第四十一話

 4月18日 AM6:00


 黒子が菊川を運び出して次のターンが始まった。

 部屋移動中に後ろの部屋から追いかけてきて繋がった大輝。心配そうに俺を見る。菊川が死んだと思っているのだから仕方がない。俺は大輝に抱擁を求め、大輝の耳元に囁いた。できる限り小さな声で。大輝の部屋移動はこのまま俺の後を追うことになった。


 その時の移動中に大輝が元いた部屋に田中が入ってきて、その田中を追ってきた牧野と合わせて合計4室が繋がった。田中と牧野は俺と大輝に対して軽蔑するような視線を向ける。

 大輝は本田が死んだ経緯について説明をした。俺は直前に菊川が自殺したことを説明した。2人は完全には納得できないのだろう。しかしとりあえず表面上は納得してくれた。俺と大輝は8番の部屋が中継部屋であるという情報を2人に与えた。


 そして俺は行動に出た。俺は田中の移動先の9番の部屋まで出向き田中を抱擁した。


「ちょ、なに――」


 田中は抵抗を見せた。当たり前だ。これまであまり面識がなかったのだから。しかし田中の抵抗を大輝が制してくれた。


「いいからそのまま」


 それを耳にして俺は田中の耳元で囁いた。できる限り小さな声で。内容は今しがた大輝にも言った内容だ。


「盗聴されているからこのまま聞け。菊川は生きている」


 俺の囁きに田中は驚いた様子を見せた。顔は見えないが目が見開いたのを感じ取れる。


「プラスチックカードを端末と腕の間に差し込め。それで毒針を遮断できる。脈拍計測器があるから脈は遮断するな。

 万が一誰かと同室になったら心中をするか自殺をしろ。もちろんふりだ。自分が死んだと思わせるタイミングでカードを押し込み、脈を遮断しろ。あとは死んだふりをしていれば黒子が体を回収してくれる。黒子は顔を隠してるからあまり視界は良くない。カメラにだけ映らないようにブレザーの袖で隠してうまくやれ。俺がゲームをクリアして必ず助け出す」


 それだけ一気に捲し立てると田中は俺の体に腕を巻き付け俺と同じように言った。


「わかった。ありがとう」


 耳に掛かる田中の吐息にぞくぞくする。

 次は牧野だ。俺は牧野の部屋に移動した。抱擁をすると驚いた様子を見せたが、予め田中が目で合図をしてくれていたので抵抗されることはなかった。そして田中の耳元で囁いた内容を同じように伝えた。牧野も聞き終わると抱擁を返してくれて俺の耳元で、


「わかった」


 と言ってくれた。やっぱり吐息がぞくぞくする。言うべきことを言えた俺は大輝に促されて自分の移動先の部屋に移動した。


 しかしこのターンで残念なことが起きた。2室先を行っている園部が卓也と同室になってしまった。結果は制限時間ぎりぎりに卓也が園部を殺した。


 更に次のターン。今度は俺が卓也と同室になってしまった。卓也は園部に毒を盛らてしまっており、もう手遅れだった。卓也は俺と同室中に死んだ。

 その時に同室になったのが、田中と木部、正信と牧野だった。田中と木部はミッション不達成のため両者失格。牧野と正信は牧野が脱落という結果だった。どうにかみんなかうまくやってくれと願うばかりだ。


 そして次のターンで俺は認識なく出口部屋に辿り着く。園部の血痕が生々しい。この時に正信が移動違反を犯して失格になった。なぜだ? 経緯がまったくわからない。田中、牧野、木部は死体のふりをしてうまく出られただろうか。正信は無事か?


