019 転がり人間と再会




 ところで、転がり人間は離宮のひとつへ帰っていったそうだ。

 ここでいいと途中で勝手に降り立ったが、魔法使いのエラスエルには後を追うことなど造作もない。

 帰宅後、あれは王族かあるいはそれに準ずる者だろうということで箝口令が敷かれたのだった。




 その転がり人間にまた出会ったのは、かみさまがようやく妖族の暮らす区画へ遊びに行けるという日のことであった。

 事前に調査をしてからと言われていたのでじれじれしていたが、ようやく会える! とウキウキだ。

 かみさまに危険などあろうはずもないのだが、エラスエル達が心配するので仕方ない。

 空気はしっかり読んじゃう大人なかみさまなのだった。


 そんなわけで下町と呼ばれる区画の更に西側へ、足を踏み入れた。

 北にはスラムがあるそうだが、妖族の住む区画は隣り合っているものの庶民街の中にある。

 通りも綺麗にしてあって、人族の住む下町の方がよっぽどゴミが多くて汚かった。


「彼等の方が人族よりも清潔なのですよ。知らない者も多いですが」

「あ、分かる。ナメナメするんだよね」

「ナメナメ……。ああ、さようでございますね」


 エラスエルはかみさまの言うことが時々分からないようだ。

 老人には親切に。

 もう少し分かりやすくお話をしてあげよう。


「でも、妖族の方々は獣のように毛づくろいはしないと聞いたことがございますが」

「えっ、お師匠様、そうなんですかーっ!?」

「おぬしにも教えたはずなんだが」

「えへ!」


 いい年齢の女性がやるには少々イタいのだけど、かみさまの中でシルフィエルはもはやお笑い要員なのでこれはこれでアリだと思ってしまった。

 エラスエルには渋い顔をされていたけれど。


「ああ、あちらが会所でございますね。寄ってみましょう」


 挨拶しておくと良いらしい。

 独特のコミュニティを持つ区画へ入るには、やはりその地の長に挨拶するのがマナーなのだ。


 エラスエルが挨拶すると、会所の入り口で日向ぼっこしていたらしい妖族の男がびっくりしていた。

 何故かしらと思えば、人族がこんなに丁寧に挨拶することはないらしい。


「いやあ、立派な紳士に挨拶されて驚いたよぅ~」

「いえいえ。それでは街を散策させてもらいます。お店などで買い物をしても?」

「もちろん! どうぞどうぞ」


 ニコニコと犬妖族スキロスの男は笑っていた。

 耳がピコピコしているので、かみさまはシルフィエルと顔を見合わせてしまった。


 そうして街を歩き始めたのだが。


 北の方から騒ぐ声が聞こえてきた。


 本日は「獣耳」を堪能しに来るということでむにゅ達は全号が揃っている。

 なので、偵察を命じてみた。こういうのはふたり1組だよね、とクロポンとヒヨプーに頼んだ。

 クロポンとカビタンは攻撃的なところがあるので、このふたりを一緒にしてはいけない。よって、落ち着きのあるチダルマかヒヨプーを合わせるのが向いているのだ。


 ひゅーんと飛んでいったクロポンとひゅわーんと飛んでいったヒヨプーは、すぐに戻ってきた。


『ころころ にんげん いたよ』

『ころがり おわれてる』


 ふたりの報告はエラスエルとシルフィエルも聞いていて、目を見開いていた。


「それは……。でしたらお助けした方がよろしいでしょうね」


 チラッとかみさまを見るので、いいよと頷いた。

 エラスエルはホッとして、急ぎ足で騒ぎの下へ向かった。

 ちなみにシルフィエルは「あの生意気な子を助けるんですかー」と文句を言っていたが、足はしっかり素早く動いていたのでツンデレというやつである。




 妖族が住む区画の端あたりで、転がり人間が男達に囲まれていた。

 が、あっという間に魔法で吹き飛ばす。

 結構ギリギリのところだったので、エラスエルはヒーロー要素を持っているな、と思った。

 かみさまよりずっとヒーローなのだ。


 ただ、ひとつ気になる。


