第二十五話

 4月12日 PM10:00 第18ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 俺は迷わずW扉を選択した。次は真子と同室になる。少なくとも同室0はない。前回のような不人気投票は起こらない。そして俺たちはミッションが課される。

 15分が経過し、扉が開いた。木部が一番の部屋に進むのが見える。俺は6番の部屋に入室した。すると感じた身体への衝撃。真子が飛びつくように抱き付いてきたのだ。


「いっくん」


 真子が俺の名前を呼ぶので片手で抱き寄せながら頭を撫でた。たったの7時間45分。されど7時間45分。こんな環境では不安で不安でしょうがなかったようだ。かく言う俺も寂しかったのだが。


「ほんっと、ラブラブねぇ」


 その声は北隣の1番の部屋から聞こえた。目を向けると木部が扉の枠から顔を覗かせている。大輝はマットの上に座り呆れたような様子で、我関せずといった感じだ。俺と真子は恥ずかしくなり離れた。


「あーぁ、羨ましい。私なんてどんなに迫っても瀬古君相手にしてくれないのに」


 そんなことをしていたのか。


「木部は彼氏いるって聞いたぞ……」

「綱渡り効果よ。私はこのゲームを早くクリアして彼氏と別れて瀬古君をゲットするの」


 うむ、肉食だ。これ以上はあまり詮索しないでおこう。俺は真子に向き直った。


「最初は焦ったよ、さっきの投票。0票のプレイヤーが出る前に真子の名前が1票のプレイヤー達と一緒に出てきて。一瞬最下位かと思っちゃった」

「へ? いっくんが入れてくれたんでしょ? 私に毒針が刺さるかとでも思ってたの?」

「投票したのは俺だけど、本当毒針を心配した」

「確かに私も毒針が頭にあってみんなのことは心配してたけど、自分には1票入れば十分じゃない」

「え、なんで?」

「1人1票だから18人全員が1票ずつにならない限り0票の人が出るでしょ? そもそも自分への投票は禁止だから、票が18人に綺麗に割れることは可能性として極端に低いし。私はいっくんが入れてくれるって信じてたから自分のことは安心してたよ? いっくん気づいてなかった?」

「……」


 そうか、まったく気づいていなかった。こんな単純な計算に……。北隣の1番の部屋から大輝と木部が呆れたような顔をしている。


「ちなみに私もいっくんに入れたよ。へへ」


 真子の笑顔が可愛い。恥ずかしさが、計算ができなかった恥から照れに変わる。


「しかし、今回の不人気投票は今後にかなり影響を与えるぞ」


 1番の部屋から大輝が言った。


「どういうことだ?」

「陽平に票が入らなかった。けど本田には票が入ってた。つまり陽平は本田に投票をして、本田は陽平に投票をしなかったと考えるのが自然だ。あいつら今25番で一緒になったはずだろ? キキが言ってた『チクッと』は誰しもが毒針を想像したはずだ。それなのに一緒に行動をするプレイヤーに0票の奴がいればそのペアないしグループにはわだかまりが生まれる。恐らく隣同士の部屋で移動する田中と牧野もお互いに入れ合ったはずだ」


 確かに大輝の言う通りだ。これは恨みを生む。木部が、卓也と隣同士の部屋で動いていると予想していた赤坂にも票が入らなかった。卓也と一緒ではないのか? それとも隣同士の部屋なのに卓也が入れなかったのか? 今後悪い方向に影響しなければいいが。


「と言うことは、瀬古君は私に入れてくれたんだ?」


 木部がご機嫌な顔で大輝に問う。


「あぁ、まぁな」

「ふふん。嬉しいじゃない。もちろん私も瀬古君に入れたけど」


 そうこうしているうちに時間になり扉が閉まった。


『ジリリリリッ』

『同室3室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 映ったのは俺と真子、大輝と木部、そして陽平と本田だ。陽平と本田は両側の壁に分かれて座っている。距離を取っているようにも見える。やはり雰囲気が悪いのだろうか。気のせいだといいが。


『瀬古大輝、木部あい、波多野郁斗、太田真子、橋本陽平、本田瑞希は不人気投票で書いた票をカメラに映せ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


「まずいね……」


 真子がテロップを見て言った。どういうことだ?


「橋本君は0だから瑞希ちゃんが投票してくれなかったのはわかってると思うけど、これは止めだよ」


 確かにそうだ。これでは同室の2人がうまくいくわけがない。


「しかもいっくんが予想した性的ミッションでのこと」

「性的ミッションの時なんかあったか?」

「挿入を誤魔化そうとしたかもしれないって」

「あぁ。それで次が全裸に……、まずい」


 後半俺は声を張り上げた。


「そう、まずいの。もし瑞希ちゃんもいっくんと同様の予想をしていたら? 若しくは誤魔化そうとしたのが本当で、それを橋本君に聞いていたら? そのせいで自分は隠すことを許されなかったって恨んでるかもしれない。それで投票しなかったってこともあり得る」


