第4話 脱税
おれが子供の頃、うちの一家は環七沿いのマンションに住んでいた。これは当時の話で、親父から直接聞いたわけではなく、成人してから、母親から聞かされた。
母親はこう言ったものである。
「中野税務署じゃないよ。国税局査察部が来たんだからね」
誤解のないように言っとくと、それって自慢になんねーからっ!
親父は競馬が好きで、その反動ではおれは一切博打はやらない。
あのころの親父は、母親をダミーにパン屋を経営したり、横浜でパブレストランにサウナ。中華料理屋も経営したし、よくわからないがいろいろやってた。ただし表向きは全部他の人が経営してることにして、自分は一切収入がないことになっていた。
このへんの話はおれもよく分からないんだけど、何年か収入がないと、浮浪者みたいな扱いになって、以後税金を払わなくてよくなるとか、そんなシステムがあるらしい。あくまで、「らしい」だ。よく、知らないし、知る気も無い。
だから親父は表向きは無収入になっていた。
が、ファイヤーバードやサンダーバードを買い替えて乗り回し、競馬好きが高じて馬主になったりしていた。収入がない(はずだ)から、馬主の資格はとれないが、そこは友達を馬主にして共同で馬を持つ方式をとっていた。基本が黒幕である。
あのころ本当に困ったのは、学校の作文の時間。「お父さんの仕事」ってテーマだ。
おれは父親の仕事が分からなかった。母親に聞いても「会社員」ってことにしときなさい、とか適当なこと言ってくる。いま思うと親父の仕事は、「誰もしらなかった」のかもしれない。
で、当然の成り行きで税務署がくる。
喫茶店に呼び出されて
税務署員「あんた、収入が無いのに、どうして外車乗り回して、競走馬所持したりできるんですか? そのお金はどこからきたんですか!」
そういうとき親父は「うーん」といって黙り込んじゃうらしい。一時間でも二時間でも黙ってる。そしておもむろに口をひらく。
親父「ときにあなた、競馬はやりますか?」
なーんてトボケタことやってるうちに、とうとう国税局査察部が自宅にきちゃったらしい。
早い時間に来て、
査察部「すぐ帰ります。お子さんが帰ってこないうちに」
という配慮もあったとか。
で親父は母親に「寿司でもとって」というと、
査察部「贈収賄になりますので結構です」
と堅かったらしい。そりゃそうだが。
で、結局なにごともなく帰ったらしい。親父と話だけして。
親父「ときに脱税ってのは可能なんですかね?」
査察部「可能だとすれば、あんたがやった方法しかないんじゃないかな? われわれにはその方法が見当もつかないんだから」
とかなんとか。
ま、あんまり面白い話じゃないな。
よく分からないんだけど、後年「マルサの女」をテレビで見て、すげーなと思ってたが、身近な人に映画以上のめちゃくちゃな体験してる奴がいるとは、その時は思ってもみなかった。
で、そのめちゃくちゃな体験してる当人はってーと、
おれの隣で映画見て笑ってた……。
ただ、妹に裏をとると、こんな返事が来た。
この話、私が聞いている話とちょっと違うわ~。
なんでも政治家だかなんだかのお金を隠してあげていて
それを国税が探りに来たとか。
国税が聞きたいのは一点のみ。
「このお金の出所は?」だったとか。
あっ、でも何度か来てるみたいね。国税も税務署も。
で、その後税務署職員と仲良くなって、脱税の手口についてレクチャーしてたよ。
税務署職員からの電話口で 「それは間違いなく脱税だよ!」とかなんとか言っちゃって。
その税務署職員も変わっているよね。手口が分からない脱税の時お父さんに相談していたらしいよ。
お父さんがまるで脱税エキスパートのように電話で偉そうに色々教えているの聞いた(^_^;)
とのことである。
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