第22話「リベンジ・ストライク」

 その日は始業式だけで、午前中で終わりだ。

 だが、御神苗優輝オミナエユウキの周囲には奇妙な空気がよどんでいた。

 せっかく夏休みが終わり、今日から二学期だというのに……クラスメイト達の好奇の視線が友人達に突き刺さる。

 激太りしてしまった雨宮千咲アマミヤチサキ

 イケメンへと変貌した柏木朔也カシワギサクヤ

 そして、女装趣味がばれた恋人のシイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタイン。

 尚、自分も突然美少女になったと思われてるのは、それはそれで居心地が悪いものだった。


「あーもぉ、シイナ! ラーメンいこ、ラーメン! 優輝も、朔也も!」

「おお! 千咲氏、ナイスアイディアですぞ! ……ただ、その」

「あ"あ"? 何? アタシが太るとでも?」

「これ以上太ったら、それこそ千咲氏は、げふぁ!?」


 アスペクト比が狂ってしまってても、千咲は元気いっぱいだ。無理に明るく振る舞おうと、朔也に真空飛び膝蹴りをかましている。

 どうやら太っても機動力は落ちていないようだ。

 だが、シイナは無理に笑おうとするだけだった。


「シイナ、気にすることないよ?」

「でも、写真……拡散されたら」

「あ、そうだった。わかった、私が言って消してもらうよ」

「でもぉ、電子データだから……ボク、迂闊うかつだったかなあ」


 因みに、本人に許可をもらって優輝もシイナの写真は持ってる。

 二人で写ったものを、二枚。

 片方は仲睦なかむつまじい、彼氏彼女としてのもの。

 もう片方は、女装美少年と男装美少女としてのもの。

 だが、シイナの女装はなまじ完璧なだけに不安もつのる。もしや、学校内のネットワークにばらまかれたりしたら、どんなことになってしまうだろう。もし、いやらしいことに使われたら……そこまで考えたら、優輝は頭から湯気が出そうだった。


