第三十八話

 4月19日 AM6:10


 モニターを見終わると俺は2人の黒子に元の位置に戻された。対峙する俺と七三分けの男。その両脇を2人ずつの黒子が固める。そして壁に繋がれ拘束されている新担任の近藤先生。


 七三分けの男は低身長な体に高級そうなスーツを羽織っている。背は低いが、痩せても太ってもおらず、胴回りは標準的な体系か。首元の蝶ネクタイが特徴的だ。俺はその七三の男に一番気になっていた疑問を投げ掛けた。


「お前がキキか?」

「如何にも」

「てんめっ」


 俺が床を蹴り出そうとしたその時、両脇にいた2人の黒子に両腕をがっちりと掴まれた。


「血気盛んですね。気を付けて下さいね。あなたの端末には毒針があるんですから。私と黒子への攻撃は次から問答無用でスイッチを押します」


 キキが俺に釘を刺す。今はこのゲームの終わりと、皆を助け出す方法を考えなくてはならない。感情で動いてはだめだ。


「なぜこんなゲームに俺たちを巻き込んだ?」

「そちらにいる近藤先生がプレイヤーとなる人材を提供してくれたからですよ」

「は? どういうことだよ、先生」


 俺は先生に向き直った。もう暴れないと思ったのか両脇の黒子が俺の腕を解放した。先生は俯きながら口を開いた。


「心理学専攻の研究者を名乗る男が俺の所に来てな、頼まれたんだよ。実験がしたいから数日クラスの生徒を貸してくれって」

「始業式の日からか? 翌日からも学校が続く時期だぞ?」

「おやおや、いけませんねぇ、先生。都合の悪いことは隠してもすぐに察知されますよ」


 キキが口を挟んだ。都合の悪いこと? 先生のことか?


「波多野君、近藤先生はね、ギャンブルや夜のお店で数千万の借金があるんですよ」

「まさか、俺たちを売ったのか?」

「如何にも。こんな時期に数日生徒を貸してくれって言われて怪しくないわけがありません。しかもクラス全員ですよ? 近藤先生ももちろん生徒に危険が及ぶことは認識していましたよ。しかし報酬額が借金を一括で返済できるだけの額でしてね。それに目が眩んで引き受けたわけです」


 かっ。俺は近藤に駆け寄り力の限り顔面を蹴り上げた。鈍い音とともに近藤の顔が跳ね上がる。口の中を切ったのか血も噴き出している。キキは近藤への攻撃に関しては干渉しないようだ。


「何人死んだと思ってる? えぇ?」


 俺は床に膝を付くと近藤の胸倉を掴み怒鳴った。恐怖か、顎を負傷したのか、近藤の口元はガクガク震えている。


「まぁ、まぁ、話が進まないので落ち着いて」


 キキの言葉を皮切りに俺は再び黒子に両脇を抱えられ元の位置に戻された。それを確認するとキキは話を続けた。


「私ってね、どうにも愛情とか友情がわからなくてね。あなたと太田真子さん、しっかり観察させてもらいましたよ」

「だから俺たちの最後にあんなミッションを……」

「如何にも。香坂元気君と鈴木美紀さんは傑作でしたね」


 かっ。頭に血が上る。人生最大の沸騰だ。元気と鈴木をバカにした。許せない。


「あなたが菊川未来さんと同じ部屋になった時もしっかり観察させてもらいました。よく我慢しまたねぇ」

「くっ……」


 そんなことのために俺たちはこんなゲームに巻き込まれたのか? キキに愛情や友情を見せるために? そんなことは馬鹿らしすぎる。こいつのために何人が命を落としたと思っているのだ。まだ先ある高校2年生だぞ。これから先長い人生を歩むはずだったのだぞ。みんな分け隔てなく尊い命だったのに。


「それが目的でこんなクソゲームに巻き込んだのか?」

「少し長くなりますが、昔話をしましょうか」

「昔話?」

「えぇ、このゲームに纏わるヒストリーです」


 キキはこの後語り始めた。このゲームが如何にして生まれたのかを。それは衝撃的な内容だったが、正直俺達にはどうでもいい。関係ない。巻き込まれる筋合いはない。ただただこのキキと近藤が憎い。


 キキはひとしきり話し終えると満足そうな笑みを浮かべた。その顔を思いっきりぶん殴ってやりたい。血と腫れで原形がなくなるほど殴ってやりたい。破壊欲がこれほど増したことは16年の人生で初めてだ。


「これがこのゲームの経緯です。まぁ、ともあれあなたがこのタイミングでクリアしてくれて良かったですよ。あなたにはこれから7日間ゲームマスターをやってもらいます」

「ゲームマスター?」


 俺がゲームマスターを? どういうことだ。


「私はそろそろ行かなくてはいけないので。海外で会議があるんですよ」

「ふざけるな。それはお前の都合だろ。今すぐこのゲームを終わらせろ」

「ふざけていません。重要な会議なので。あなたは今日、4月19日の朝6時にクリアしました。1週間後の4月26日の朝6時に私は再びここへ来ます。その6時のターンまでに最終出口を出られなかったプレイヤーは失格です」

