Ⅴ いきなり囲まれたぞ

「隊長! やはり人がいました、男です!」


 兵士の一人が声を上げると、後ろから現れたのは背の高い男だった。

 長身にして細身。無骨な甲冑を身に着けた周囲の兵士たちとは異なり、一部貴族風の軽い出で立ちをした男が圭介の目に映る。

 隊長と呼ばれるだけあって、やはりこの兵士たちを束ねるリーダーのようなものだろうか、兵士の呼び声に応えるわけでも、圭介のほうを見るわけでもなく、周囲をうかがいながらこちらに近づく男に兵士たちが恭しく道をあける。


「あは、あはは……ど、どうもこんばんはー……」


 その光景に、つい圭介も愛想良く話しかけてみたのだが、隊長と呼ばれるその男は圭介の挨拶など聞こえぬとばかりにどこか別のほうへ目線を向けていた。


「……近隣の住民から、この森で激しい衝撃音があったとの通報を受けた。見たところ、どうやらこの家らしき建物が原因みたいだが……」


 と、どうやらずっと圭介の家を見ていたらしい。独り言のように呟いて、目の前に対峙した男が圭介に顔を向けた瞬間、圭介は全身が凍りついたような気がした。

 顔に刻まれた深い傷――。

 男の、右目を覆う火傷のような傷跡に驚いたからではない。

 いや、もちろんそれもあったかもしれないが、しかしそれ以上に、男の獣性を帯びた鋭い視線が圭介を射すくめたからだ。


「これは貴様の仕業か?」


 低い声で、そうたずねる男の睨みに圭介は思わず後ずさる。

 重々しい金属に身を包んでいない分、他の兵士たちと比べると線が細く見える男は遠目からして一見、剣よりもペンを振るうタイプの上官のように思えたがとんでもない。その眼光は人間というよりも、獲物を品定めする獣のそれだ。全身から発せられる威圧感も半端ではなかった。


「その珍妙な格好……この国の者か? この場所で何をしている。答えろ」 


 圭介を眺めながら、立て続けに質問をしてくる男の口調はいきなり尋問に近い。だが、圭介とて何か咎められるようなことをしたわけではないのだ。ここで口ごもってしまっては、相手に後ろめたさを隠す印象を与えかねない。そう考えた圭介は、場の雰囲気に飲まれまいとしっかり男の目を見つめながら答える。


「は、はい。えーとですね、まず俺は、この国の人間ではありません。ここはブリリアント、でしたっけ。この大陸とは違う世界から来たみたいなんです」

「……ブリリアントとは、違う世界?」


 圭介の言葉に周囲がざわつく。


「そうです。実は俺、理由はわかりませんが、いきなりこの世界に来ちゃったみたいで。そこにある家と一緒に、気づいたらこの森にいて……ホント自分でもよくわからないんです。なんでここにいるのかも……」


 改めてここに来た経緯、事情を詳細に説明する圭介。

 少し前にエメラルドにも同じ内容を伝えていたせいか、よどみなく言葉を紡ぐことが出来たつもりだ。

 もちろん元の世界に帰りたいという想いも訴える。


「ホントなんです、信じてくださいっ! 俺の住んでる国、日本っていうんですけど誰か知りませんか!? 誰でもいいんです、知ってる人……お願いですっ! 俺、家に帰りたいんです!」


 必死な圭介の叫びに、しばらくは黙って聞いていた周りの兵士たちも互いに顔を見合わせ、それぞれが何かをささやき始める。

 その中の一人が、圭介の前に立つ男に反応をうかがった。


「た、隊長」

「……うむ」


 頷くと同時に、男はあご髭をさすりながら目を細める。


「今の話だが、ニつ疑問に思うことがある」


 誰ともなしに呟いたかのように思えた台詞であったが、男の視線は間違いなく圭介を捉えていた。


「な、何でしょうか」

「一つ目。貴様、先ほどブリリアントの名を口にしたな。異国から来たという貴様が何故この大陸の名前を知っている。答えて貰おう」

「そ、それは……」


 問われて圭介は言葉に窮した。

 この世界がブリリアントという名前の大陸であると圭介に教えたのは、先ほどまでここにいたエメラルドだ。

 彼女から聞いた――。答えとしてはいたってシンプルなのだが、しかし圭介は突然逃げ出したエメラルドの姿を思い出す。

 それまで圭介と楽しそうに喋っていたエメラルドが、あれほど怯えた表情を見せたのだ。その様子から察するに、単に都の兵士たちとの関わり合いを避けるためにこの場を離れただけとは思えなかった。

 何か訳ありの事情があるのだろうか、と圭介は考える。

 だとすれば、エメラルドの存在を口にするのは避けたほうが良いに違いない。ここで圭介が正直に答えることで下手をすれば兵士たちがエメラルドを探し始めるかもしれないからだ。もしそうなれば、エメラルドにとってはこの上なく迷惑な話であろう。

