カクヨム出張版:ある日のバーでの出来事(マーキスとラストオーダー)

 午前零時を少しばかり回った頃合い。六本木の繁華街、その外れに位置する雑居ビルの地下、二十数坪ばかりのスペースに設けられた手狭いバーでのこと。一列に並んだカウンター席の中程に腰掛けるローズの姿があった。


「ねぇ、おかわりを貰えないかしら?」


「そろそろ閉店なんだが?」


「分かっているわよ、これで最後にするわ」


 手元には空になったグラスが置かれている。


 碌に氷も溶けていないそれを眺めて、マーキスは一歩引いた姿勢で対応する。


「……アンタ、段々とフランシスカに似てきたな」


「それは違うわよ? あの子が私に似てきたのだから」


「…………」


 店内には彼女の他に客の姿は見られない。


 客足も疎らであった本日、店締めの仕事も大半が終えられている。おかげで後はローズを送り出すばかり。とはいえ素直に出て行けと訴えることも憚られて、致し方なし、彼は言われたとおり新しく酒を作った。


 するとしばらくして、カランコロン、出入り口の鈴が鳴った。


「き、来てやったぜ!」


 姿を現したのは太郎助だ。


 緊張した面持ちで、彼は入店から早々店内を見渡し始める。


「またアンタか……」


 その様子を眺めて、マーキスは呆れ顔で呟いた。


 一方でフロアを確認した太郎助は、すぐに残念そうな表情となった。


「……今日も来ていないのか」


 決して少なくない頻度で同所を訪れているイケメンだ。


 気落ちした彼を眺めて、バーテンはグラスを磨く手をそのままに問い掛けた。


「仕事の依頼であれば、こちらで受けるが?」


「いや、そういうのじゃない」


「なら何の用だ?」


「…………」


 追求の声を受けて太郎助の表情が覚束ないものに変わる。実はこれと言って、西野に用事がある訳でもない。そうした彼の振る舞いを目の当たりにして、何か裏があるのかと勘ぐったマーキスが、少しばかり声色を低くして言った。


「馬鹿なことを考えていると、また痛い目を見るぞ」


「そ、そうじゃない」


「なら何だと言うんだ?」


 ただ単純に西野と話をしたいだけの太郎助だった。


 しかし、まさか口が裂けても素直にはなれない彼である。


「それを伝えるのはロックじゃない」


「…………」


 また面倒臭いことを言い始めた、とマーキスは思った。


 いい加減に相手をするのも面倒になっていた彼は、太郎助については放っておくことにした。まさか目の前の人物が、西野をどうこうできるとは夢にも思わない。


 そうこうしていると、彼の正面では空になったグラスを片手にローズが口を開いた。


「ねぇ、お代わりを貰えないかしら?」


「…………」


 さっさと店を閉めて家に帰りたいバーテンだった。

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