 そうならば、陽平と本田の部屋は今後絶対に悪影響がある。これはゲームを進める上でかなりまずい。

 こういうことはできれば考えたくないが、不人気投票で陽平に票が入らないことを期待して、本田は陽平ともう顔を合わせなくて済むとか、ミッションをやらなくて済むとか考えていたのではないだろうか。毒針が頭を過ぎる中、0票のプレイヤーの死を見越して。


「いっくん、とにかく私たちはミッションを終わらせよう」

「うん……ん? ……かぁぁぁ、それこそあの2人に対する止めだな」

「え?」


 俺は真子にミッションを促されて気づいてしまった。ミッションの対象になった俺や大輝のいる2室はパートナーの名前を書き合った。毒針が頭を過ぎる中、信頼関係が確立していた。しかし陽平と本田にはそれができていなかった。それを証明することになる。これこそ止めだ。


「あぁ……」


 そう真子に言うと、真子は言葉を失ってしまった。大輝達もそれに気づいているのかまだミッションを終わらせない。物理的にはかなり簡単なミッションだ。それこそ1分も掛からない。しかし精神的には重い。


 1時間ほど経過して最初に大輝が動いた。手に持っていたのは『木部あい』と書かれたノートだ。しっかりカメラに映している。それに続くように木部も動いた。持っている紙には『瀬古大輝』と書かれている。そして2人の部屋のモニターが暗転した。


「証明しちゃったね……」

「あぁ」

「私たちもやろうか? これは今から人が死ぬようなミッションではないし」

「そうだな。そうしよう」


 俺達も大輝達に倣いミッションを済ませた。そして俺達の部屋のモニターが暗転した。するとすぐに陽平が動いた。手に持っていた紙に書かれているのは『本田瑞希』という名前。陽平の端末が光ったように感じた。陽平もミッションクリアなのだろう。


 それから数分が経ってやっと重い腰を上げたのが本田だ。本田の投票は『瀬古大輝』だった。そしてモニターが暗転した。本田は信頼関係を築けなかったことを全プレイヤーに露呈してしまった。


 俺と真子は消灯される前の明るい部屋の中で、一緒にマットで横になっていた。真子は俺の腕に絡みついている。


「人の名前を書いたり書かなかったりで恨まれるなんてな」

「そうだね。私たちも気を付けなきゃ」

「あぁ。書かれた人が脱落するかもしれないミッションで書いたからな。正信ならB4で一緒だったから俺たちの意図が伝わってると思うけど、佐々木や卓也にもちゃんと正信から伝わってるといいな」

「そうだね。そうするとあいちゃんが真美を書いたことが心配だね」

「あぁ。真子は話聞いてなかったと思うけど、ぶりっこで男に媚びるから卓也の近くにいるっていうのが木部の予想だったらしいんだ」

「真美は確かにそういう性格だね。だから女の子に受けが悪いんだよ。一部の男子にもだけど。それで高橋君は不人気投票の時、敢えて書かなかったのかも。隣の部屋にいるとしたらだけど。逆にあいちゃんはその前のミッションで書けたのかも」

「は? それって木部にとって赤坂は失敗しても良かったってことか?」

「ごめん、今のなし。不謹慎だった。反省する」


 真子が慌てて取り繕った。


「はぁぁぁぁぁ」


 俺は思いっきり深いため息が漏れてしまった。


「本当ごめん。今のは忘れて。私達4人に溝を作るわけにいかないから」

「わかった」


 確かに俺と真子、隣の部屋にいる大輝と木部の4人の間に溝を作ってはならない。このことは考えないようにしよう。


「いっくんに投票したもう1人って誰だろ……」


 真子が呟くように言った。


「そう言えば俺って2票だったな」

「女の子かな……」


 それは嫉妬か? 嫉妬なのか? 返す言葉は見つからないが、なんだか嬉しいぞ。


 しばらくして部屋が消灯されると真子が言いづらそうに口を開いた。


「あのさ……」

「ん?」


 俺の肩に額を押し付けているので表情までは見えない。けどもじもじしている様子は窺える。


「昨日の朝以来お風呂入ってないんだけどさ……」

「うん、そうだね」


 B4フロアをクリアしたのが昨日の朝。クリア後すぐに2人はこのB1フロアの風呂に入った。わかりきったことだが、今更何の確認だろう。


「その……」

「どうした?」

「えっと……、しない?」


 ん? 何ですと? それは2人の体が絡む行為のことを言っているのだろうか。


「えっと、それって……」

「お風呂のこと気になってはいるんだけど、いっくんとしばらく離れてて、本当に寂しくて、また一緒の部屋になったのがすごく嬉しくて。その……、そういう気分、なんだよね……。昨日はしてないし」


 来ました、真子からのお誘いです。2日前の夜は俺の欲求を汲み取って言ってくれたが、今回は真子から求めてくれている。こんなに嬉しくて興奮することはない。


「何回もサルって言ってごめん。私がそんな言い方するから、もしかしたらいっくん遠慮してるんじゃないかと思って……」

「謝らなくていいよ。真子から求めてくれて嬉しい。風呂のことは気にしないから」


 そう言って俺は真子に覆い被さった。喜んで、遠慮なく真子を頂きます。


 「いっくん」


 この夜、真子は何度も俺の名前を呼び俺を求めてくれた。俺も欲の限り応じ、真子を求めた。

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