの部品があるか疑問だよぉ……ククク」

 マルタウは頭をガリガリと掻く。

「たしかにそうかもしれねえな。ギア・ナイトのデモンストレーションをするにしても、騎士科の人間がいねえし」

「あ、それなら。大丈夫です。ロイラがいますから」

 ゼンはロイラへ顔を向ける。研究班のメンバーたちもそちらへ顔を向けた。

「どういうことだ?」

「ロイラにギア・ナイトを使ってもらって、それで発表会で模擬戦をするんです」

「模擬戦? どういうことだ?」

 ゼンは今日の食堂であったやり取りを説明する。

「なるほど。それで、そのバカ貴族とやりあう事になったと」

「ちなみに、その貴族は誰かな?」

「たしか、ランドって言っていた気がします」

「ククク……ランド・スプルですかぁ。頭まで筋肉の、典型的な貴族思想の持ち主でしたねぇ。たしか取り巻きの人たちもそうです。あなた、苦労したんじゃないんですか……フヒヒ」

 アイリーンが横目でロイラを見ると、小さく鼻で笑う。

「あんなもの、子供の悪ふざけだ……腹立たしいのは変わらないがな」

「ええっ、君みたいに美しい女の子を傷つけようなんて最低だね! よし、やってやろうじゃないか」

 女好きのポーデットはやる気を出したポーズで、ロイラへとアピールするが、彼女の目に全く入っていない。

「たしかに、あのお高くとまった貴族様に吠え面かかせてやりてえなあ」「ちょっとシメてやるか」「あいつら貴族ってだけで、俺らに対して年下のくせに横柄な態度とりやがるからなあ」「あれはムカツクよな」「貴族なんか全員滅びろ!」「それ、前の彼女を貴族に取られたからだろ。逆恨みすんな」

 他のメンバーたちもやる気になっているようだが、ジャックとアイリーンの二人はうかない顔だ。

「……だから、腹が減ってそれどころじゃないんだって……」

「ケヒヒ……お金にならないことは御免ですねぇ……フヒヒ」

「あの、それなら何とかできると思います」

「ククク……どうやってかなぁ……ククク」

「ジャックさんはギャンブルが好きなんですよね? だから、それをやりましょう」

 ゼンの言葉にジャックは首をかしげる。

「それって、ギャンブルってことかい?」

「はい。模擬戦でロイラと相手、どっちが勝つか賭けるんです。そしてアイリーンさんは、その賭けの胴元をやってくれませんか」

「ヒヒヒ……どういうことかなぁ……ヒヒヒ」

 二人は興味深そうにゼンを見つめる。

「つまり、発表会での模擬戦でどっちが勝つかっていうギャンブルです。こう言っては何ですけど、ここの研究班はまわりから馬鹿にされていますよね。そんな班が勝てるなんて思わないから、誰もこっちに賭けようと思わない。そこでジャックさんがこっちに賭けてロイラが勝てば大儲けできるし、こちら側に賭ける人の人数も少なくなるから、アイリーンさんが胴元をやれば必然的に配分する金額も少なくて儲かります。どうでしょうか?」

 ゼンの言葉を聞いてしばらく無言だった二人だったが、ゆっくりと顔を見合わせる。

「……なるほど。成功すればかなり儲かりそうだ」

「クフフ……しかし、そううまく行くのかなぁ……と言うのは野暮だねぇ。それに、最近は大きい儲け話も無かったことだし、やっちゃいますかねぇ……クフフ」

「それじゃあ!」

「キヒヒ……いいよぉ、その提案に乗っかってあげるよ。しかし君、そんな可愛い顔でけっこう腹黒いねぇ……ヌフフ」

「これは本気でやらなきゃだめだな……でもその前に何か食べさせて……」

「話はまとまったな。いよっし、やるぞお前らぁっ!」

「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」

 マルタウの声に応え、第八研究班のメンバーたちは雄叫びとともに腕を高く掲げた。それはまるで、今から戦いに赴く騎士団のようだった。

「……それで、私が着るギア・ナイトはどこにあるんだ」

「え?」

 興奮冷めやらぬなか作業に入ろうとした人間たちは、冷静なロイラの一言で言葉を無くし、建物は静寂に包まれたのだった。

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