虹の橋はいらない

 進軍は疲れ果て足取りは重く、おまけに雨が降ってきた。

 近未来。装甲車の砲台の下で雨宿りするヒロインと主人公。

 このシーンはどうしても入れたかった。君と僕のあの日と同じ、天気雨。



 

 春はまだ遠く、とても冷たい雨。

 卒業制作だけ残し、それ以外なにもない日々。

 友人からはぐれ、校舎の陰、君と二人きりになった。


 

 僕は都会での就職を諦めた。事情で家業を継ぐこととなった。

 卒業できるだけ、ありがたいのだけれど……

 何もかもリセットされる。ようやく近づき始めていた、二人の距離さえも。





「結ばれなきゃ意味ないっ!」

 ハッと我に返った……前のめりになりすぎた。


「でもなぁ。尺が足りないだろ」

『サポートにまわる』と言ってくれていた友人も、進行が遅れシビアになる。

 監督だからと、拘ってばかりもいられない。

 順通り柔軟に作り上げる作戦は、ラストがピンボケなら全て台無しになる。



 チームAのアニメーション制作には、だから遊びがない。

 声優科の皆に核となるセリフも担当させたい。

 動画制作のパッションも大切にしたい。

 何やってんだ、僕は……



 チームBの主人公はペンギンみたいな男の子。遊びがある。しかもセル画。

 やっぱりセルはいいな。そして早くも完成間近だ。気持ちが焦る。

 仕切りは衝立だけだから、ライバル達の進捗状況は手に取るようにわかる。




 あの日、晴天に降る雨は、二人を閉じ込めた。

 君は熱心に語っていた。僕を気遣いながら……

 スケッチブックに描かれた蝶が飛び立つ。どんなストーリーなのだろう……

 隣の教室の作品は、詳細までは把握していない。

 


『私には夢がない』

『僕にも夢がない』誰かが当てレコの練習をしてる。

 いや……誰にだって夢くらいあるだろ。

 でもそれを言ったら、シャボン玉のように弾けちまう。

 だからあの時、当たり障りのないことを口にしたんだ。




 河口に辿り着き、抱き合う兵士達。

 雨上がりの虹が架かり、水面でチャプチャプと波が鳴る。

 戦争の愚かさ。デジタルだからこそ、伝えられるリアル。

 男女のサブストーリーは、やはり曖昧に終わらせたほうがいい。

 この物語の主題はなにか? ラストは決まる。

 



 教壇のスクリーンにダークファンタジーを選んだチームの試写が映った。

 赤い花びらが舞う。スローイン・スローアウト。加速と減速の絶妙なバランス。

 ひとひら・ひとひらが、鋭い刃物のように誰かを傷つけてゆく。

 出会った時はもう、君は先輩の彼女だったね。




「 Grasshopper trapped in a glass と思って覗いたら……」

「英語を混入させるから意味わかんないわ。とにかく二階へ」

『トコトコトコ』「……妖精ね」「妖精でしょ?」「怒ってるね」「怒ってるのよ」

『伏せた透明のグラスの中にトンボみたいな羽のある少年が不満顔で座っているのでした。リリーとマリアは……』

 セリフとト書きのような組み合わせ。どこのチームだ? 妖精の世界。

 紙芝居風のナレーションをあえて入れ、雰囲気をだしている。

 キャラ造形や動画に手をかけていられない事情もあって幼児向けを選択したのだろうけど、そこが逆にプロっぽい。その分、背景美術は……

 滑らかな大理石と目の粗いトラバーチンの石組みが精妙に表現されている。

「内部はルネサンスの調度品の……資料をびっちり調べ上げたんだ」

 頼んでもないのに担当者が耳元で囁いた。余裕あるね。気合いを感じる。

  

 希望の就職が叶った彼らにとってイベントは次のステップへの予行演習でもある。

 彼らには架かっている。夢に向かう虹の橋が……



 理由もなく叫びたくなる。自分で選んだはずなのに、下らない葛藤は消えない。

 けれど真っ直ぐな道だけが、夢に近づく方法じゃない。例えそれが、回り道でも。




 あの日、はっきりさせるのが怖かった。口にすれば弾けてしまいそうで、


 白い頬に吸い込まれそうで、そして君はきっと誤解してた。


 伝えたかったのは、ありもしない君との未来のことじゃなくて、


  『夢を捨てたりしない』 それだけを僕は言いたかったんだ。




 

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