 いよいよ次のターンで俺は出口を出られた。Bフロアの時は常に先導がいたから出口を知っている状態で出口部屋に入った。しかしこの時は出口と知らずに出口部屋に入った。端末に期待していない扉が表示された時は感動ものだ。

 しかし俺の後を追ってきている大輝が前田と同室になってしまった。1年時、F組のクラスメイトの3人。当然ながら面識はある。まずはとにかく怯える前田を落ち着かせた。作戦の説明があるが、それは大輝に任せて大丈夫だろう。


 俺は出口を潜り、黒子の案内でゲームマスター室に通された。そこでわかった悪役近藤先生。そしてキキの素顔。更にはこのゲームが生まれた理由。俺はキキの長い話を経てゲームマスターの席に座った。キキは1週間この建物空けると言って出て行った。


「あぁ、くそ。めっちゃセキュリティ固いじゃん。端末と言い、どれだけ技術力あんだよ」

「波多野、何か手伝えるか?」


 背後で近藤が声を掛けてくる。ここまで堕ちると情けないものだ。絶対にこんな大人にはならない。文字通りの反面教師だ。


「さっきその状態じゃ何もできないって自分で言ったじゃん。願わくはそのくさい臭いを何とかしてくれ。いらいらするからとりあえずお前をぶっ殺すぞ」


 俺は突き放す様に言った。不機嫌丸出しだ。食事の世話は黒子がしているが、繋がれた状態なので風呂には入っていないのだろう。真子との手錠ミッションで真子がしてくれた『あ~ん』を黒子が近藤にしているのだが、俺がやってあげるのは絶対にお断りだ。俺は真子にしてもらう専門だ。

 カタカタカタカタと俺はパソコンに向き合う。オフラインなのも面倒くさい。外部と連絡が取れない。しかしオフラインと言うことは外部からの操作や覗き見はできない。この部屋の機械を制してしまえばゲームを乗っ取れる。


「近藤」

「はひ」


 バカかこいつは。生徒にビビッて噛んでやがる。よほど俺のボレーシュートが効いたらしい。


「お前に心理学の研究者を名乗った男ってキキのことか?」

「そうです」

「金に目が眩んで生徒売ってそのザマかよ。情けねぇな。これからも借金背負っていくのか?」


 ただの八つ当たりだ。システムがうまく乗っ取れない苛立ちと、今までのゲームの理不尽さに対する怒りからの。いや、近藤は当事者だから八つ当たりと言えなくもないか。


「借金はなんとか返せました」

「は?」


 聞き間違いか? 今そのザマで金を受け取ったのか。


「少しだけお釣りもありますし」


 なんて奴だ。金はしっかり受け取っていた。それで死んだ生徒たちは報われるのか? 冒涜ではないのか?


 その後、1時間、2時間と時間が過ぎ気づけば午後1時。食事は黒子が用意してくれた。俺は食べながらずっとパソコンに向かい葛藤していた。マンション内の仲間たちを思うと食欲はないが、食べなければ脳が活性化しない。


「まずい、あと1時間」


 大輝は大丈夫だろう。園部はちゃんとプラスチックカードを差し込んだだろうか。黒子がいるのでここでは口にできないが。


「やばい、2人が死んじゃう。回収されちゃう」


 回収よりはクリアの方がいい。黒子がどんな動きをするのかわからない今、大輝は死体役ではなく、クリア者として惜しみなくあの回転の良さを発揮してほしい。大輝の頭脳が必要だ。


「あの……」


 近藤が背後から遠慮がちに声を掛けてきた。焦っているのでイライラする。


「なんだよ」

「このターンから死体の回収はされません」

「はぁぁぁぁぁあ?」


 死体の回収がされないと言ったのか? いや、言ったのだよ。俺は手を止め椅子ごと近藤に振り向いた。


「波多野君が出口を出ることが確定してたので、キキはもうここを出るつもりでした。波多野君が来る前にキキがこの部屋で黒子にそう言ってましたから」

「じゃぁ、死んだら死体はどうすんだよ?」

「部屋に放置です」


 なんだと? まずい。これは非常にまずい。なんでそんなことになった。


「この外には回廊があるんですよね? 今は3カ所ほど鉄格子で閉め切ってるとか。黒子はそこを開けられないんです。もちろんマンション内の部屋も」

「マジで?」

「はい。回収の時はいつもキキがその席から扉を操作して開けてました。だから最後の回収は渡辺君が最後です」


 これはいよいよまずくなってきた。死んだふりはできるが外に出してあげられない。まだBフロアにいる3人は1Fに上がってくると鉄格子があるから絶対にマンション内に入らなくてはならない。全員クリアさせなくてはならない。


