カクヨム出張版:ある日のバーでの出来事(西野と現役JKの変態スパッツ動画)

 午後十一時を少しばかり回った頃合い。六本木の繁華街、その外れに位置する雑居ビルの地下、二十数坪ばかりのスペースに設けられた手狭いバーでのこと。店内に客の姿は一人。カウンターに座り、グラスを傾ける西野の姿がある。


「そのディスプレイ、ネット配信に切り替えたのか?」


 彼の視線が向けられた先には、カウンターバックの一角に設けられたディスプレイがある。そこでは大手ネット配信サイトから提供される映像が絶え間なく流れていた。


「以前の方がよかったか?」


 グラスを磨く傍ら、画面をチラリと確認してマーキスが言った。


 つい数日前までは有線放送が流れていたそれだ。


「いいや、別に」


「そうか」


 言葉を交わしたのも束の間、すぐに会話は失われた。


 静かになったフロアには、ディスプレイに映し出された映像と共に、付属のスピーカーから流れる音だけが粛々と響く。どうやら配信サイトに投稿された映像から、再生数の多いものを自動でピックアップしているようだ。


 次々と切り替わってゆく映像のジャンルは、多岐にわたるものであった。


 そうしてしばらくした頃合いのこと。


『現役JKのダンス教室、はじまるよぉ!』


 どこかで聞いた覚えのある声が、西野の耳に届けられた。手元のグラスに下げられていた視線が、自ずとディスプレイに向けられる。するとそこでは、薄手のシャツにスパッツ姿の少女が、流行りのバンドグループの曲に合わせてダンスを踊っていた。


「委員長? いや、しかしこれは……」


「どうした?」


 自ずとマーキスの視線もディスプレイに向けられる。


 スパッツ姿の少女は大きなマスクで顔を隠していた。また、映像の撮影に慣れていないのか、音声もどことなく遠い。更に学内で眺める姿とは程遠い振る舞いを目の当たりにして、西野はこれを人違いだと判断した。


 もしもローズが居合わせたのなら、あるいは是正されていたかも知れない。


 年若い女性の公開した動画ということも手伝い、どういった意図で再生数が上昇を見せたのかは、こうして予期せず垣間見たに過ぎない西野であっても、手に取るように判断できた。


「映像のダンサーが、知り合いに少し似ていた」


「学校の友達か?」


「だが、他人の空似だろう」


「……そうか」


「自分の知っている彼女は、こういった真似を好かない」


 言葉を交わしたのも束の間、すぐに会話は失われた。


 それからしばらく、フロアには二年A組の委員長、志水千佳子の一生懸命な声が、その拙いダンス姿と共に粛々と流れ続けた。フツメンからの信頼など露知らず、生放送の視聴者からのチヤホヤを受けて、委員長の顔には絶えず笑みが浮かぶ。


 そうして小一時間ほどが経過しただろうか。


『みんな、今日は私の放送を見てくれてありがとにゃんっ!』


 頭の悪そうな締めの台詞が、閉店間際のバーに響いては聞こえた。

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