「は? なんだと?」


 今失格と言ったか? まだBフロアに真子を含めて3人いる。1週間でクリアできる保証はない。しかも1Fフロアのプレイヤーが減れば減るほど情報が少なくなる。それはより難易度が上がる。同室になっても恐ろしいが。


「すでにプレイ中のプレイヤーにはテロップで通知済みです」

「ふざけるな。早く全員解放しろ」

「それはできません。私の一番の娯楽ですから。けど私はここを離れなくてはいけない。だからあなたへの特典としてゲームマスターの席を1週間与えます」


 それが特典だったのか。いや、待て。ゲームマスターならいろいろとこのゲームを操作できるのではないのか? そうなら皆を助けられる。


「ま、ここのモニターでただ見てるだけですが。ミッションも出入り口変更ももう自動設定にしましたし。そもそももうBフロアでのミッションはないと思いますが。今あなたを含めて生存者は8人ですか。1週間後何人生き残ってるかわかりませんが、その時に腕の端末は外して差し上げますよ。1週間後の顔ぶれが楽しみですね。ふふふ」

「お、ま、え……」


 ただの観覧席ではないか。沸騰する。煮えくり返る。抑えられるか? 今は堪えろ。とにかく全員を助け出すことが最優先だ。


「そのパソコンは自由に使って結構です。全館オフラインですが。私は帰ってきたらハードに録画したデータをゆっくり見ますので」


 こいつ完全にデスゲームを楽しんでやがる。生存者が少ない方をより楽しみしている。人が死ぬのを興奮して見ていたのだ。わかっていたことだが、わかっていたが。


「黒子は4体置いていきます。そこにいる2体と今食事の世話をしているのが2体います。黒子には、ゲーム審判、脱落者と失格者の毒針操作、プレイヤーの食事の世話、この3つだけ指示してあります。

 ゲーム審判は主に不正の確認や、ミッションの成否の確認です。他のことはしません。あ、近藤先生に『あ~ん』はしますね。あなたが太田さんにしてもらったように」


 完全にバカにされている。悔しい。


「もし他に最終出口を出られたプレイヤーがいれば隣が地下みたいに休憩室になっているのでそこに詰めておいて下さい。黒子は休憩室の世話はしませんが、ある程度の食事は既に用意してあります。ゲームマスター室の食事は黒子がお世話します。この部屋は風呂、トイレ、洗面が完備されておりますのでご自由にお使いください。それでは、私はこれで」


 キキは捲し立てるようにそう言うと奥の頑丈そうな扉を開けた。それこそ銀行の金庫の扉を思わせるほど頑丈だ。実物を見たことはないが。

 突風が室内に吹き込む。外に見えるのは屋外だ。2週間ぶりに見る屋外。眩しい。広場とその先に森が見える。山なのか? 広場にはヘリが停まっている。突風の原因はこのヘリだ。


「あ、ちなみにここが唯一の屋外通用口です。見ての通り防犯用の頑丈な扉です。では1週間後」


 そう言うとキキは2人の黒子を連れて出て行ってしまった。俺の両脇の黒子が俺を解放したので、俺はキキが出て行った扉に駆け寄った。


「だめだ……」


 オートロックか。全く開かない。男子高校生1人の腕力ではびくともしない。俺の両脇にいた2人の黒子は既にモニター席に座ってゲームの進行を見届けている。キキに指示されたこと以外一切干渉する気がないようだ。


「お前も働けよ」


 俺は繋がれ項垂れている近藤に向かって言った。


「こんな状態だし……」

「黒子、近藤の拘束を解いてやれ」


 俺は黒子に向かって言った。しかし黒子は一切反応を示さない。本当に人間なのかこいつらは。キキが言っていたように1体、2体と数える方がしっくりくる。


「おい」


 俺は近藤の髪を掴み上げ言った。


「お前、32人分の誘拐、逮捕、監禁の幇助だからな。絶対逃がさねぇから覚悟しとけよ」


 近藤は目を合わせようとせず、震えていた。キキに関しては銃刀法違反と大量殺人もある。絶対に許さない。とことんまで制裁を与えてやる。

 時間を見ると既に朝7時を過ぎている。こんなことをしている場合ではない。みんなを早く助けなくては。


 俺は一度廊下に出てみた。しかしやはり鉄格子で仕切られていてこの部屋しか行動範囲がない。目の前に見える23番のS扉。そこに野沢がいる。もどかしい。


 ゲームマスター室に戻ると俺は空いていた一脚のオフィスチェアーに座った。2人の黒子の間だ。恐らくここがキキの指定席なのだろう。モニターにはプレイ中のプレイヤーの姿が映っている。どのプレイヤーも朝食のパンを空けているが、食欲はなさそうだ。当たり前か。

 とにかくこの皆を1週間以内に助けなくては。いや、大輝と前田に至ってはあと7時間を切っている。急ごう。


「大輝と前田が……、くそっ……」


 俺は一つ気合を入れると正面に置かれた唯一のパソコンと向き合った。

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