 もし男達の方が「正義」で、転がり人間が「悪」だったらどうするんだろ。

 かみさまは別にどっちがどうでも関係ないので構わないのだけど。


「あっ、お前達は……!」

「君、もしかして一昨日も追われていたの? それでぶつかったのね」

「ちっ違っ――」

「えっ、じゃあ、あなたの方が悪いことしたの?」

「違う! 無礼者っ!!」


 ムキーッと怒るが、その場にフラフラと座り込んだ。

 やっぱり男達に囲まれて怖かったのだろう。

 シルフィエルもからかうのはやめて、よしよしと頭を撫でた。



 男達は飛ばされて体のあちこちをぶつけたものの、死んではいなかった。

 蹌踉めきながら立ち上がると、大賢者の姿を見付けて分が悪いと思ったらしい。ささーっと立ち去ってしまった。


 その間にシルフィエルが転がり人間の怪我を見て、簡単な治癒魔法を施していた。


「……助かった」

「いーえー」


 ニマニマ笑っているのは、年頃の子供の無駄に肩肘張った態度が面白いからだろう。

 こんな女性ではあるが、魔法使いとしての力はあるので、怪我もすっかり綺麗になくなった。


「お供も付けずに歩いておるのか」

「……お前達には関係のないことだ」

「そのせいで襲われて? 高貴な身分の者がここで死ねば、周辺住民にも関わってくるというのに? 行き会った我々にも火の粉が降りかかるのだが」

「うっ……」


 エラスエルは威厳のある姿なので、淡々と諭すように話すと怖く見えるようだ。

 転がり人間も目に見えて、萎れていった。

 その横でダイフクが塩をふる真似をする。

 チダルマからもらったらしい。


「お止めなさい……」

「えっ」

「なんだ、お前」


 エラスエルが説教を止めるの? といった顔になり、転がり人間が胡散臭そうにかみさまを見てくるので、秘技「笑って誤魔化す」を見せる。

 通用したのはエラスエルだけだった。




 とりあえず立てるようになった転がり人間を連れて、近くの妖族が営む食べ物屋に入った。

 店内は狭いし、見た目には庶民が入るようなところだからか、転がり人間はものすごく嫌そうな顔をしていた。

 でも教えてもらったとおり、とても清潔で綺麗だ。むにゅ達も居心地が良いのか床をスイーッと転がって遊んでいる。


「ボーリング?」

『『『『『『『ちがう!』』』』』』』

「え、じゃあ、なんだろ」


 もう一度やるというので見ていたら、オジサンがカガヤキを持ったまま、すいーっとしゃがんで滑らせていく。途中で手を離すと、カガヤキはそのまま厨房まで流れていった。

 途中、ヒヨプーが当たってコロコロと転がっていく。


「……カーリング?」

『『『『『『『あたりー!!』』』』』』』

「……でも、さっきはみんな並んで、当たったら倒れてたのに」


 どうやら、ボーリングとカーリングが混ざっているようだ。

 あと、転がり人間のこともからかっているのかも。

 転がり人間からは見えていないのに。


 見えていないから、面白いのかもしれないけれど。


 なにしろむにゅ達が視えているシルフィエルは可愛い可愛いと騒がしいし、お店のお手伝いをしていた狸妖族ラクーンの子供もキャッキャと手を叩いて笑っていたから。


 お店の人は全く分からず、幼稚園児ぐらいの自分の子供があらぬところを見て笑っているので首を傾げていた。

 彼等は客が人族の魔法使いと分かると、ものすごく緊張していたけれど、丁寧に接客してくれてお茶を出してくれた。

 磨かれたコップも綺麗で、かみさまはおっしゃれーなカフェより気に入ってしまった。


 あと、狸妖族ラクーンの子供が可愛すぎて、おいでおいでと手を振ったら近付いてきて、ぴょこんと首を傾げるから抱きついてしまった。

 むにゅ達もわーきゃーと飛んできて、狸妖族ラクーンの子にへばりつく。子供は喜んで、にこにこ笑っていた。

 シルフィエルはニマニマ笑っていた。

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