「じゃぁプレイヤーの食事はどうしてるんだよ?」

「たぶん外です。地下のフロアは物置から提供できるようなことを言っていましたが、このフロアは食事の時間になると黒子が1体よく外に出ますから」


 そう言えばさっきからそんな動きをしていたような。


「じゃぁ、黒子の行動範囲は屋外とこのゲームマスター室だけなのか?」

「はい、そうです」

「黒子が外に出られるなら俺も後で外に出てみるか」

「それは止めといた方がいいです」

「なんで?」

「その端末、屋外に出ると感知されます。それで四方八方から自動設定されたマシンガンで狙撃されます。建物の扉に向かって銃口は向けられてますからまず助かりません。ちなみに僕の足首にもそちらの端末に内蔵されている感知器が付いてます」


 おいおい、ぞっとする。聞いといて良かった。システムに集中していたおかげで間違って外に出てなくて良かった。


「つーか、この黒子、キキとならしゃべるのかよ……」


 当たり前か。嘆くような小声だったが近藤の耳には届いていたようだ。


「英語ですが」

「英語ぉぉぉぉぉお?」

「はい。キキも英語です。私、一応英語教師なので内容は理解してました」


 近藤に教師を名乗らないでほしい。こんなクズ人間、職業は高校で英語を教える講師です、にしてほしいくらいだ。


 更に30分が経過し時刻は1時半。大輝がそわそわしているのが映っている。前田も不安そうに膝を抱えている。彼らは死体になったら運び出されると思っている。けど実は部屋に放置だ。死体のふりでもこれ以上脱落者や失格者を出せなくなった。キキが帰ってくるまでにマンションを出られない。


「あぁ、くそっ。これでどうだ」


 何時間もパソコンと向き合い、何度も何度もゲームのプログラムに挑んで悪戦苦闘した末の結果。


『ピコンッ』

『認証しました。ミッションの変更を行いますか?』


 あぁ、やっとできた。とりあえずミッションが変更できる。


「もちろんエンターだ」


 俺は勢いよくエンターボタンを押した。


『ジリリリリッ』

『発令中のミッションを変更します。モニターをご覧ください』


 よし、うまくいっている。そしてモニターに表示されたテロップ。


『皆さんこんにちは。最初に最終出口を通過して一時的にゲームマスターになってしまった波多野郁斗です。キキは1週間出張に出てしまいました。とりあえずこのゲームのミッション発令システムだけ乗っ取りました。これからのミッションは全フロアすべて『同室者を敬え』にします。制限時間は次の移動ターン開始まで。

 追伸、B2フロアの出口部屋は1番。B1フロアの出口部屋は24番。1Fの中継部屋は8番。1Fの出口部屋は25番。とりあえず皆さん8時間毎に1室ずつ進んで下さい』


「すごい、波多野君。すごいよ」


 後ろで近藤が騒ぐ。こいつに褒められても何とも嬉しくない。ただそれぞれのモニター画面で各プレイヤーが安堵や驚きの表情を見せる。俺にとっては皆のこの表情こそが報いだ。


 それから30分が経過して大輝が出口を出たのが映った。俺は駆け足でゲームマスター室を出た。そして朝廊下を分断した鉄格子まで行った。するといた、大輝だ。腕の端末にメッセージが届いたのだろう。立ち止まって読んでいる。


「大輝」

「郁斗」


 大輝は俺に気づくと鉄格子まで来てくれた。俺と大輝は鉄格子を挟んで対峙した。


「ここ分断されてんのか?」

「あぁ。俺の行動範囲はゲームマスター室だけだ」

「それは辛いな。それよか、やってくれたな。ミッション変更」

「けどその他が全くダメなんだ。かなり複雑に組んであるし、セキュリティも固い。扉や鉄格子の開閉はできないし、8時間毎に1室の移動も変えられない。同室になればミッション自体も発令される」

「そうか……。けどとりあえず人が死ぬミッションが避けられるならなんとか全員1週間で出られるんじゃないか?」

「あぁ。こっちのモニターでは全員の位置がわかってる。一番遠いのは勝英と佐々木だが、1週間あれば間に合う」

「よし、じゃぁ出られた俺たちは次の段階に進もう」

「次?」

「あぁ」


 大輝の表情に生気がみなぎっている。実に頼もしい。

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