3. 化け学講座

(五十年って、狐も犬みてぇに寿命短そうだし、修行終わる前に死んじゃうんじゃ?)

「だろうな。狐の寿命は、八百年なんていわれてるが、実際は長くて十年チョイだ。野生では二、三年、一年以内に死ぬものも多い」


 男は、しれっと恐ろしいことをいった。

 一年って、オレ今いくつだよ?


「狐は春頃出産し、今九月だから、5、6ヶ月くらいか。それにしちゃあ、少し小さい気もするが、まあ大丈夫だ」


 いや、全然大丈夫じゃねぇから。

 それに、どっちにしろ長くて十年チョイじゃ、修行終わんねぇじゃん。


「そもそも、五十年も生きる狐なんてのは、それだけで特別な存在だ。だから、化けられるようになるとも考えられる」


 それじゃあ、ますますダメじゃんか。

 第一、修行って、何をどうすんだよ。


「狐が、木の葉を頭に載っけてドロンってやるの、絵本とかで見たことないか? まあ大体、そんな感じで化けるワケだが、修行ってのは、その葉っぱを落とさないようにすることだ」

(は?)

「そう、葉だ。正しくは木の葉ではなく、を載せて行う」


 それ、何だっけ?


「白骨化した蓋骨がいこつだ」

(ひぃっ! なんでそんなもん載っけんだよ)

「知るか。とにかく、化けたい相手のされこうべなんかを頭に載っけて、北斗星に祈りを捧げるんだが、このとき、お辞儀をしても、されこうべが落ちなければ成功だ。簡単だろう」


 んなわけあるかっ、絶対落ちるわっ。


「だから、落ちないよう紐で縛るヤツもいる」


 インチキじゃねぇかっ。


「知恵も、人に化けるためには重要ということだ」


 悪知恵だけどな。

 つまりオレは、これから毎日、ドクロだか葉っぱだがを頭に載っけて落っことさねぇよう練習すんのか。

 ハァ……。


「まさか。んなもん待ってたら、贖う相手も死んじまうって。だから、コイツを使う」


 男が両手を合わせ、ゴニョゴニョとなにか呪文のようなものを唱えると、突然目の前にまばゆい光が生じた。

 右手、もとい右前足をかざし、目を細めて様子をうかがうと、輝きはあっという間に集束し、玉ねぎのような形をした光の玉になって、空中にフワリと浮いている。


「これは、神の力を秘めた宝珠。まずコイツを口にくわえろ」


 いいながら男は、玉をむんずと掴み取り、オレの口へ強引に突っ込もうとしてくる。


(ちょっ、痛い、何すんだ、バカっ!)


 結構デカそうに見えた玉は、簡単にスポンと入ってしまい、そのままスルンと奥の方まで転がっていく。

 そして、ゴクンと、飴玉をそのまま呑み込んだときのようなイヤな感覚が、喉元を通りすぎていった。


(呑んじまったぞ……)


 焦って男に訴えたが、彼は少しも動じていない。


「まあ、構わんさ。で、化けたいヤツの姿を、頭の中に描け。出来るだけ具体的にな。ただし、女に限る」

(女? 頼正の姿に化けて、謝りにいくんじゃないのか?)

陰陽いんようというのを知っているか? 万物を造り出す根源といわれる、二つの相反する性質のことだ。天や太陽や男などは陽に属し、地や月や女などは陰に属するとされる。そして、狐は、陰に属する存在であるため、陽に属する男には化けることが出来ない。それはオスの狐であっても例外ではなく、どうしても男に化けたい場合は、まずは女に化けて男と目合まぐわい、直接陽の気を体内に入れてもらわねばならん」

(まぐわい?)

交尾セックスだ」

(セッ……イヤァーっ!!)


 無理無理無理っ!

 女とだってしたことねぇのに、男とだなんて絶対イヤだぁ。

 男は、妙に色気のある眼差しでオレを見下ろし、ニヤリと笑った。


「なんだ? 怖いのか、お子ちゃまは」

(生理的に無理って話だっ!)

「まあ、狐にもランクがあるから、もっと高位になれば、普通に男に化けられるようにもなる。だが、今は無理だから、大人しく女にしとけ」


 もちろん、そうさせてもらうけど、女っつっても、誰に化けたらいいんだ?


「とりあえず、誰でもいいんだぞ。例えば、同じクラスで気になってた女とか」

(そんなん、いねぇし)

「なんだよ、ホントにお子ちゃまだな」


 余計なお世話だ。


「じゃあ、好きなアイドルとかはどうだ?」


 アイドル? それならっ!

 脳裏に再生されるのは、とある雑誌の一ページ


 肩にかかるくらいの明るい色の髪と、抜けるような白い肌の少女が、遠い南の空の下、あどけない顔には不釣り合いな挑むような眼差しと、真っ赤な水着ビキニから溢れそうな豊満な身体ボディで、見るものを悩殺しようとしている。

 完璧ともいえる整った顔の中、薄く開いた口元の横にある黒子ホクロが、なんともなまめかしくてたまらない。


 ああ、彼女を思うだけで、身体が熱く、とろけてしまいそうだ。


「ほう。その顔、見たことあるぞ。むらサクヤ、だったか」

「なんだよっ。また人の頭ん中、覗き見しやがったのかっ」


 気恥ずかしくなって叫ぶと、男は否定し再び鏡を差し出してくる。


「わざわざ覗かずとも、見たままをいったまでだ」

「なんだよそれっ」


 条件反射でそれを受け取り、なんとなく覗き込むと、どこか古めかしい丸い鏡には、実に愛くるしい美少女が、サクヤ姫が映っていた。

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