失せ物むっつ、行路に併せ。

翅蟲の結眼

「軍人は死した後、何処へ行くのですか」

 目の前の小さな少年が、そう言う。まっすぐに見ているつもりなのだろうとは思うのだけれど、いかんせん視点の主より背が低い為、不自然に睨みつける形になっている。視点の主はそれを不快に思っていないようだ、………というより、視点の主は視点の主で、少年の顔をまっすぐ見ようとする気はないようだった。顔を前方に向けたままなのだ。少年を見下ろす形になっている。少年は全く怯んだ様子を見せず、言葉を続けた。

「極楽ですか、あるいは、地獄ですか」

 少年はとても上等とは思えない和服を着ていた。履いた袴はくすんだ色をしている。少年の顔は日に焼けていた。

 視点の主は質問に答える。

「私は」

 重く深く沈む、淡々とした声だった。

「死んだことがない、故に、わからない」

 しいん、と。静まる空気、濁る風。

 自分の呼吸音だけが耳にこだまする。

 正面の彼は睨んでいた。そして、その小さく薄い唇を開く。

「×××、×××××」




「迷路」

 ゆっくりと目を開けた。

 何故か足のあたりに置いていた冬用の掛け布団を被っている。道理で暑い筈だ、じくりと滲む背中は焼けるようだった。寝間着は汗でじっとりとしている。顔を覗き込む細目の彼は、少し心配そうだ。

 空は青い。陽は高い。どれほど眠っていたというのだろう。目覚ましをかけわすれたのか、と首を振った。

「嫌な夢でも」

 首を傾げる隘路に、「いいえ」なんでもない、と返す。「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 体を起こしてゆっくりと立ち上がった。縁側から青い空が見える。入道雲が高くそびえている。夕立になるかもしれない。

「隘路、今は何時なのでしょう」

「さて。何時かな」

 あいまいな返答はいつものことだ。特に気にしていないのだけれど。

 ふと、空のあわいに目を凝らした。

 青い海を横切る一陣の風の雲。白く閃光のように突っ切る。空に区切りを、線を引くような鮮烈な白。

「あれは………」

 飛行機。大きなプロペラが先端にある。色は深い緑をしている。特徴的な造形は見覚えがある。けれど、あれが今ここで見えるのはおかしい話だ。今ここで飛んでいるのはおかしい。本来はないはずのもの。だとしたら、あれは。あれは。

「ねえ、隘路」

「うん?」

「軍人は死んだら何処へ行くのですか?」

 隘路は顎に手を当てる。深く考え込むようにした。萎んで茶色くなった朝顔が、しなりと地面を向いてうなだれている。

「さて。どうであろ」

 ただ、あいつの考えていることはわかる、と。隘路は顎に当てていた手を口元へ滑らせる。

 ぐる、と旋回した。

「どうせまた、嘲るのだろうよ。とな」

 小学校最後の夏休み。特に何もなかったけれど。

 遠くへ飛び去って行く夏の残滓を、下から見送る。

 影は薄く地面を色付けた。

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