 そう思った圭介は、言葉を濁らせ適当に答えることにした。 


「それは、その……お、俺たちの国でもブリリアントの名前は結構有名なんですよ。魔法とか、魔法石とか、俺たちの国にはそういうのなくて。だ、だからみんな憧れてるっていうか……。ただ、詳しい場所とか知らないんで、俺みたいなヤツは滅多に来ないと思いますけどね。俺自身、さっき言ったようにどうやってここまで来たのかはわかんないですし。はは……」


 乾いた笑いは場の空気を取り繕うため自然と出たものだ。が、この場においては極めて不自然な笑いになってしまったと圭介は自分でも感じた。

 そんな圭介を見つめながら、男は「なるほど」とだけ口にして次の質問に移る。


「二つ目だ。これは、貴様自身もよくよく考えた上で答えるといい。先ほど……自分が違う世界から来たと言っていたな。気を失っていたため、ここにいる経緯も覚えていないとも」

「は、はい。その通りです」


 前置きが意味深なものであったため、圭介も緊張して構える。

 しかし、次に男の口から飛び出てきたのは思いもよらぬ台詞だった。


「そんな馬鹿な話があると思うか?」

「な……っ!」

「ないだろう。俺は聞いたことがない。違う世界などと……戯言ももう少し凝った作りにするべきだったな、小僧。大人をからかうものではない。……おい!」


 突如、男の合図とともに兵士たちが動き出す。と同時に数人が圭介の家の周りを調べ始めた。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 慌てて止めようとするものの、兵士に肩を掴まれそれは遮られた。


「悪いが貴様を一旦都まで連行させて貰う。詳しい話はそこでゆっくり聞こう」 「そ、そんな……!」


 男の非情な言葉に圭介は愕然とする。


「そのままこの男を捕縛だ! 残りの者は建物内を捜索、怪しいものがないか徹底的に調べろ!」

「はっ!」


 男に指示を出されるや否や、機敏な動きで次々と兵たちが圭介の家に群がっていく。

 その内の何人かが圭介のもとへ駆け寄り、身体を拘束しようと試みた。


「大人しくしろ!」

「……っ、は、離せよっ!」


 腕を掴もうとする兵士の手を圭介は強く打ち払う。


「て、抵抗するか貴様っ! おい、手伝え!」


 掛け声とともに、圭介を囲う金属音が徐々に増えていく。


「貴様っ、大人しくしろ!」


 頭を押さえられ、背は羽交い絞めにされ、それでも尚圭介は抗おうと必死に力を振り絞る。


「ぐ、ぎ、ぎ……は、離せ……っ!」

「こ、コイツ、なんて力だ‥…このっ、まだ抵抗する気か……っ!」


 その場からまったく動く気配のない圭介に、兵士たちも無駄な抵抗は止せと口々に声を上げるのだが愚問だ。どこの世界に大人しく虜にされるのを良しとする人間がいるのだろう。どんな理由があって自分がこのような目に遭わなければならないのか。ガチャガチャと鳴り響く喧噪の中で、圭介は理不尽でしかないこの状況に強い憤りを覚え始めていた。

 馬鹿げた話――。

 兵士を束ねる男は、圭介の話を聞いた上でそう切り捨てた。あるいは確かに、それが普通の反応であるのかもしれない。

 だが、圭介はその馬鹿げた話に巻き込まれ、戸惑い、恐怖を感じつつも何とか前に進むべく立ち直った所である。誰かに助けを求めたいがために事情も説明した。それがなぜ急に、このような犯罪者紛いの扱いを受けなければならないのか。誰に迷惑をかけたわけでもない。

 圭介に言わせれば、馬鹿げた話とはまさに今の状況を表す言葉なのだ。

 そう思うと怒りでますます力が込められる。


「……お前たち、数人がかりで何をしている。フザケている場合ではないぞ。さっさと捕まえろ」

「そ、それがコイツ、とんでもない力でして……!」

「き、貴様ぁ……抵抗して、後でどうなるかわかっているのか……っ!」

「ぐ、だ、誰が大人しく捕まるか……お前らこそ……」


 懸命に足を踏みしめ、口端を固く結びながら圭介は横目で家を見た。

 兵士の一人が玄関の扉を開け、家の中に入っていく様子が目に映る。

 冗談じゃねえ……っ!

 一挙に押し寄せる怒りの感情に、瞳の奥が燃え上がるような錯覚を覚えた圭介は――。

 圭介の襟首を掴んでいた一人の兵士の目が大きく見開かれる。


「お前らこそっ! 離せっつってんだろーがっ!!」


 ありったけの力を込めて圭介が叫んだ瞬間、

 兵士たちの身体が、宙を舞った――。

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