「……優輝? 顔、赤いよ?」

「こっ、ここ、これはね! うん、暑くて、ほら! まだ暑いね、残暑だよハハハ……」


 そうこうしていると、ポンと朔也が手を叩いた。

 すらりとしたイケメンになってしまった彼は、悪巧みを思いついたようにグフフと笑う。その声と話し方だけが、以前と全く変わらなかった。


「しからば小生しょうせい一計いっけいを……シイナ氏、安心して三人でラーメンを食べてくるでござるよ、ニンニン」

「え? 朔也、何を……」

「さてさて、あのやからは確か体育館裏をたまり場に……なに、ちょいと野暮用やぼようですぞ! しからば、御免ごめん!」


 以前のドスドスと重い足取りが嘘のように、朔也は行ってしまった。

 胸騒ぎがして、慌てて優輝も後を追う。

 一度だけ止まって振り返ると、驚くシイナと千咲に彼女は小さく叫んだ。


「シイナ、千咲と先に帰ってて! 私、朔也を見てくる!」

「うっ、うん……でもぉ……きっ、気をつけて、優輝」


 朔也を追って外に出て、下校する生徒達に逆行して走る。

 午前中から早々とアレコレ終わって、既に構内の人影は少ない。まして、体育館の裏側へと回れば部活の生徒達の声も遠のいた。

 そこに、目当てのクラスメイトがいる。

 上級生達も一緒で、少しガラの悪い連中がたむろしていた。

 その手には、空き缶と煙草たばこが握られている。


「あ? 何だ、御神苗じゃねえか」

「何? コイツが写真の女装子ちゃんの彼氏な訳?」

「あ、逆ッス先輩。いちおーこいつ、女なんで」

「なるほど、オカマとオナベがくっついてる訳か」


 喫煙している生徒の数は、ざっと五、六人。

 思わず優輝の声が強張こわばる。

 だが、弱気を見せてはダメだ。


「あの、シイナの写真……消して、くれないかな?」

「あれー? コスプレしてる連中ってさあ、見られたいんでしょ?」

「そうそう、すんげえきわどいエロコスしてる奴もいるし、写真取るやつもデケェ長筒ながづつのレンズつけたカメラでさ」

「つーか、優輝ちゃんよお。優等生ぶってないで……写真、欲しいんじゃなーい?」


 流石にムッと来た、その時だった。

 優輝の背後で、カシャリ! とカメラの音が鳴った。

 そして、スマートフォンを手にゆっくり朔也が歩み出る。


「喫煙現場、抑えましたぞ……? 二学期開幕から停学、如何いかがですかな……グフフ」


 その声は、口調こそ普段と同じだったが……腹の底から響くようだ。ドスがきいた声音は、優輝に朔也の怒りを感じさせる。

 そう、激怒……激昂げきこうだ。

 なまじイケメン状態だけはあって、朔也の気迫に不良達もわずかにひるむ。

 そして、優輝はちょっとだけ呼吸も鼓動も早まった。

 やばい、格好いい……滅茶苦茶頼りになる、ような気がする、感じだ。

 ちょっぴり心がときめいてしまい、心の中でシイナに謝る。


「おうこら手前ぇ……ちょっと脱オタしたからっていい気になんなよぉ?」

「これはこれは……失敬な。小生、まだまだ現役オタですぞ? しからば」


 朔也は、下ろしたかばんに手を突っ込んだ。

 誰もが身構えたその時……例のアレが飛び出した。

 まるでトーチを掲げるように……まるで宝剣を抜き放つように。

 朔也の手が、日陰の体育館裏で光り輝く。

 それは、アイドルの応援で使われるサイリウムだった。


「フシュゥゥゥゥゥ……覚悟完了かくごかんりょうっ! 悪・即・斬っ!」


 朔也の声と同時に、不良達は一斉に襲い掛かってきた。

 だが、その時不思議なことが起こった。

 あまりに意外な光景に、身動きすらできずに優輝は見守るしかない。

 そして、襲い来る鉄拳が空を切る。

 逆に、朔也のサイリウムが次々と快音を響かせた。


「グフフ……またつまらぬ者を斬ってしまったでござる」


 バッタバッタと不良達が蹴散らされた。

 そういえばと、優輝は以前を思い出す。

 コンビニで盗撮犯を一撃のもとに倒したのも、朔也だった。そして今、流麗な美男子の姿に不似合いなサイリウムも、心なしか光の剣に見える。

 彼はどうやら、大事なもののために実力行使も辞さないらしい。

 そして、優輝は知っている……大事な友人のためだけに、その力は振るわれるのだ。


「さてさて……優輝氏っ!」

「は、はいっ!」

「向こうを見ててくだされ……決して振り向いてはいけませんぞ?」

「え? どして……」

「優輝氏は……ささ、背を向けて。、ニンニン」

「いや、言ってる意味が……こ、こぉ?」


 訳もわからず背を向けて、一拍の間の後……悲鳴と絶叫が響き渡る。


「てっ、手前ぇ! 何しやがる、馬鹿野郎! やめろおおおおお!」

「待って、脱ぐ! 自分で脱ぐから!」

「この野郎……俺等三年を敵に回して、ってよせ! よせえええええ!」


 何かが起こっている。

 何かは知りたくない。

 恐ろしいことが起こっている、それだけはわかった。

 優輝はただただ、無様な悲鳴とスマートフォンのシャッター音だけを聴いた。そして、朔也がいいと言うので振り返る。

 そこには、涙目でズボンのベルトを締め直す不良達の姿があった。


「おっほん! シイナ氏の写真を拡散したら、こっちも今の写真を拡散した上で、職員室に喫煙写真を送りつけるのであしからず……グフフ」

「あ、悪魔だっ!」

「クソォ! 手前てめぇ、見ない顔だなオイィ? こんなことしてただで済むと――」


 早速朔也が「ではTwitterツイッターにて」とニヤニヤ笑う。

 またしても悲鳴が響き、不良達は一目散に逃げ出したのだった。


「ふう、これにて一件落着ですぞ……まあ、暴力に頼るなど言語道断な解決手段ですが」

「朔也……な、何か、凄いんだね」

「いやはや、なになに……これでシイナ氏の写真の問題はクリアでござる。……軽蔑けいべつしてしまうでしょう? 優輝氏」

「いや、何ていうか……朔也は前から、友達思いな奴だったから。大丈夫だよ、その、サイリウム? それ、あんまし痛くなさそうだし」

「いやいや! いやいやいや! 時にはしのカラーをともしてライブで振り上げ! 一度悪を見つければ容赦なき鉄槌てっついへと早変わり! サイリウムは武器、いいね?」

「お、おう」


 しかし、悪戯小僧のように笑う朔也に、自然と優輝も笑みが零れた。

 そして……不良達と入れ替わりに、聞き覚えのある声がやってくる。


「ちょ、ちょっとシイナ、落ち着きなって!」

「大丈夫! ボク、アニメでケンドーとかジュードー、見たことあるから!」

「いやそれ駄目なパターンだって!」

「優輝と朔也を助けなきゃ!」


 やってきたのは、シイナと千咲だ。

 シイナはどこから借りてきたのか、剣道の竹刀しないめんかかえている。

 千咲は全力疾走がこたえるのか、酷く苦しそうにふうふう言っていた。やはり太り過ぎなようだが、ズンドコとシイナを追いかけ息せき切って駆けてきた。


「おお、シイナ氏! 千咲氏も! 解決しましたぞ……目には目を、歯には歯を、ですぞ!」

「えっ……朔也が? どうやって」

「それは知らぬが吉ということでして……企業秘密ですぞ、グフフフフフ!」


 安心したのか、ぱぁぁぁとシイナの表情が明るくなる。

 そして、優輝もホッと一息……そして、見た。

 シイナと抱き合う朔也の、その端正な横顔を千咲が見詰めていることに。

 その時の彼女は、以前のような可憐な美少女の姿を失っていたが……間違いなく乙女の瞳を潤ませていた。それは、自分もああいう顔でシイナを見ている時があるかもしれないと、優輝に思わせてくれるような切なげな表情だった。

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